11.偽りのキス
七月最後の日。
じっとりとした湿気が体に纏わりつく。
暑さからか、教室の中に入った瞬間の熱気は、これから始まる夏休み本番のワクワクを予感させる。
「よう!!」
突然肩を叩かれ振り向くと、告白以来久しぶりに顔を合わせた孝太に、なんだかきまずくなり下を向く。
「よ、よう!!」
ぎこちない私の返事が心の中を晒しているようで、なおの事恥ずかしくなる。
「今日の委員会、午後だって。実花、弁当持ってきたの?」
「持ってきてないよ〜。どうしよう、今日売店開いてないもんね」
私、自然に話せてるかな……?
「俺、パン余計に持ってきたから、恵んでやろっか?」
しょうがないなーって顔で、私の目の前に差し出す。
「ホント? ありがと! もう、孝太だいすき!!」
と、つい、冗談が口から滑ったって思った時には遅く……
ハッとした表情の孝太。
「お、おいおい、やっと俺様の優しさに気づいたかっ!」
冗談めかしに空気を変えようとお互いに必死になってる様に、なんだかおかしくなって、いつのまにか二人で笑いあっていた。
「お前ら、ホント羨ましいわ……」
そんな私達を見ていた祐介は、ボソッと嫉しそうに言い放って去っていった。
午後の図書室は返却された本が山のように溜まっていた。
「……ったく、夏休みの当番、何やってたんだよ!!」
ブツブツ文句を言いながら俺は返却の処理を始める。
ふと、目線を上げた先に映り込んだ彼女の姿は、いつもの如く、サッカー部の練習に目をやっていた。
「………」
突然襲ってくる不安に、捗らない返却作業。
ただただ、時間だけが過ぎていく……
返却処理が終わった頃には一部の運動部を除いて、殆どの生徒は下校を終えていた。
日も落ちて暗くなり始めた空を見るなり、途中まで送ると孝太は言い出した。
二人でゆっくり歩き出す。
校門近くにきて、自分たちの前にカップルのような男女が何やら話していた。
揉めてる様にも見えたが、よく見ると会いたくない組み合わせの二人だった。
「あれ? 狭山と、ユミ先輩?」
孝太が呟いた。
そして、その瞬間、ユミが目の前で翔太にキスをする。
時が止まったかのように、全身動かなくなった。
恋人同士なんだから、キスくらい当たり前だよね……
でも、こんなにも目の前であからさまに見せつけられると、さすがに動揺が隠せなかった。
「実花……!」
翔太が私に気づいた。
「ゴメン! ラブラブなとこ邪魔しちゃたね! 行こう、孝太!!」
下を向いたまま孝太を引っ張る。
「実花、実花!!」
孝太は私に引っ張られる様に翔太とユミを追い越していく。
無我夢中で駅まで歩いた。
翔太のことになると私ホント弱い……
逢えただけでも十分だったのに、関わりを持った途端、欲が出てくる。
翔太は私の物なんかじゃないのに……
ほんと、情けない……!!
孝太は何も言わずに私の後をついてくる。
駅の階段の下でふと止まり、もう限界まで我慢していた涙がボロボロとめどもなく頰を流れた。
必死になって涙を拭うグシャグシャになった実花の顔を見て、俺は彼女が誰の目にも触れない様、自分の胸に引き寄せていた。
側に誰もいなくなると、彼女をそっと優しく抱きしめた。
「今だけは、俺が守ってやるから、思う存分泣け!」
私は孝太の言葉に甘えて、思う存分泣いた。
小学校からずっと片思いをしている相手に、絶対的に敵わない相手がいた……
どうやって翔太のことに諦めたらいいのか……全くわからない……
そうして、抱きしめながら、俺は確信していた。
彼女が思いを寄せている相手は、自分ではなく狭山翔太だって事を……




