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ため息  作者: 新山桜
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18.幸せの代償

 湿気を帯びた生暖かい風が、じっとりと肌に絡みつく。


 やっと幸せになれた夏休みに終わりを告げ、目が覚めたら全て夢っだったなんてことにはならないだろうか……?


 新学期だと言うのに、根拠のない不安が襲う。


 案の定、予感は当たっていた。

 教室に入った途端、冷たい視線が集まる。



 正面に目をやると黒板にとんでもない言葉が目に入る。


『1ー3の静内実花は、谷島孝太を裏切り、狭山翔太に言い寄る、最低な女だ』

 そう、大きく書かれてあった。


「……どう言うこと?」

 なぜこんなことになったのか……混乱を隠せずに自分の席に向かう。


 途端に翔太の取り巻きの女子が近寄ってきた。

「静内さんって、そういうタイプのヒトだったんだ。狭山君にはユミ先輩っていう彼女がいるのに、身の程しらずもいいとこね!」

 バンッと、目の前の机を叩く。


 私は驚き言い返そうとしたが、夏祭りの翔太とユミの姿が頭に浮かび、翔太はユミのことを想っていなくても、ユミは翔太と付き合っているつもりでいるかもしれない……


 ここで自分が本当のことを言っても信じてくれる人の方が少ないだろうし、ユミが翔太との関係を今どう思っているのかを確認してからでないと、悲しい思いをしてしまうだろう……と思い、口を噤んだ。


「ほら、何も言い返せないじゃない!! 本当、アンタ最低ね!」

 吐き捨てる様に、暴言を投げつける。


 すかさず孝太が誤解を解こうと近づくが、優奈がそれを制止する。

 優奈は実花には、言い返したくない事情がきっとあるに違いないと思っていた。



 ホームルームが始まろうとして翔太の囲いが散った時、優奈がそっと私の手の中に小さな紙を置いて行った。


『何か事情があるんでしょ? 夏祭りの後、何かあったの? 私は、何があっても、実花の味方だから……力になれることがあったらなんでも言ってよ!』

 優菜の文字から溢れ出る優しさをひしひしと感じて、零れそうな涙をグッとこらえた。


 翔太は実花が、そんなことになっているとは全く知らない。


 黒板にデマを書いたのは、もちろんユミだった。


 前もってユミが黒板に書いたことを、翔太の囲いにあたかも本当のことの様に話し、『翔太には気を遣わせたくないから、絶対にそのこと本人には言わないで!』そう、口止めまでしていた。


 今まで仲良くしていた友達から一気に突き放され、家どころか、学校でもひとりぼっちの時間が増えていく。

 それでも、『独りは慣れてるし……』懸命に言い聞かせながら、トボトボ重い足取りでバイト先に向かう。



『あぁ……翔太に逢いたい……』

 今逢ったらもっと大変なことになるだろうな……


 逢いたい気持ちを頭を真っ白にして封印する。


 そんな心が砕けそうな時だった。

 駅のホームで夏祭り以来、初めて翔太を見かけたのだ。


 すごく嬉しくて……彼の温かい心に触れたくて……

 今日の出来事も、ユミの事も、いっぱいいっぱい話したいことがあったのに、同じ制服を着た女子たちに遠くから睨みつけられる視線を感じ、翔太に気づかれないようにわざと避けるように背中を向けた。


 それでもすぐに気づいた翔太は、『実花!!』と優しく微笑んで、すぐさま私の傍に駆け寄ってくる。


「ご、ごめん、今日、体調悪いから、また連絡するね。今、友達と待ち合わせしてるから先に帰って……、お願い……」

 そう、突き離した。


 翔太は私の様子がおかしい事にすぐに気が付いた。

「どうした? 実花、何かあったの?」

 心配そうに私を見る。


 すると、少し離れて様子を伺っていた同じクラスの女子たちがわざとらしく声を掛けてきた。

「静内さん、ちょっと待ってよー!! 私たち、今日約束してたじゃない!! ゴメンねー、私たちが先約だからさ!!」


 そう言って強引に私の腕を引っ張った。



「……そっか……じゃあ、夜電話する」

 そう言って、翔太はホームに滑り込んできた電車に電車に乗り込んだ。



 電車がだんだん小さくなり、視界の中から消えていくと、クラスの女子たちは、物凄い勢いで詰め寄ってくる。


「今の何なのよ?!」

 私を思い切り突き飛ばした。


 支えきれなかった体は、激しく倒れ、ひじや膝から血が滲む……


「いたた……」


「電話ってなに? 孝太の気持ち、あんた知ってんでしょ? 次、狭山くんに近づいたら、こんなもんじゃ済まされないからね!」

 私を見て、彼女らはそう言い放って立ち去った。



 よいしょ……と、痛めた身体を持ち上げ、心を無にしてバイト先に向かう。



 こんな事でへこたれてたら、私なんかが翔太の彼女になんてなれない……

 もっと、もっと、強くならなきゃ……


 必死で涙をこらえ、じっと気を紛らわすかのように、電車の窓から外を見つめていた……




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