continue!
意識が覚醒する。
目を開くと、視界いっぱいに飛び込んできたのは目も冴えるような雲一つない青空。
「━━え?」
今自分に起こっている事態を把握できず、疑問の声を漏らす。
あれ?
どうして俺、生きてるんだ?
助かったのか?
それとも、誰かが助けてくれた?
あの全身を苛んでいた地獄のような痛みはもうない。
気分は爽快で、体は快調。
長いこと昼寝をした後みたいな、そんな感覚だ。
混乱しながら、取り敢えず立ち上がり状況を確認する。
「━━っと」
立ち上がった途端、軽く目眩が起きた。
そのまま地面まで墜落しそうになり、お腹の辺りがひゅんとした。
「ここは、木の上だよな。……てことは、さっきまでの出来事は、夢じゃない」
地面を確認する。
もうそこに巨大だんご虫は存在しなかった。
「何が起こった……?」
想像外の出来事に心臓がばくばくと拍動する。
「落ち着こう━━」
混乱を納めるために、目を瞑り何度か深呼吸する。
落ち着いたのを確認すると、ゆっくりと目を開いた。
靄がかかったようにぼんやりしていた視界がクリアになる。
頭に血が回り始めたのを感じた。
この状況を、しっかり考えよう。
「━━服が破れてる。だから、あの出来事は夢じゃないはずなんだ」
二度繰り返す。
それほどまでに、今が現実である実感が無かったのだ。
いや、死の感覚があまりに鮮明で生の実感を呑み込んでいるといった方が妥当か。
━━状況が、あれが夢でもなんでもなく、確かに起きた出来事だと証明している。
でも、そうだとしたら俺が今生きているのはおかしい。
あの傷は、間違いなく致命傷だったし血だってとんでもない量が出てた。
まず、助からない傷だった。
と、その時ある考えが閃く。
「そうだ、ステータス……!」
俺は直ぐにステータスを確認する。
もしかしたら、ステータスに何かしらこの異常について記載されているのではないかと思ったからだ。
《ステータス》
名前:樋野 秋
魔力値:550
加護:時神の親愛(2/3)
称号:英雄
筋力:53
体力:47
耐性:30
敏捷:44
魔力:34
魔耐:36
ユニークスキル:【意思反映】
【早熟】
魔力値にも、ステータスにも特に異常はない。
「あれ?」
加護の欄、そこに新たな文字が刻まれている。
『2/3』これは一体何の数字なんだろう。
いや、大体予測できる。
順当に考えるのなら━━━、
「これが、俺が生き返った原因━━」
まず、俺はあそこで間違いなく死んだ。
今でもあの感覚は思い出せる。
徐々に五感が消失していき、意識が深い海の底に沈んでいくような、そんな圧倒的な孤独感と喪失感。
思い出しただけでも背筋が凍る。
……あまり、思い出したくない。
まぁともかく、俺が死んだのは確実だ。
なのに、生き返った。
そんでステータスを見たら加護の数字が2/3に変化していたのだから、確定だろう。
つまり、俺は死んで、この加護のお陰で生き返った。
「━━良かった……っ」
そう理解し、俺は安堵から全身の力が抜けるのを感じた。
「助かった……感謝するよ、時神さん」
しかし、俺に加護を付与した時神。
こいつは一体何者なのだろうか。
何を目的として、俺にこの加護を与えたのだろう。
分からなかった。
何も思い当たる節はなかった。
だが、この加護があるのなら、多少の無茶はできる。
言うのなら、俺にはまだ命が二回あるということと同意なのだ。
しかし、出来ることなら死にたくない。
もう二度と死の感覚は味わいたくない。
あれは酷く恐ろしいものだ。
だけどまぁ、俺には早く地上に戻る理由がある。
そのためなら、恐怖心くらい堪えよう。
「春が、待ってるだろうしな……」
そのためには、引き続き食糧と水の確保。
それを最重要目的として行動しよう。
※※※※
「やっと、見つけた……」
極限の喉の渇きと疲労で倒れそうになっているころ、ようやく川を発見した。
恐らく、二、三日の間森をさ迷っていただろう。
『恐らく』というのは、時間感覚が狂っていて正しい時間がわからないからだ。この階層には、夜がないのだ。
上を見上げれば、何日も同じ場所から光を落とす灼熱の太陽が見える。
俺は視線を前に戻す。
「汚いな……」
お世辞にも綺麗とは言えない川だったが、この状況で贅沢は言ってられない。
俺は顔をつけ、水を飲んだ。
「冷たい……」
水はとても冷たかった。
キンキンに冷えた水が喉を通り、空っぽの胃を満たしていく。
「ぷはぁー、生き返る」
水から顔を上げて、周囲を確認する。
ここはこの階層唯一の水場だ。
魔物が水を飲みにやって来てもおかしくない。
警戒しつつ、森の中にあった竹を切って作った自作の水筒に水を入れる。
竹筒は予備の分の水を入れるためにも、5本程作り上げている。
それら全てに水を入れ、蓋をしてから腰にくくりつける。
がらがらと竹が鳴って鬱陶しいが、ある意味調度いい。
この音に釣られて、魔物がやってくるかもしれないからだ。
あれから二、三日の間魔物の襲撃は何度もあった。
しかし、その全ての戦闘は勝負と言えるようなものではなかった。俺が剣を振るうと、相手の首が一方的に宙を舞う。
力の差は、かなりある。
二階層には、俺が負ける可能性のある魔物はいない。
だが、いくら弱いとはいえあの巨大だんご虫のように、群れで襲われたら一溜まりもない。
そこは十分注意しないと。
そうそう、後食糧も発見した。
食糧といっても、大したものではない。
ただの果実だ。
リンゴみたいな、赤くて丸いやつ。
ていうか、たぶんリンゴ。
味は普通。ていうか、ちょっと不味い。
だがまぁ食えなくはないといったものだ。
その果実はこの森の中央程に大量に実っていた。
俺はそれを根こそぎ収穫し、ポケットや衣服を利用して可能な限り収納した。
そう、全ては今日三階層に進むためだ。
二階層とは今日でおさらばだ。
幸い、三階層に続く道は発見している。
リンゴが群生していた地帯、その先にある谷を下った所に三階層に続く階段がある。
俺はそこに向かう。
草を掻き分け、出来る限りの音を立てて、魔物を誘き寄せて倒しつつ魔力値を上げる。
━━強くだ、誰よりも早く強くならなくてはいけない。
その想いを胸に、俺は剣を振るう。
道を塞ぐ巨大なムカデを切り殺す。
「そうじゃなきゃ、春を守れない」
この先、ここにいる魔物が地上に溢れる。
そうなればきっと、もう今までの常識は通用しないだろう。
助け合いとか、博愛精神だとか、そんな考えだって無くなる筈だ。貨幣の価値だって、きっと直ぐに無くなる。
限りある食糧を得るために使うのは金ではなく暴力だ。
信用できるのは、力のみ。
それが、分かっていた。
だって魔物はこんなにも恐ろしいし怖い。
殺されて分かった。
本当に、殺らなきゃ殺られる。そんな世界だ。
だから、俺は強くなる。
弱ければ奪われるだけだ。
強くなくては、春を守ることすら出来ない。
だから━━━。
「さよならだ」
ポトリ、と足元に火種を落とす。
これは何時間もかけて、竹を擦り合わせて作ったものだ。
そのせいで掌の皮はのきなみ剥がれてて、滅茶苦茶痛い。
だけど、剣は離さない。
しっかりと握り、周囲を伺う。
ほら、また来た。
草影から、ゴブリンが躍り出てくる。
手に持った剣を振りかぶり━━━その前に、俺の剣がゴブリンの身体をとらえる。
肉を抉る生々しい感覚に眉を寄せつつ、切り殺す。
ゴブリンの体は直ぐに消失した。
次第に、辺りに煙たい臭いが満ちてくる。
俺はしゃがみこみ、火種により燻っている枯れ葉の山に息を吹き掛ける。
「……熱っ!」
火が出来上がった。
俺は地面の砂ごと燃えた葉をよそい、近くの草藪の中に放り込む。直ぐに火の手が上がる。
「よし」
俺はごうごうと火の手を上げる草藪を確認してから、第三層へと続く階段を駆け下りていく。
火を放った場所は木々が密集している南西部。
恐らくもう火の手は森中央部まで迫っているだろう。
その証拠に、一秒ごとに体から沸き上がってくる力を感じる。
駆け降りるスピードは徐々に加速していく。
第三層へと続く扉が見えた。
勢いよくそれを蹴飛ばし、強引に開く。
そして、直ぐ様扉を閉じる。
こうしておけば、万が一にも火の手が三層まで回ることはない。
額に浮かぶ汗を拭い、俺は視線を前に向ける。
第三層━━そこは、一面に広がる大草原だった。
しかも━━━
「今度は、夜の階層」
頭上に浮かぶのは、柔らかな光を落とす満月。
視界はぼんやりとしていて、魔物の気配を察知しにくい。
俊巡する。
危険を覚悟で先を急ぐか、周囲を警戒しつつ慎重に行くか。
答えは直ぐに出た。
「━━先を急ごう」
二、三日前、こんな風に警戒を怠って死んだことを忘れてはいない。
慎重にいかないと死ぬということはしっかりと俺の魂に刻まれている。
━━だが、俺の命よりも春の事が心配だ。
俺は最後に残った家族を、もう失いたくない。
そのためなら、何度でも死んでやるよ。
俺はあと二回は死ねる。
さすがに次死んでしまったら残りの命は一になるから、慎重にならざるを得ないが………。
「後一回くらい死んでも、別にいい」
怖いが、それよりも春だ。
俺の中での優先順位は、第一に春だ。
俺の命なんて、その次でいい。
と、その時。
脳裏に声が響いた。
『━━二階層に生息する全ての魔物の討伐を確認━━条件をクリア。スキル【業炎魔法】を獲得しました』