27.本気
文化祭を明後日に控え、翔太は忙しい日々を送っていた。
普段は、授業、部活、予備校……
それだけでも、1日のスケジュールは一杯だった。
「ただいま……」
部活と予備校を終えて、帰宅する。
時計を見ればもう23時だ。
「お帰り。夕飯できてるわよ」
心配そうに覗き込みながら翔太の母は言う。
「ありがとう」
母の心配を察してか、微笑み返す翔太。
「翔太、今日もまた練習するの? 最近どうしたのよ、一体……?」
毎日ピアノに触れているのは、中学の時からの日課だったが、深夜まで練習し続けるのはここ一ヶ月の事。
翔太の異変に、何かあったのではないかと心配する。
母は、小学校の音楽教諭だ。
昔、音大でピアノを専攻していた為、自宅に防音室があり、練習環境は完璧だ。
昔は7〜8時間、自分自身もピアノと向き合うのは当たり前の事だったので、翔太が帰ってからピアノを練習している3〜4時間は、音大生だったとしたら特別な事では無いと感じるものの、普通の高校生が勉強にハードな部活をこなした上でのピアノ練習は、相当な負担がかかっているのではないかと、心配していた。
「母さん、本番近いから、今日練習ちょっとみてもらってもいいかな?」
翔太の口から練習を見て欲しいと言う言葉が出たことに、母は驚いた。
昔、彼をピアニストにしたくて、ついつい厳しくなってしまう自分のレッスンに反発した翔太が、一時期全くピアノに触らなくなってしまった事があった。
悩んだ母は、結局近くのピアノ教室に通わせることにして今に至る。
翔太は簡単に練習曲でウォーミングアップすると、母をピアノのある防音室に招き入れ、本番さながらの緊張で演奏を始めた。
「………!!」
翔太の母は絶句した。
昔からよく翔太が好んで弾いている曲だったので、この曲の演奏を聴くのは初めてでは無かったが、短期間にここまで仕上げてくるとは、我が息子であっても脱帽の思いだった。
今でも身体が震える程の余韻に、かける言葉が思い浮かばない……
「母さん、どうだった? 素直に感想聞かせて欲しい」
翔太は真剣な表情で、母に返答を求める。
「翔太……、どうしてこの曲……?」
母は静かにたずねる。
「大切な人に聴いてもらいたいたいんだ。どうしても……」
翔太は俯いて恥ずかしそうに答える。
「……そう……あなたの気持ちは、必ず伝わるわ。それがお母さんの感想よ」
ニッコリと微笑んで母は頷く。
「ありがとう、母さん……」
安心したように翔太はつぶやき、急に目の前が暗くなる。
「翔太!? 翔太!!!」
そう叫ぶ母の声が、遠くの方で聞こえる気がして、その場に倒れこんだ……




