12.それぞれの想い
ユミは一ヶ月恋人宣言をしてから一週間弱、以前よりは翔太が自分を見て話してくれることが増えたものの、いつも心ここに在らずで、焦りを見せていた。
マネージャーの仕事はもちろんの事、翔太の弁当を作って持っていったり、ユミとは縁遠い翔太の好きなクラッシックを聴いてみたり、映画に誘ってみたり……できる限りの努力をして、翔太の気を引こうと躍起になる。
翔太はユミの求めることを一通り聞いてはくれるが、いつもそこには彼の心が傍にいないことを感じざるを得なかった。
『キスしよう?』って言ったら、してくれるだろうか?
なんでも言うことはきいてくれるし、さすがに女の子に求められて拒否はないだろう……そう高を括って、ユミは昨日、学校帰りにそれを実行したのだ。
ところが翔太の反応は、ユミの思いを激しく裏切った。
「俺は本当に気持ちが通じ合った人としか、そんなことできない」
そう一言いわれ、完全に拒絶されたのだ。
ユミはプライドも傷つけられ、拒む翔太に無理やりキスしようとしたが、あと数ミリのところで唇は届かず、実花たちが来てしまった。
翔太は実花にまた誤解を与えてしまったことに、悶々としていた。
それ以上に、あれからすぐにユミとは離れ、一人駅に向かったときに見てしまった、孝太と実花の抱き合う姿にショックを隠しきれなかった。
目の当たりにした現実が、あまりにも残酷すぎて、どう帰ったのか記憶がない。
久しぶりに向かったピアノに当たるかの様に、ショパンの『革命』を弾き殴る。
奏でる音は、翔太の素直な気持ちが音となって行先も見えずに飛んでいく。
「ふぅ……」
どっと疲れが湧いてきた。
深く深呼吸した後、実花にどうか届いてくれ……と、リストの『ため息』の哀しいほどに美しい旋律が翔太の心を慰めた。
なかなか伝えることのできない想い。
音は目には見えない分、心にダイレクトに届く魔法のツール。
いつか、また実花にこの曲をどうか聴いてほしい……
今の俺は当時の俺より、何十倍も、何百倍も実花に想いを寄せている事を、どうしても……伝えたかった。
一方実花は、あの日孝太の胸でしばらく泣き続けた。
ふと、孝太の顔を見上げると優しい笑顔が飛びこんでくる。
「俺、結構使える男だろ!」
茶目っ気たっぷりに囁く孝太。
「そうだね……」
あんなに流していた涙も、孝太の優しさに包み込まれて少しずつ微笑みに変わっていく。
今だけは辛い恋を忘れたい。
叶わない想いを抱えて生きることがこんなにも辛い事だなんて……
ごめんね、孝太。
こんな私で……ごめんなさい……