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訓練2

 

 皆のスキル取得状況は上々だ。

 火河さんに魔法系統に適正がある人達を指導してもらい、羽島さんには【闘力纏術】のスキルを持つ人々を指導してもらっている。

 その結果、訓練が効率的に進み所得可能スキルを全て習得した人数は10人にもなった。

 火河さんグループからは、魔法スキルを習得して卒業した人が四人。

 羽島さんグループからは6人だ。

 その人達は、既に次の訓練に移ってもらい、新たに得たスキルの練度を上げている。


 そして、俺が指導するのは、所得可能スキルに魔法系統も【闘力纏術】のスキルも持っていない人達だ。

 十人抜けたとはいえ、残り38人。

 まぁまぁの数だ。

 しかし、やるしかない。

 頬を叩き、気合いを入れて、俺は声を張り上げる。


「それでは━━」


 皆の期待が乗った視線が、ひどく重々しかった。


 ※※※※


 一人一人の所得可能スキルについて、丁寧に説明していく。

 俺にはダンジョンで遭遇した魔物のスキルを片っ端から『解析』していた為、ある程度スキルに対しての知識はあるのだ。

 と、その時。


「樋野さん、私も訓練参加させてください」


 背後から声を掛けられた。

 琴羽だ。

 どうやらハレを家に戻し終えて、ここまで来たようだ。

 かなり急いで来たのか、はぁはぁと息を荒げている。


「いいよ、それとハレはどうだった?」


「ショックで寝込んでます」


 その言葉を聞いて、

 少し言い過ぎたかと後悔の感情が脳裏を過る。

 だが、直ぐにその考えを頭から追い出す。

 ハレには戦う力がないとはっきり告げた方がよかった筈だ。

 そっちの方が、ハレの為にもなった筈だ。

 しかし、あいつは一応俺の専属になった筈なのに直ぐどこかに行ってるな、とそう思い、苦笑した。

 まぁ、状況もあるし仕方ないか。


 と、そこで琴羽が俺の事をジッと見ていることに気づく。


「どうしたんだ?」


 俺がそう訪ねると、琴羽は柔らかな笑みを浮かべた。

 その笑顔が俺に向けられているという事実に、少し動揺した。

 琴羽は、俺の事が恐いんじゃないのか?

 だからあんな風に怯え、卑屈な態度を取ってた。

 でも、今は違う。

 その瞳の中に『恐怖』の色は浮かんでいない。

 どちらかといえば、『憧憬』や『感謝』。

 その百八十度違う感情に、俺は困惑した。


「なんでもないです。ただ、ちょっと、樋野さんの人柄が分かったから嬉しかったんです」


 怯えのない、混じりっ気なしの純粋な好意の感情に、また心が揺さぶられた。

 どういうことなのだろう?

 俺はこの拠点についてから、琴羽と話したことはなかった筈だ。

 なのに、何でこんなにも、印象が逆転した?

 不思議に思うが、問い質すのはなんか厭らしいので辞めた。


「まあ、いいか。それで、琴羽の訓練━━ええっと、琴羽が取得可能なスキルは【操糸術】【影縛】【聞き耳】の3つだったよな?」


 確認を取ると、琴羽はこくりと頷く。

 肯定のようだ。

 この中で一番取得しやすいものは……聞き耳だが、これの優先度は低い。

 一ヶ月後に戦闘が控えているのだから、戦闘に使えるものから優先的に取得させていこうと思う。

 操糸術は強力なスキルだが、取得するのが難しく、恐らく一ヶ月じゃ無理だ。

 だから。


「そうだな、まずは【影縛】のスキルから始めようか」


「影縛? ええっと、語感的には影で相手を縛るみたいなスキルですか?」


「あぁ、その通りだ。このスキルは非常に汎用性が高い。単純だが、かなり強力だ。だけど、注意点は昼しか使えないと言うこと。そして、自分の影しか操れないと言うことだ」


 俺の注意点を、頷きながら聞き入る琴羽。


「なるほど、大体分かりました。それで、どうしたらその【影縛】を取得できるんですか?」


「うーん、これは少し言いづらいことなんだが、【影縛】のスキルの上には、【影魔法】っていうEXスキルがあるんだ。

 で、影魔法の中には、その【影縛】のスキルも内包されてる」


「つまり、どういう事ですか?」


「━━簡潔に言うと、【影縛】は、魔法系統に寄った通常系統のスキルなんだ。だから、必要なのは魔法系統のスキルと同じようにイメージ、それに重みを置くんだ」


「イメージ、ですか」


「あぁ、一度やってみたらいい」


 俺がそう促すと、琴羽は瞼を閉じた。

 恐らく、琴羽も直ぐにスキルを覚えるだろう。

 この中じゃ『のびしろ』は蛍、羽島さん、火河さんに続いて四番目だ。4の位の『のびしろ』を持つのはこの四人だけ。

 この四人以外の人達の『のびしろ』の平均は2,5なのだから、普通の人たちの1.6倍のスピードでスキルを習得できるということ。

 たぶん、直ぐにコツを掴むだろう。


 俺は琴羽のその様子を見送り、琴羽の訓練を見ていた他の人達に向かって指導を開始した。


 ※※※※


「よし、今覚えた【解析】! これで取得可能スキルを全部覚えました!」


 目の前の青年が、喜びの声を俺に向かって上げた。

 この青年の『のびしろ』は2.5と平凡だったのだが、僅か数時間で二つあるスキルを両方とも覚えてしまった。

 スキルっていくらなんでもこんな短時間で覚えるものなのか?

 と釈然としない気持ちを抱きながら、青年に対して「おめでとうございます」と返す。


「それじゃあ、俺もあっちのグループに混ざって、手合わせしてきます!」


 俺にびしりと敬礼をしてから、走り去っていく青年。

 あっちのグループ━━それは取得可能スキルを全て習得した人が集まっているグループだ。

 今のところ15人。

 たった一日で約3分の1もの人数がスキルを覚えきったという事実に、喜びを隠せない。

 まあそれ以上になぜこんなスピードでスキルを習得できたのかの疑問はあるが。


 と、そんな事を考えていると、背後から「わぁ」と歓声が上がった。振り向くと、琴羽が影を操って木を縛りつけていた。

 影は木の表皮をギリギリと音を立てながら削り、べきりとへし折った。どうやら、無事スキルを習得した様子だ。


「おめでとう琴羽」


 俺がそう声を上げると、琴羽は嬉そうにはにかむ。


「ええ! まさかこんなにも簡単に新しい力が手に入るとは思ってなかったわ!」


 興奮のあまり、素の口調が出ている琴羽。

 俺が微笑ましげに琴羽を見ていると、琴羽は素の口調が出ている事に気づいたのか、顔を赤面させた。


「ご、ごめんなさい。樋野さんに無礼な口を聞いてしまって申し訳ありませんでした!」


 がばりと頭を下げる琴羽。

 俺は思わず苦笑する。


「前々から思ってたけど、別に俺はそんな偉い人でもなんでもないから、そんな畏まった口調で話さなくてもいいよ。多分、年も同じくらいだろうし」


「いえ、それは……」


「駄目か? やっぱり俺が迷宮攻略者だから?」


 俺がそう訪ねると、琴羽はおずおずと頷く。

 そして、


「樋野さんは、迷宮攻略者です。今現在、世界で一人だけの。

 それと同時に、この世界で最も力を持っている人でもあります。いわば、あなたはこの地獄に現れた救世主。そんな人に━━」


 真面目な顔をしてそう話す琴羽に、俺は遂に耐えきれなくなって、笑い声を上げた。


「俺はそんな、大それた人物じゃないよ。琴羽に敬語を使われるような人間でもない、だから素の口調でお願いしたい。それになんか、琴羽の敬語って違和感あるんだよな」


 ハレは敬語で話すのが素の口調って感じがあるけど、琴羽はなんか無理してる感じがある。

 聞いてて時々ん?ってなることあるし。


「そう……違和感あったんだ」


 肩を落として、そう悲しげに呟く琴羽。

 自分では上手く出来ていたと思っていたらしい。


「それにほら、蛍だって俺にタメ口だ。そんな敬語で話すかどうかなんて、気にするような事じゃないさ」


「そっか。じゃあ私もそうしよう。結構面倒くさかったって言うのも本音だし。……ていうか、前々から気になってたんだけど羽島といつ仲良くなったの?」


 もう完全に砕けた口調だ。

 なんか、琴羽と話すときに感じていた『固さ』みたいなものが取れて、とても話しやすく感じた。

 それもこれも、琴羽が俺に対しての印象を変えたからだろう。

 ほんと、理由はわからないけど。


「そうだなぁ、蛍とは……」


 そんな風に雑談を始めようとすると、


「すいません、樋野さん。このスキル習得出来ないので、教えてくれませんか?」


 スキル取得に難航しているらしき女性に声を掛けられた。


「琴羽、悪いけどおしゃべりは中断だ。琴羽は……」


 聞き耳のスキルは、戦闘にあまり必要ないな。

 操糸術は時間的に覚えられないし……。


「あの、模擬戦をしてるグループに行って、あそこで訓練しといてくれ。出来るだけ影縛のスキルを使って熟練度を上げるのを忘れずにな」


「分かったわ」


 琴羽は頷き、走っていった。

 俺は声を掛けられた女性に向き直り、


「それで、どこが━━」


 こうして、1日が終わっていく。

 夜が来て、朝が来て。

 七回ほど夜と朝が回った時。

 全員が取得可能スキルを、コンプリートした。


読んで頂きありがとうございます!

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