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ため息  作者: 新山桜
19/37

19.意外な関係

「駅の階段で転ぶなんて……。女の子なんだから、本当、気をつけなよ、実花ちゃん」

 駿先輩は私の傷ついたところを優しく介抱してくれる。


 珍しくお客さんが一人もいない店内で、ちょうどよかった……と、ホッと胸を撫で下ろした。


「……ありがとうございます、駿先輩」

 えへへと、作り笑いをして見せる。


 それでも心配そうに私を駿先輩は見つめた。


「よし、実花ちゃん痛そうだから……一曲弾いちゃおうかな!」

 そう言って、駿はピアノに向かう。


 リストの、愛の夢……


 駿先輩のピアノは誰が聞いてもきっと癒されるだろう。

 包み込む様な優しい旋律が、体の芯まで沁み渡る。

 何もかも忘れられる様な、温かい気持ちになれた。


 演奏を終た後、駿がそっと私の隣に座る。


「だいぶ落ち込んでるみたいだね……。なんかあった?」

 駿先輩が声をかける。


「う〜ん……、私みたいな何の取り柄もない人は、それなりの試練を乗り越えなきゃ、幸せになっちゃいけないもんなのかもな……って……」

 なんだか今の自分が情けなさすぎて、俯きながら答えた。


「何の取り柄もない……? それは、実花ちゃんの思い過ごしだと思うよ? 実花ちゃんの側にいるだけで、幸せだぁって、思う人、結構たくさんいると思うし……。それって、特別な事じゃない? 現に僕も今、実花ちゃんと共有しているこの時間に、幸せな気分たくさんもらってるけどね?」


 駿先輩の優しい言葉がお世辞抜きで嬉しかった。


「またまた……! でも、そう言ってもらえると、元気でます!」

 照れながらも自然に笑顔が戻る。


「そう! その笑顔!!」

 よしよしと私の頭をポンポンする。


 その時だった。

「お兄ちゃん、財布忘れてるよ! もう!」


 聞き覚えのある声に心がフリーズする。


「……あれ、実花ちゃん……? ここでバイトしてたの?」

 ユミがなぜ、ここにいるのか理解するまで少し時間がかかったが、駿とユミが兄妹だということは、二人の綺麗な顔立ちを見比べれば、容易に納得できた。



 ユミは、突然意外な場所で実花と出くわし、孝太と図書室で話していたことが、頭の中でぐるぐると鈍い音を立てながら回り続ける。



「まさか、お兄ちゃんのお気に入りって言ってた子、実花ちゃんのこと?!」

 ユミ先輩の笑顔が引きつっているのは、鈍感な私も流石に気が付いた。



「おい! ユミ!! 冗談はやめろ!!」

 いつになく否定の言葉に力が入っている駿先輩。


(びっくりした……、やっぱり冗談だよね!)

 私はそんな駿先輩の様子を見て、ホッとする。




『何でこの子ばかり……!』

 ユミの中では嫉妬と妬みが、不協和音を奏でながら渦を巻いていた……





 駿とユミの意外な関係に、すっかり昼間の出来事が私の頭から消えていた。


 バイトが終わり、真っ暗な中家路を辿る。


 ようやく目の前に家が見えると、近くに人の気配を感じる……

 忘れていた昼間の出来事が蘇り、恐怖に震えた。


 早足でその横を通り過ぎようと真っすぐ前を見る。


「実花!」

 突然私の名前を叫んだ声とともに、手を掴まれた。


「もうやめて……!」

 怖くて怖くて叫んでしまう。


「俺だよ、翔太だよ!」

 聞き覚えのある声に気づき懸命に頭の中を整理する。


「何で……? 翔太がここに……?」

 安堵の為なのか、恐怖のせいなのか……まだ震えが治まらない……


「昼間様子変だったろ? 電話なんかじゃ心配でしょうがないから、直接来た……」

 翔太の温かい手が私の指先に触れる。


「電車に乗った後もずっと気になってたんだ……。なんで俺あの時先に電車に乗っちまったんだろう……って」

 暗闇の中……、翔太の声が心地いい。


「心配……してくれてたの……??」

 もう、泣きそうだった。

 一番逢いたかった人……

 今目の前にいてくれることが、夢でないことを願ってしまう……


「あぁ……それに……駅で実花の顔見たら、もっともっと逢いたくなって……止まんなかったんだ」


 本当に嬉しかった。

 自分も全く同じ気持ちでいたから……



「とにかく、中入ろう?」

 玄関まで翔太を招き入れて、ハッっと気がつく。


(そうだ……、お父さん入院中だから誰もいないんだ!!)



「どうした?」

 どうしよう……と焦る私に全く気づかない鈍感な翔太。


「あのピアノ、懐かしいな……。よく二人でおんなじ椅子に座ってたよな……」

 玄関の正面から見える、リビングのピアノをみて、翔太は懐かしそうに笑う。


「なぁ、久し振りに、弾かせてもらってもいいかな? 実花に話したいこともあるんだ」

 不純な気持ちは一切なさそうな翔太の目を見て、私は翔太を家に上げた……

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