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階層ボス

 

 息を吸い、ドクドクと激しく脈動する心臓を押さえ付けて。

 それからゆっくりと扉を開く。

 固く閉ざされた扉は、強化された俺の腕力を持ってしても開くのには少し手間取った。

 しかし、ゆっくりとだが確実に扉は開く。

 光さえ届かない宵闇が、扉の隙間から覗いている。

 扉を完全に開ききり、俺は部屋の中に足を踏み入れた。

 瞬間――――


『第一ダンジョン【渋谷迷宮】の守護者:ヘネテストワームとの戦闘が開始されます』


 脳裏に、もはやもう慣れ親しんだあの無機質な声が響く。

 その告知が終わった途端、この空間のあらゆる所に松明が灯る。そして、物凄いスピードで後ろの扉が閉ざされた。

 部屋が照らされ、その奥に存在している魔物の姿が露になる。


「――――」

 

 その異形に、俺は思わず声を漏らした。

 守護者:ヘネテストワーム。

 それを一言で言い表すのなら、巨大な蚯蚓が相応しいだろう。

 しかし、それをただの巨大な蚯蚓で表すには少し忌避感を覚える。

 巨大な一つ目が存在する頭、その口許にはぎざぎさとノコギリのような鋭い歯が檻のように連なって存在している。

 ピンク色にてらてらと生々しく光を放つ長い胴体では、人の頭ほどの唇がふしゅーふしゅーと紫緑色の腐息が吐き出されている。

 尻尾の方にも、同じように真ん丸とした一つ目が存在していた。

 しかし、尻尾の方には顔のほうとは違って瞳の中心から、獣の腕のようなものが生えていた。

 

 その魔物は、魔物と呼ぶにはあまりに冒涜的な姿をしていた。

 ヘネテストワームは、こちらの姿を視界に入れた途端にその針檻のような口元を釣り上げ、「キシャキシャキシャキシャ」と生理的嫌悪を引き起こす叫び声を上げた。

 

「気持ち悪い。死ね」


 右手に魔力を集中させ、業炎魔法を発動。

 イメージは立ち上る業炎。

 発動地点をヘネテストワームの顔真下に設定し、一気に魔力を解放する。


「キシャアァァァア!!!」


 白く発光した極炎が地面から、ヘネテストワームの顔目掛けて射出される。ヘネテストワームは突如現れた炎に反応出来ず、そのまま顔を焼きつくされる。

 中心に描かれた一つ目が大きく見開かれる。

 絶叫を上げて、のたうち回る。


「なるほど、魔法は有効と」


 ━━例え相手が、守護者だろうとなんだろうと関係ない。

 やり方はいつもと同じ、仮説と検証、そして効率を考えて最大限の手札を切って殺すだけ。


「なら、次は━━」


 地面を蹴り、凄まじいスピードでヘネテストワームに肉薄する。

 未だ炎を上げる顔の寸前で、急ブレーキを掛ける。

 発生した運動エネルギーを腰に溜め、そして捻りを加えて衝撃を増加させて剣を振り抜く。

 その剣速はもはや視認することは叶わない。

 疾風の如き剣がヘネテストワームの首もとに向かって走る。


 肉を断ち切る音と共に、ヘネテストワームの首が飛ぶ。

 切断面から白濁色の液体が滲み出る。

 飛んでいった首に視線を向けると、もう既に炎はヘネテストワームの頭部を焼きつくしており、ぶすぶすと燻っているだけだった。


「案外余裕だったな」


 呟き、ヘネテストワームの亡骸を踏み越え11階層へ続く扉に触れる。


『警告:まだ戦闘は終了していません』


 まだ戦闘は終わってない?まさか――!?

 悪寒に従い、その場から飛び退く。

 瞬間、地面から槍の形をした土塊が突き出し、俺がさっきまでいた空間を貫いた。


「首飛ばしても、まだ死なないのか……」


 その言葉を肯定するように、ぐわりとヘネテストワームは起き上がり、ゆっくりとこちらを振り向く。


「━━っ」


 切断した頭部の切断面から、しゅうしゅうと煙が上がっている。

 その異臭を孕む白煙は傷口にまとわりつき、みるみる内に頭部が再生していく。

 怒りに満ちた巨大な一つ目が俺を射ぬく。

 ヘネテストワームは、ぶるぶると身体を震わせ━━、


「キィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィ」


 胴体にある唇が大きく口を開け、全身から金切り音を上げる。

 それに比例していくように、緑紫色の煙は吐き出されていき空間を包んでいく。


「━━あれは、ヤバい」


 緑紫色の煙は触れた途端に接触面をぐすぐずに腐らしていく。

 地面はどろどろと溶けて、沼のようになる。

 天井からヘネテストワームに溶かされた大量の泥が地面に落下してくる。


 俺は緑紫色の腐蝕煙に触れないように距離を取り、戦略を組み直す。

 あの魔物の一番の驚異はあの腐蝕煙じゃない。

 切断された頭部をも修復させるあの再生速度だ。

 代わりに、防御力は低い。魔法への耐性もないし、物理攻撃への耐性もない。


 あの化物を殺すには、再生速度を追い越すスピードであいつを攻撃する━━それしかない!


 俺は、ヘネテストワームを囲み、守るように漂っている緑紫色の煙へと疾駆する。


(この煙の効果は、俺の腐蝕と同質。なら、対処法は簡単だ)


 俺は業炎魔法を発動させ、肌に触れるか触れない程度の箇所に炎の膜を纏わせる。超高熱量を持った炎は、俺の体にまとわりついてくる腐蝕煙を燃やす。

 景色が流れていく。

 煙をかっきって俺はヘネテストワームにたどり着く。


 ヘネテストワームはぐぎぎと唸り声のようなものを口から溢し、俺を睨めつける。


「悪いな、俺はまだ死にたくないんだよ」


 剣を構える。スキル【剣術】が働いている感覚がする。

 体が火照り、腕先に炎のような熱が迸る。


「化物、今からお前を八つ裂きにしてやるよ」

 

 獰猛に牙を向き、俺はヘネテストワームにそう宣告した。





 ━━秋の剣術は、このダンジョンでの死闘により対魔物に特化した剣術へと進化していた。

 それは自らの体の数倍もある魔物を、いかに効率的に切り刻むのかに重みを置いた魔物を殺すためだけにある剣技。

 数多の魔物を葬ってきた絶技が、ヘネテストワームに襲いかかる。


 ※※※※※


 ただ斬る。それだけを念頭に置き、剣を振るう。

 肉を断ち切る感触。

 骨を砕く感触。

 暴れ狂う敵を押さえ付け、殺す感触。

 ありとあらゆる死への感触が、俺の剣技をさらに加速させる。


 第10層に胸を抉るような悲痛な叫び声が響く。

 目の前に見えるのはヘネテストワームのてらてらと生々しく光る体表だけ。

 しかし、そこも直ぐに切り裂かれ中から大量の白濁液があふれでる。

 再度響く絶叫。

 そして、直ぐに再生が始まる。

 全身をのたうちまわせ、圧倒的な質量で俺を押し潰そうとする。

 それは巨大な鞭が敵を襲おうと躍り狂う様であった。

 しかし、その全てを俺はかわしていく。

 見なくても分かる。感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 次にどこに攻撃が来るのか、本能が理解している。


 ほんの数ミリ横にずれるだけでこの右上からの攻撃は回避できる。ほら、簡単だ。

 その次もその次も。

 まるで決められた演舞をしているかのように、全ての攻撃をかわしていく。

 ヘネテストワームの恐怖に満ちた声が10層に響き渡る。

 それに同調するように声が響く。


『スキル、気配察知の熟練度が一定に達しました。EXスキル【魔力感知】へと進化します』


 瞬間、ヘネテストワームの攻撃は全て掌握した。

 どのくらい力を込めて、この攻撃を繰り出しているのかも。

 どのくらいの速さで俺にその攻撃が到達するのかも。

 筋繊維の僅かな動きすら理解する。

 魔力感知が、教えてくれる。

 これは便利だ。


 かわし続け、そしてすれ違い様に一太刀、もう一太刀と剣を振るう。

 ヘネテストワームの全身は裂傷にまみれている。

 その傷を直すための煙で、視界はもう殆ど何も見えない。

 しかし、視界は必要ない。

 魔力感知が敵の位置と攻撃を、全て知らせてくれるのだ。

 ヘネテストワームは、頭部を細かな触手に分裂させる。

 百余りある触手は、俺に狙いを定めて向かってくる。

 対抗するべく、魔法を発動させる。


「そうそう━━ついでにこれもだ」


 魔力感知により、さらに深く魔法についての理解も深まった。

 魔法とは、全てイメージ、あるいは想像力に帰結する。

 無限の可能性を持った奇跡の法、それが魔法。

 全身に纏っていた炎の火力を上げる。

 イメージは━━龍。

 何もかもを呑み込んで咀嚼して、喰らい尽くす暴食の炎龍。

 脳裏に思い描く想像に従い、俺の全身を包む業炎魔法が形状を変える。

 魔力感知により、体内魔力の操作が上昇した。

 故に━━━


「こんなことも、できる」


 俺の体を纏っていた炎が、龍へと形を変え触手を呑み込む。触手は燃やされた途端に修復しようと煙を上げるが、その回復力を上回って触手を食いちぎっていく。

 勢いはそのままに収まらず、炎龍はヘネテストワームの全身を呑み込む。


「キイィィィィイイイ!!!」


 ガラスを引っ掻くような断末魔が響き渡る。

 再生と破壊、あの炎の渦の中ではそれが永続的に続いているのだろう。燃やされ、傷口をなぶられ、しかしなおも修復していく身体を見て、ヘネテストワームは苦痛に声を上げる。


「うん、そろそろいいか」


 徐々に、本当に徐々にだが再生していくスピードが緩まっている。あまりにも繰り返される破壊に、スキルが追い付いていないのだろう。

 俺は炎龍を操作し、ヘネテストワームの頭上へと移動させる。

 そして、ぐずぐずに溶けたヘネテストワームへと肉薄し━━。


「死ね」


 数百にも渡る剣閃がヘネテストワームの全身を切り刻む。

 輪切りにされた肉片が周囲に飛び散る。

 俺は炎龍を操作し、その肉片を余すことなく焼却する。

 これなら、万が一にも再生することはない。


 全ての肉片を焼却し終わり、俺は業炎魔法を解除し炎龍を霧散させる。


「しかし、この魔法は使えるな」


 命令を与えない限りは自動で敵を燃やし尽くす自立型の魔法。

 これがあれば、この先の魔力値上げの効率が尋常じゃないほど上昇する。

 この炎龍を放てば、それだけで勝手に敵を倒して、魔力値を稼いでくれるのだ。

 だが、それ以上に素晴らしいのは━━


「やっぱこの、魔力感知だな」


 気配察知の上位スキル【魔力感知】それは以前までの気配察知とは効力がけた外れに違う。

 以前までの気配察知なら、文字通り気配を察知するだけで、どんな魔物がいるのかわからなかった。

 だが、この魔力感知は範囲内にいてさえいれば、どんな生物であっても姿形がわかる。

 そして、その体に宿している魔力で大体の強さも分かるのだ。

 このヤバさが分かるだろう。

 

 と、その時アナウンスが響く。


『第10階層の守護者:ヘネテストワームの完全消滅を確認、討伐者 樋野秋に、EXスキル【完全収納】を授与します。

 11階層へと続く扉を解放します』


 ぶつん、とアナウンスが切れると眼前にあった巨大な扉が開く。

 それと同時に頭上から光の玉が俺の体に潜り込んできた。

 恐らく完全収納とやらのスキルだろう。


 俺はステータスを確認し、効果を確認する。

 内容はありとあらゆるものを異空間に収納するといったようなスキルだった。

 俺はこれ幸いにと、新たに第5層で手に入れた食糧と水を収納する。ちなみに第二層で手に入れたリンゴと水は、1ヶ月もしない内に消えていった。むしろ、1ヶ月近く持ったことを誉めてほしいくらいだ。そして幸いにも、第5層の地下都市階層で見つけた食糧は肉とパンといった保存食であったのだ。

 これはかなりかさばっていたので、この完全収納のスキルはありがたい。


 ともかく、これで身体がかなり軽くなった。

 飛び、感触を確かめるとそれはより顕著になる。


「━━よし、行くか」


 呟き、俺はまた階段を下る。



お読み頂きありがとうございます!

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