2.封印された過去
「……実花!! 実花ったら!!!」
優奈の大声に、ハッと我に帰った。
「あんまりにも狭山くんイケメンだから、流石の実花もフリーズしちゃったかな〜」
肘で軽く私をつつきながら冷やかす優奈の言葉も頭には全く入ってこず………
(狭山……? 狭山って……やっぱり翔太なの?!)
「ねぇ、優奈……。狭山くんて、狭山翔太?」
恐る恐る聞いてみた。
「そーだよ! なんだー珍しく実花のが情報早いじゃん!! な〜に? もしかしてタイプなの??」
ウフフと笑いながら、私の顔を興味津々に覗き込む優奈。
その日はベットの中でいつまでも眠れずにいた。
翔太とは幼馴染みで、気がつけばいつも私の横には彼がいた。
鈍臭い自分と違って、翔太は昔から何をやらせても簡単にこなしてみせる。
勉強はもちろん、運動も、一緒に習っていたピアノもだ。
同じ時期に始めたのに翔太は、大人でも難しいような曲をどんどん弾きこなしていった。
ピアノの椅子を半分ずつ座り、目の前で踊るように鍵盤の上を舞う翔太の指を目で追いかけながら、澄んだ美しい音色に、子供ながらに心揺さぶられたりしたものだ。
夏になると毎年お祭りに行き、秘密の場所から屋台の並ぶ美しい電飾を眺め、今日あった出来事、去年起こった出来事、これから起こるだろう出来事を、二人で楽しそうに時間を忘れるかの様に語り合った。
そして、いつになく真剣な表情で言ったんだ。
「いつか僕のお嫁さんになってくれる?」
少し頰を赤らめながら恥ずかしそうに話してくれた小4の夏。
今思えばたかが子供の約束……そう思っても、やっぱり女子としては嬉しい言葉だった。
それなのに楽しい日々は、ある日突然終わりを迎える。
小学五年生の五月、翔太は突然明日引っ越すと私に告げた。
五年生にもなると同じピアノの椅子に座ることもできなくなっていたけど、お別れの日、当たり前のように隣にいる翔太がもういなくなることなど、想像することもできなかった。
私の傍で軽やかに切なく、リストの『ため息』を弾いている彼の背中が今でも脳裏に焼き付いている。
その後いくつか他愛もない言葉を交わし、雲ひとつない青空の下、翔太は遠い所に行ってしまった。
私は片割れを失ったかのように、毎日泣き続けた。
翔太の前で見せることのなかった涙……
あの時、もっと号泣していたら、彼の記憶の片隅にでも残れただろうか。
泣きたくても泣けなかった。
泣いてしまったら翔太がいなくなる現実を、受け入れなければならないと思ったのだ……
翌日、いつも通り朝のルーティンをこなし、寝不足による目の下のクマが気になりながらも普段と変わらない一日が始まっていく。
校庭の横を通過する時、いつもは気にもしなかったサッカー部の朝練。
優奈の話が聞こえなくなるくらい、無意識に翔太の姿を探していた。
「実花! 実花ったら!!」
肩をグンと引っ張られ、
一生懸命呼びかけてくれていた優奈の顔が飛び込んできた。
「あぁ、ゴメンゴメン……。寝不足でボーっとしてたわ」
慌てて取り繕う。
「ほんとかなぁ〜? 寝不足のせい? じゃあ、どこみてたのよー」
呆れた顔で優奈の追及が始まる。
「ど、どこって……どこもみてないよ、無だよ、無!!」
意味不明なことを言ってるなと分かっていながらも、そんな言い訳しか思い浮かばず、優奈の見透かした目線にビクビクする。
「でもね、実花。本気になる前にいっとくけど、狭山くん彼女いるらしいよ」
突然放たれた優奈の言葉。
「……そ、そうだよねー……あんなイケメンほっとかないよね誰も! わかるわー、わかる!!」
何が分かるんだろうと悲しくツッコミを自分でいれながら、せっかく動き出したかと思った暖かい時間が再び凍りつき、もう二度と動き出す事は無い、哀しい呪縛をかけられたようにも思えた……