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対決ゴブリン

 

「うおおぉぉ!!」


 壁の向こうから緑色の肌が見えた瞬間に、

 俺は勢いよくゴブリンに体当たりをした。


「ぐぎゃっ!」


 短い悲鳴を上げて、ゴブリンが吹き飛んでいく。

 俺は自分の出した勢いを堪えることが出来ず、ゴブリンと転がり合うようにして吹き飛んでいった。


 ドンッと背中に壁が衝突し、鈍い痛みが走ったが、それを無視してゴブリンの腰にある剣を鞘ごと思いっきり蹴飛ばす。


 ゴブリンはまだ混乱しているようで、目を白黒とさせたまま「ギャギャッ」と喚いている。

 ゴブリンと俺は転がり合い、互いに掴み合う。


 至近距離で、ゴブリンの表情が見える。

 濁った黄色の瞳、黒目のない瞳、混乱に満ちた顔。

 俺は今殺し合いをしている。


 ゴブリンの恐れ戦いたような表情が、俺にその現実を実感させた。


 覚悟を決めろ。


 殺さないと、殺されるんだ。

 デリウリは言っていた。

 魔物は人間を襲う敵だと。

 だから、殺られる前に殺らなきゃいけない。

 殺して、命を奪って、生き残る。

 そうしないと俺が殺られる側になる。

 戦わないと、いけない。


「━━今の、うちに……」


 俺は全身に思いっきり力を込めて、馬乗りになる。


「はぁはぁ……」


 ゴブリンの表情に、恐怖が浮かぶ。

 頬をひきつらせ、白濁色の瞳に憎悪の炎が宿る。

 ようやく、自分が今殺されかけていることに気づいたのだろう。

 俺は胸に競り上がってくる形容しがたい感覚を無理矢理に押さえつけて、ゴブリンの喉元に手を伸ばす。


「ギャァァァァァーーー!!!」


 ゴブリンの絶叫が、目の前から響き渡る。

 耳の奥がびりびりと振動して、ひどく気持ち悪かった。

 指に力を込める。

 ギリギリ。ギリギリと。

 みしみしという音が、ゴブリンの首骨から響く。

 あまりにも生々しい感覚だった。


「ギャギャァァァッ!!!」


 暴れる。

 四肢を振り乱し、半狂乱になりながらゴブリンは暴れ続ける。


「━━いッ!」


 ゴブリンは何度も何度も俺の脇腹を殴り付けてくる。

 痛い。めちゃくちゃ痛い。目尻に涙が浮かぶ。

 必死に生き延びようと、ゴブリンは全力で生き足掻いている。

 それを踏みにじり、命を奪うことが、とても怖かった。


「あアァァァァ━━ッ!!」


 ゴブリンの絶叫にあわせて叫び返す。

 ゴブリンの悲鳴に被せるように喉から絶叫する。

 怖い。怖くて堪らない。

 頼むから。

 お願いだ━━━!


「早く死んでくれ!」


 本気で、腕に力を込める。

 ギリギリ、ギリギリと。

 いつの間にか涙が溢れていた。


 ゴブリンの口元から泡が漏れ出てくる。

 叫びが消え入るように落ちていき、白色の瞳がびくびくと生々しく痙攣した。

 最後に、俺の腕を握りつぶすかのようにして握っていた掌からフッ、と力が抜けた。



 殺した。



 それが。

 はっきりと分かった。


 途端、ゴブリンの体がふわり、と宙に浮かぶように光の粒子となって宙に霧散した。

 空中で光の粒が舞い、そうして俺の体に入ってきた。

 脳裏に声が響く。


『━━世界初(ファースト)()魔物討伐者(ブレイバー)を確認しました。報酬としてユニークスキル【早熟】を付与します』


「く……そ」


 涙が溢れる。

 何故かわからない。

 殺らなきゃ殺られていた。


 俺は、悪くない。

 悪くないんだ。

 そんな風に自己を正当化しても、胸の奥で燻る泥のような罪悪感は消えてくれない。

 とてつもなく、辛い。

 涙が出て来て出て来て仕方がない。


 致命的な一線を越えてしまった、そんな気分がした。


「なんで……だよ……」


 しゃくりが止まらない。

 鼻の奥がつんとして、視界がボヤける。

 そんな中、目の前にでかでかとした文字が浮かび上がる。


【Congratulations! 樋野 秋】


 どうせまた、デリウリの仕業だろう。


「何もっ……嬉しくねぇよ……」


 底無しの天井に向かって出来る限りの想いを乗せて、そう悪態をついた。


 ※※※※


「はぁ……もう、最悪だ」


 涙を拭い、俺は壁にもたれかかる。

 ショックだった。

 生き物を殺すのが、あんなに精神的にクるものなんて想像していなかった。


 たぶん、デリウリだけじゃなく、俺もまたゲーム感覚だったのだろう。

 ゲームなら、魔物に主人公が負けることは、早々ない。

 あったとしてもぶちギリするか、教会で生き返らせてもらったらいいだけ。


 そんな風に、薄々と思っていたのだ。

 だからゴブリンを見つけた瞬間、大した考えもなしに襲いかかった。


 ゲーム感覚だったのは、俺の方だった。

 今わかった。

 ゴブリンを殺して、殺されかけて、ようやくここが現実だと理解した。



 新しい世界は、『こういうもの』だと確認できた。


「ここは、現実だ。死んだら死ぬ。コンティニューは、ないんだ……」


 呟き、俺はステータスを開く。

 生き残る。何がなんでも。

 ここは前までの世界とは違う、簡単に死ねるんだ。

 だから、さっきみたいな考えなしの行動はよそう。


 そして、帰るんだ。

 もう一度春に会う。

 そのためには、強くならないといけない。


 この先、あのゴブリンみたいな化物が何体も何体もいるだろう。

 そいつらを倒して、全部殺して生き残るだけの力が必要だ。


「スキルは……使えない」


 効果が未だにわからないし、使い方もわからないのだからスキルはこの際諦めるしかないだろう。

 この状況を打破する鍵は━━

 

 俺は視界に浮かぶステータスを覗く。

 


 魂級180。



 たぶん、この魂級とやらが鍵になるはずだ。

 ゴブリンを倒してから、やけに体が軽いのはこれが原因だろう。


 俺の魂級は150から180にアップしていた。

 そのことから、たぶんこの魂級というのが、ゲームでいうレベルに相当するものだと推測できた。


「今後の方針は固まった」


 まずは、この魂級を高めよう。

 そのために、ゴブリンを倒す。

 この階層には恐らくまだまだゴブリンがいるだろう。

 もしゴブリン以外を見つけたとしても、それに手は出さない。

 手を出すのは、一度倒せたゴブリンだけ。


 そんで、余裕があれば次の階層に続く階段なり扉なりを探す。

 それでいこう。

 とりあえず目標は、ゴブリンを軽く殺せる位の魂級まで上げること。


 俺は先ほど倒したゴブリンが持っていた剣を拾う。

 随分と粗末な剣だ。

 雑に扱ったりしたら、直ぐに折れてしまうだろう。

 試しに、少し剣を抜いてみる。


「うわぁ……」


 錆びだらけだった。

 剣を抜くにも、かなりの力がいった。


「でもまぁ、無いよりはましだろう」


 いつ敵が襲ってきてもいいように、剣は抜いたままにする。

 もちろん、剣なんて使ったことない。


 めっちゃ重いし、振るだけでも一苦労だ。

 柄の部分だって柄の皮が剥がれてて、振る度に皮膚に剥き出しの金属が擦れて痛い。


 これは、振るのは無理だな。

 刺す時に使おう。

 もう、一線は越えたんだ。

 何も迷うことはない。


 後は進むだけだ。

 俺はそう自分に言い聞かせ、前を見据える。

 薄暗い道だった。

 さっきまでと違ってあらゆるところに分かれ道がある。

 角からいつ魔物が出て来てもおかしくない。


 一つ深呼吸。


「よし……」


 呟き、俺は歩みを進める。


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