14.夏祭り
高校生になって初めての夏休み。
何も進展しないまま、もう少しで終わりを迎える。
蝉の鳴き声が今日もまた、煩く耳に纏わりついていた。
ユミが翔太に条件として出した一ヶ月は、とうとう期限を迎える。
特に進展した様子はなく、今夜の夏祭りにユミは全てをかけていた。
私は孝太への返事をしなければいけない日が迫る中、どうするのかを毎日悶々と考えていた。
恋愛感情を抱いているのは間違いなく翔太。
でも、このまま未来のない恋に、一歩も前に進めないのでは自分がどんどん嫌いになりそう……
いっそのこと、孝太の気持ちを受け入れようかとも考えたりもした。
もし、孝太と付き合うことになったら……
想像してみるものの、なかなか上手くいかない。
翔太との恋愛に絶望的な今、選択肢として孝太の気持ちを受け入れることもありなのかな……とも思ったけど、やっぱりそんな簡単に切り替えられるものじゃない……
当日、浴衣を久々に着て、私はもう割り切って純粋に楽しもうと気合を入れた。
祭り会場に近づくにつれて、笛や太鼓の音が大きくなっていく。
たまに吹き抜ける涼しい風が、夏の終わりを告げるようで、少し寂しい気持ちになった。
「あれ?」
待ち合わせ場所についたとたん驚きで、開いた口が塞がらなかった。
祐介がまた余計なことをした。
……孝太を誘ったのだ。
男女の人数が半端になる事を気にして、気を利かせたつもりで、私と仲の良い孝太に声をかけたらしいが……
一気に憂鬱の波が押し寄せる。
出来るだけ平然を装いながら、懸命に笑顔を作った。
「久ぶりじゃん!!」
気まずさを押しつぶす様に、なぜか勇ましく孝太に声をかける。
そんなロボットのような私を見て、ぷっ……!と、吹き出した孝太。
「実花、なんだか気合入ってんな?」
クククと笑いを堪えながら茶化す。
「そ、そうかな〜、あはは……」
はぁ……なんてタイミングで孝太に顔をあわせなきゃなんないんだろ……
そう、心の底から祐介を恨んだ。
そんなぎくしゃくした時間も何とか乗り越えて、全員が集合場所に集まった。
相変わらず、翔太の腕に抱きついているユミと、気まずい空気の流れる優奈と祐介、私と孝太の六人は、それぞれがそれぞれの想いを抱え、陽気な笛太鼓の音色を背に、異様な雰囲気で歩き始めた。
「翔太! 早く行こうよー!!」
ユミが猫なで声で俺の腕に絡みつく。
それも今日で終わりだと自分に言い聞かせて、何とか彼女と歩幅を合わせた。
前を歩いている実花の、慣れない草履でたどたどしく歩く姿に、俺はまだ小さかった頃の彼女が夏祭りの日、秘密の公園で転んでしまった事を思い出していた。
すると昔の記憶とデジャブするように、実花が何もないところにつまづき、目の前で転びそうになる。
「大丈夫かっ!?」
なんとなくこうなることを予想していた俺は、思わずユミの腕を振りほどき、実花を抱きかかえた。
「あ……ありがと……」
実花は驚き、気まずそうな顔で俺を見上げた。
「転ぶと思ったよ」
傷つかないでよかった……そう思ってホッとした。
何年振りかに触れた彼女の壊れそうで柔らかい身体に、緊張を見抜かれそうで思わず視線を逸らした。
私は、すぐ近くにある翔太の顔から視線が外せない。
なんて優しい表情をするんだろう……
懐かしい翔太の香りを感じると、心臓がギュッと締め付けられ、幼少期に過ごした翔太との夏祭りの思い出が色鮮やかに蘇る。
「ごめんね、私相変わらずおっちょこちょいで……」
直ぐに私から目を逸らした翔太に、昔一緒に過ごしたお祭りの記憶の中には、もう私はいないのかな……そんなふうに寂しく感じた。
カラフルに電飾の光るの屋台が並ぶ中、気まずいながらも一同それなりに、楽しく時を過ごしていた。
自然に、優奈と祐介、私と孝太、ユミと翔太の組み合わせになり、それぞれのカップルごとに距離ができていった。
孝太は、告白のことは夏休みの終わりにって約束したから、今は求めない。
だから……気にしないで今日を楽しもうと、声を掛けてくれた。
孝太のこういう優しさが、大好きだった。
自分の大好きな人が孝太だったら、どんなに幸せだろうと思う。
自然な笑顔が徐々に戻り、祭りを純粋に楽しんでいる自分がいた。
一方、翔太とユミは、気まずい雰囲気に拍車をかけていく。
手を強引に振りほどかれたユミは、翔太と実花が何かあるのではないかと密かに思い始めていた。
俺は少し前を歩く実花と孝太のことが気になって、ユミの言葉など全く頭に入ってこない。
ユミが自分のことを好きでいてくれることさえ忘れ、目の前で楽しく笑い合う二人に苦しくて息ができなくなりそうだった。
さっきまで、実花は俺の腕の中に確かにいたのに……
やっぱり、実花はあいつの事が好きなんだろうか……?
やりきれない想いに、徐々に感情をコントロールできなくなっていった。
その時、孝太の携帯に電話がかかってくる。
「ごめん、すぐ戻るから待ってて!」
孝太は実花を置いて、その場を離れた。
実花はおとなしく孝太の帰りを待っている。
俺は実花を追い越し、目の前から二人が消え、ようやく我に返った。
「翔太! ねぇ、金魚すくいやろうよ!」
翔太の異変を感じながらもユミは諦めない。
あの子には孝太がいるじゃない……
どう考えたって、私の方が翔太とお似合いに決まってる……!
ユミはそう不安を抱えながら自分を言い聞かせていく。
「じゃ……やるか」
いくらユミのことを何とも思っていなくても、流石に心ここに在らずの自分に少し反省して、仕方なくユミの提案にのった。
私は前を歩いていく翔太と、ユミ先輩を後ろから眺めながら、やっぱり二人はお似合いだと悲しくなった。
辛すぎて、これ以上二人の仲睦まじい姿を見ていたら、どうにかなりそうだった。
優菜も祐介も二人できっと楽しんでいるはず……
視界から消えた彼らをサポートする役目はもう終わりでいいと思った。
スマホを取り出し、孝太にメールを送る。
『今日はもう帰るね。楽しかったよ、ありがとう』
私は静かにその場を立ち去った。