外界での遭遇
「あれが外界の魔物……」
艶やかな色を放つ茶髪を後ろ手に縛った美女━━辻宮さんはその魔物の姿を視界に収めるなりそう呟いた。
今現在、俺たちは琴羽と池田さんが持つ隠密のスキルによって気配を消し、物陰から魔物の様子を確認している。
あれは、見たことのない魔物だ。
一見すると、巨大な白いボールがそこにあるように思える。
だが、よく観察すると、それが生物であることが分かる。
ぐにょぐにょと所々で部位を痙攣させる謎の白肉塊、その表面には薄く体毛が生えている。
そしてそれは流動体のように這いながら、ゆっくりと移動していた。さらに額には大きな角ののようなものが一つ。
(なんだあの魔物……)
ダンジョンから帰還して以来、今まで感じたことのない悪寒を、あの魔物から感じた。
俺のダンジョンで培った直感が、あの魔物に対して恐ろしい程の警鐘を鳴らしている。
「━━解析」
━━━━━
《ステータス》
名前:白鬼
魂級:3333
加護:なし
称号:犠
筋力:360
体力:276
耐性:375
敏捷:336
魔力:0
魔耐:324
EXスキル:【召集】
スキル【気配察知】【危険警鐘】
━━━━
「なっ……」
俺は驚愕の声を上げる。
あいつが━━領土奪還作戦での鬼門、『白鬼』なのか。
「どうしたの?」
顔を青く染めながら、不安そうに訪ねてくる琴羽。
その疑問を、今は悪いが黙殺する。
少し、観察させてくれ。
━━まず、魂級。
これは極めて不吉な数字だが、この程度の魔物ならダンジョンでいくつも倒してきた。
だが、それは俺の場合だ。
ハレや琴羽、人域拡張軍の中で魂級が千を越える人はいない。
恐らく、出会った瞬間に死を覚悟する━━そんなレベルの魔物だろう。
残り三週間で、この魔物をチームで倒せるくらいのレベルまで戦力を上げたい所だ。
そして━━これが件の【召集】のスキルか。
確か、奇声を上げて魔物を集めるスキルだったはずだ。
これは、解析持ちの羽島さんが言っていたから間違いない情報の筈だ。危険警鐘は、危険が迫ったときに頭の中で警告が響き、危険を知らせてくれるスキル。
気配察知は文字通り、人の気配や魔物の気配を察知するスキル。
これから分かることは、この白鬼は生き残る事に特化した魔物だということだ。
そして恐らく、気配察知のスキルを持っているということは━━
と、まるで俺の思考を先読みしたかのようにぐるり、と白鬼が振り返る。
「━━やっぱりか!」
俺は勢いよく地を蹴る。
白鬼の冒涜的な異形の肉体━━その中央に存在する大きな赤瞳。
それが俺の姿を真っ直ぐに見据えている。
琴羽に辻宮さんの【隠密】。
魂級も魔力も、何もかも白鬼に劣っている。
これで隠密が通じる方がおかしいと言うものだ……!
俺の接近を感じ取り、白鬼の全身の毛が怯えたように逆立つ。
そして、ぐわりと白鬼の角が巨大化し、まるでテレビのアンテナのように天へとそれは突き立てられる。
そして━━、
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
全身を震わせる悪寒、
俺はそれを捩じ伏せるように叫び声を上げる。
腰から剣を抜き、魔力を込めるさらに【剣之王】のスキルを発動させ、【即死】の属性を刃に纏わせる。
こいつはここで殺さなければならない!
俺の直感が、そう警鐘を鳴らしていた。
「アィイッッ━━━」
不快な狂音━━恐らく召集のスキルの起動の合図、それを最後まで言わせる事なく、俺の剣は白鬼の体を両断する。
俺の剣が白鬼の肉体に触れた瞬間、叫び声は止まり、その赤瞳は色を失い、どこか空虚に見える黒瞳へと姿を変えた。
即死の属性が、無事に発動したのだ。
両断した二つの体はズシャリと勢いよく地面を滑り、やがて崩れ落ちた。
「ふぅ、なんとかやったか……」
安堵に言葉を溢し、俺は剣を納める。
俺の戦闘が終わったのを確認してから、蛍たちがこちらに駆け寄ってきた。
「なんだったんだい、今の魔物!? 意味がわからない! なんなんだよあの化物!?」
動揺したように早口で喋る蛍。
どうやら、あまりにも自分より巨大な存在を直で見て、恐怖に呑まれているようだ。
恐慌状態に陥っている蛍を見たハレは、ぽんっと蛍の背中を押した。
「落ち着いてください。ここは外界です。あんな意味わからない化物なんて、いて当たり前の場所ですよ」
淡々事実だけを述べるような雰囲気で、ハレは蛍にそう言う。
「それに、声を潜めて下さい。あなたの声に引かれて魔物が寄ってきます」
黙れ、とそう冷たく言い切るハレ。
蛍はその対応に鼻白み、それからその恐怖を呑み込むように、すーと大きく息を吸い込んだ。
「……ごめん、動揺した。でも、もう大丈夫」
謝罪の言葉を口にする蛍。
スキンヘッドの厳つい男性━━池田さんはふるふると頭を振る。
「いや、謝らなくてもいい。俺だって、お前が叫んでなかったら代わりに叫んでたろうよ」
重い空気が、場を支配する。
そんな時、ハレがふと疑問の声を口にする。
「秋さん、そういえばあの魔物何だったんですか? あなたがあぁも血相を変えて飛び出したのは、あの魔物がそれほど危険だったからですか?」
俺はその疑問の声に対して肯定する。
「皆さんも聞いたことがあるかもしれないですが、あの肉塊━━あれが『白鬼』です」
「「なっ……!」」
驚愕の声を上げる一同。
「マジかよ。薄々と感づいていたが、あれが白鬼かよ。なんて滅茶苦茶な奴だ」
呻くようにそう溢す火河さん。
「確か、仲間を呼ぶ━━魔物だったよね。今の白鬼って魔物は」
頷く琴羽。
「ええ、あの魔物は私たちを見つけた瞬間に、戦うのでも逃げるのでもなく、第一仲間を呼ぶわ。加えてあの威圧感……正直、勝てる気がしないわ」
悲痛な空気が流れる。
絶望……その二文字が皆の肩に重くのし掛かっている━━そんな錯覚が見えた。
俺はそんな皆の様子を見て、思わず笑う。
笑っている、その事実を見て、皆の目線が俺に縫い付けられた。
俺はその視線を浴びつつ、断言する。
「安心してください。さっきは嫌な予感がしましたが、どうやらそれは勘違いだったようです。あの程度の魔物なら━━皆さんなら、充分に勝てます」
俺のその言葉に唖然とした表情を浮かべる一同。
「そうですね、もちろん一人じゃ無理です。だけど、チームでなら充分に倒せます。無論、ある程度魂級を上げたらですけどね」
そう、あの程度の魔物なら、魂級を少し上げたら充分に倒せる。
白鬼━━あれを迷宮の魔物に当てはめると、大体20階層かそこらの魔物と言ったところだ。
簡単に倒せる相手ではないが、蛍なら、ユニークスキル━━【勝負師】を持っている蛍ならば、今の状態でも勝てるかもしれない━━その程度の魔物だ。
スキル【召集】を打たせないように、不意打ちからの強襲を行えばより安易に倒せる筈だ。
まぁ、危険度が高いからまださせないが。
「それじゃあ次に行きましょうか」
俺はぶわりと魔力感知を広げる。
小規模の魔力を発見。
これくらいなら、ちょうど良さそうだ。
未だ呆然としている一同に声を掛け、俺は足を進めようとして━━はたと気づいた。
白鬼の死体が、消えていない。
ダンジョン内部では倒した魔物は光の粒子となって霧散したが、地上では違うのだろうか。
俺は疑問を覚えつつも、そう大した問題でもないかと思い、振り返り、歩き始めた。




