手合わせ
すいません、間違って二話先の分を一瞬公開してしまいました。
これから始まる話は前回の続きですので安心してください。
「それじゃあ、掛かってきて下さい」
目の前にいる四人━━羽島さん、火河さん、琴羽、蛍に向けて俺はそう言い放った。
今から始めるのは俺との模擬戦。
これから行う『外界の魔物との戦闘訓練』━━その肩慣らしとしての模擬戦だ。
しかし、この四人はガチだ。
本気で俺を倒そうと、意気込んでいる。
なら、俺も少し本気を出そう。
掌をギュッと握り、魔力を解放する。
ぶわり、と放たれた魔力の風に四人は少し後ずさる。
この中で、一番脅威になり得るのは蛍だ。
その『のびしろ』もそうだし、何より蛍は俺との模擬戦を何度もこなしている。
最近、蛍には攻撃を受け止められるようにもなってきたしな。
と、そんな事を考えていると、
火河さんが剣を抜き、一直線に突進してきた。
その刃は魔力付与の恩恵を受け、緋色の輝きを放っている。
ステータスは上がってはいないためスピードは以前とは変わらないが、魔法が飛んで来る可能性があるというだけで、相対した時のプレッシャーが全然違う。
今の火河さんの装備は右手に片手剣、左手に盾だ。
その屈強な肉体から繰り出される斬撃は重く、威力も凄まじい。
そして、左手からは全てを焼き付くす業火が飛んで来る。
これなら、外界の魔物とも充分渡り合えそうだ。
「どりゃぁ!!」
火河さんが思いっきり剣を振り下ろす。
俺はその攻撃を後方に飛ぶことで回避。
すると、火河さんと入れ替わるようにして羽島さんが俺に追撃をする。
剣を横に凪ぐ羽島さん。
だが、俺に幻影魔法は効かない。
俺の身体に近づいた瞬間、俺を斬ろうと剣を横に凪いでいた羽島さんは、一瞬で光の粒子となって宙に消える。
「むんっ……!」
しかし、それは羽島さんにとって承知の上だったようだ。
背後から本物の羽島さんからの斬撃が繰り出される。
剣を後ろ手に回し、その剣を受け止める。
魔力感知のスキルを持っている俺に、死角はない。
そこで、右足が思いっきり引っ張られる。
「うおっ……!」
右足に視線を向けると、
俺の足に絡み付くように煌めく無数の糸。
琴羽か。
俺は足から極炎魔法を発動させる。
黒く燃え盛る炎は、その糸を伝って琴羽へと襲い掛かる。
そう、琴羽は操糸術のスキルを獲得したのだ。
しかも、僅か3日で。
いくら『のびしろ』があったとしても、凄まじい獲得スピードだ
これが天才なんだろうか、と呆然としたが、どうやら違うらしかった。
俺の持つ称号『英雄』には、味方と定めた人達の成長スピードを著しく上昇させるという効果があったのだ。
いくらなんでも、スキルの獲得スピードが早すぎると思っていたのだが、まさかこんな理由があったとは、と愕然としたのはつい先日の話だ。
と、こんな話をしている場合じゃなかった。
琴羽、どうする?
このままだと、炎はお前を焼くぞ。
どうするのかと、火河さんと羽島さんの剣線をかわしながら琴羽を観察していると、琴羽は意を決した様子で糸を切断した。
これで、琴羽の遠距離からの攻撃手段はなくなった訳だ。
「それじゃ、まずは一人」
指を鳴らし、
それを起動の合図としてスキル【終氷魔法】を発動する。
ピシピシと、大気が凍る音を世界に響かせて、空中に氷の刃が出現する。
射出。
ピシュっと空気を切り裂く音が響き、それは琴羽の足元に突き刺さる。
「……っ」
琴羽が悔しそうに呻き声を上げる。
今のが実戦なら、琴羽は死んでいた。
これで、琴羽は模擬戦を離脱。
残り三人だ。
蛍はさっきから一度も動いていないが、何をするつもりだろうか。少し楽しみだ。
迫り来る火河さんの剣を弾きながら、俺は口角を上げる。
「二人とも、良い感じです!」
俺は連携しつつ攻撃をする二人にそう返す。
火河さんは苦笑、羽島さんは声を荒げる。
「俺達の攻撃を余裕綽々で避けてる口で、何を言う!」
「いえいえ、それでも充分凄いです」
俺がそう称賛するも、羽島さんは全く納得していない様子だ。
と、そこで蛍の声が響く。
「じいちゃん、完成した!」
その声を合図に、火河さんは前線から離脱する。
羽島さんはニヤリと口角を釣り上げて、
「一泡吹かせてやろう」
瞬間、羽島さんの動きが変わった。
【身体強化】に【闘力纏術】、そしてこの反応を見るに【五感強化】も発動しているのだろう。
いきなり変わった動き。
それも、羽島さんは幻影魔法を取得してから変則的な攻撃を取るようになっているから、かなりやりづらい。
俺が攻めあぐねていると、火河さんが後方から豪炎魔法を放ってくる。
なるほど、羽島さんがスキルを使い火河さんの分の前衛も果たしているのか。そして、それを援護する形で火河さんが業炎魔法を放つ。
無論、俺のスキル【真実の瞳】によって魔法は無効化されるのだが、少しでも注意を引こうとしているのだろう。
俺がその戦術に感心していると、蛍が支援魔法を羽島さんに打ち込む。
また羽島さんの動きが速くなる。
蛍は、続け様に火河さんに支援魔法を放つと、火河さんの放つ炎の勢いが増した。
それを蛍は確認すると、剣を抜いて前線へと。
スムーズな配置移動だ。
……うん。これが出来ただけでも上々だ。
俺は特訓の成果に満足し、この模擬戦を終わらせにかかる。
まず、火河さんの業炎魔法が邪魔だ。
効かないとはいえ、非常に鬱陶しい。
俺は反属性の終氷魔法、
【氷龍】を使い火河さんの業炎魔法を呑み込ませる。
「……ッ」
業炎魔法は普通のスキル、それに対して終氷魔法はEXスキル。
下位のスキルは、どう足掻いても上位のスキルに勝てない。
これは一つのルールだ。
ゆえに、俺の魔法は火河さんの業炎魔法を呑み込み━━
「二人目っと」
大きく目を見開いている火河さんの眼前で、氷龍を解除する。
パリンッと乾いた音を立てて氷龍は砕け散る。
火河さんは大きくため息をついて、腰を下ろす。
意気消沈した火河さんを、琴羽が慰めている様だ。
「それで、後二人か」
もう見たいものは大体見れたから、充分だ。
左右から迫り来る剣を指先でつまみ、制止させる。
二人の息を呑むような声が聞こえた。
そして、蛍は「はぁ」と落胆のため息を溢し、剣を手放す。
羽島さんも、同様に剣を放した。
「また負けた……」
悔しそうに呟く蛍。
羽島さんは目を瞑り、悩ましげに何かを考えている様子だ。
不満そうな二人とは対照的に、この戦いを見ていた人達は喝采の声を上げる。
琴羽はまんざらでもなさそうに、火河さんは照れながら、蛍はそれでも悔しそうに、羽島さんは納得いかなそうに、其々がそれぞれの感情を抱きながら、その喝采を受け止めた。
そして、称賛の声が途切れ途切れになった頃を見計らって、
「それじゃあ、外界に行きましょうか」
皆の顔に緊張が走った。
そう━━、今日から俺たちは外界へと繰り出す。
強くなる為には魂級を上げるのが一番手っ取り早い。
今までの訓練は、いわば魔物を倒し魂級を上げるための手段を得るための訓練でしかない。
これからやるのは強くなるための訓練。
もちろん、死人は出させない。
五十人全員の安全を確保しながら魔物と戦わせるのはさすがに難しいので、5人1組というセオリーに従って、俺がメンバーの安全を確保できるであろう最高人数━━二チーム、10人を受け持って外界に出るつもりだ。
そしてそれをローテーションで組み、全員一周は外界へと繰り出せるように組むつもりだ。
称号:英雄によって、皆が早くスキルを習得してくれたのが大きいだろう。でなければ、全員が外界に出ることは難しかった筈だ。
そして、始めは俺をリーダーとして結成されたチーム、【樋野隊】と、火河さんをリーダーに結成された【火河隊】この二つのチームを俺は今日受け持つ。
樋野隊のメンバーは、俺、琴羽、ハレ、立花、蛍の五人。
少し力が偏ってるような気がするが、本番では俺は一人遊撃隊みたいな位置で動き回るので、実際は四人のようなものなのだ。
その上、全く戦闘が出来ないハレがいる。
止めたのだが、大丈夫と言って聞かなかった。
「それに危険になったら思念伝達で呼びますから」と言われた。
そこまで考えてるなら辞めろよと忠告したが、やはり言うことを聞かなかった。
なにやら『専属』としての役割だとかなんだとか。
くそ鬱陶しいと思ったが、何を言っても無駄そうなので諦めた。
その代わり、ハレへの危険にはいち早く気づくために、やばそうな雰囲気になったら直ぐに教えてくれと、釘を刺した。
そして、火河隊は、火河さん、池田さん、内田さん、辻宮さん、須ヶ口さんの五人。
あまり話したことのない人達で、若干緊張するが、彼らの安全は俺にかかっている。
何故俺がわざわざそこまで面倒を見なければ……と思ったこともあるが、自分が決めたのだから仕方がない。
これは俺の選んだ道だ。
『領土奪還作戦』開始までに、拠点付近の魔物を倒しておくという目的もあるしな。
それなら人手が多い方がいい筈だし。
ともかく、俺はこの10人と一緒に外界へと繰り出す。
「準備はいいですか?」
俺がそう確認を取ると、皆は一斉に頷く。
どうやら覚悟はいいようだ。
俺も頷き返すと、拠点に残る火河さん達に向かって声を張り上げる。
「それでは、俺たちはこれから外界へと向かいます!」
不安そうな表情を浮かべる皆。
中には泣きそうになっている人達もいる。
「ですが、安心してください! この迷宮攻略者という名に懸けて、誰一人死なせず、全員でここに帰ってくると誓います!」
その不安を取り払ってやるようにと、俺は【全員生きて帰る】と誓いを立てた。
なんか、ここに来てからこういう演技が上手くなったような気がする……。
皆の表情から不安が取れたのを確認して、
「行きましょう」
俺はメンバーに向かってそう言った。
読んで頂きありがとうございます!




