素質閲覧2
「昨日ぶりだな、樋野秋」
羽島さんだ。
━━先程、立花に刺された棘は今もなお、胸の奥で燻っている。
……切り換えよう。
大丈夫だ。
別に、立花からどう思われたってどうだっていい。
あいつは俺の事が嫌いで、俺もまた嫌いなのだから。
それが一番いいのだ。
嫌な事には、蓋をするのが一番だ。
そんな内心を抑え込み、俺は羽島さんに向かって、
「ええ、また会いましたね」
そう返した。
拠点での宴会で話をしようと思っていたが、ハレや琴羽、蛍達に絡まれて、羽島さんの所にいけなかったので、こうして会話をするのは昨日ぶりだ。
「それで、その素質閲覧というのはもう始まっているのか?」
「いえ、まだ始まってないです。今から初めても?」
「あぁ」
了承は得た。
実際の所、羽島さんの素質閲覧は少し楽しみでもある。
俺の目によれば、恐らくこの中で一番強いのは羽島さんだ。
次点で火河さん。
だが、その間には大きな差がある。
俺と言う脅威に相対したときに下した迅速な判断然り、他の人達の羽島さんへの畏敬の視線しかり、だ。
てなわけで素質閲覧。
━━《対象者:羽島 誠》━━━━
所持スキル:【剣術】【体術】【回避】【身体能力強化】【五感強化】【気配察知】【移動術】【解析】
取得可能スキル【闘力纏術】【隼の脚】【幻影魔法】
得意系統『幻剣士』
『のびしろ』4.78
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おお、凄い。
今現在取得しているスキルだけでもかなりの数だ。
確か、普通なら2つスキルがあれば上出来だとハレか琴羽が言っていた筈だ。
それに、取得可能スキルも、かなり有能なスキルばかりだ。
闘力纏術は、体内の魔力を、身体能力を跳ね上げる闘力というエネルギーに変換させ、身体に纏うことが出来るスキル。
隼の脚は、空中を蹴りあげたり、速く走ったりすることが出来るスキル。ちなみに俺も持っている。
幻影魔法は、確か……60層辺りにいた影みたいな魔物が使ってた魔法だ。幻覚や幻聴を相手に見せたり、分身を作ったりとかなりいやらしいことが出来る魔法。
俺もかなり辛苦を舐めさせられた。
俺は羽島さんに、取得可能スキルと、得意系統を教える。
「なるほど、私は直接相手に向かうような闘い方ではなく、敵の虚をつくような闘い方の方が向いていると……うむ、是非やってみよう。━━それで、お主が指導するという訓練はいつから始まるのだ?」
「この適性検査が終わったら、直ぐに始めます。時間は有限ですから」
俺がそう返すと、羽島さんはずい、と俺の方に顔を寄せて、
「少し頼みがあるのだが、その訓練の時、俺に他の連中より過酷な訓練を受けさせてほしい」
俺は眉をしかめた。
蛍とは約束があるから重点的に鍛えるが、できれば他の人達を贔屓するのはやめておきたいのだ。
そういうのが軋轢に繋がって、メンバー同士の中が悪くなるとか嫌だし。
「駄目か?」
「できれば」
俺がそう返すと、羽島さんは「そうか……」と肩を落とした。
「では代わりに、効率的に強くなれる方法を教えて欲しい」
効率的に強くなれる方法……。
俺の頭に浮かぶのは、ダンジョンの魔物達だ。
「そうですね、やっぱり効率的に強くなるなら、魔物を倒して魂級を上げるのが一番ですかね」
「ふむ、ちなみにだが俺の今の力で外界の魔物を一対一で倒すことは、可能か?」
……ん?
まさかこの人、外に出て魔物と戦うつもりか?
いや、別に余裕で倒せるくらいの力があるんだったらいいけど、この人じゃ死ぬだけだし。
止めておいた方が良さそうだ。
これで止めなくて死なれたら寝覚めが悪いなんてもんじゃない。
「弱い魔物、それこそゴブリン位なら倒せるかもしれませんが、上位の魔物は無理です、ていうかゴブリンでも徒党を組まれたら、羽島さんの魂級じゃ死にます」
「………そうか」
落胆の表情を浮かべる羽島さん。
その時、
『ここにいるやつらは、皆何かしらトラウマを抱えてる奴らばっかりだ』
宴会の時、火河さんに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。
……この人も、何か辛い事があったんだろうか。
いや、違うな。
この世界じゃ辛い事がなかった人の方が少ないんだ。
家族を魔物に殺されたり、蓄えてきた私財が気泡に帰したり。
絶望してる人の方が、多数なんだ。
だからと言って、その苦悩や絶望を聞こうとは思わない。
その苦しさや悩みは、全部その人の持つべきものだからだ。
俺は何もしない。
何もできない。
何もするべきじゃない。
苦しんでる人に手を差し伸べるのは傲慢だ。
羽島さんが踵を返す。
その瞳に迷いはない。
決意を秘めた光を宿していた。
と、そこで不意に羽島さんが振り向く。
「初めて会ったとき、勘違いしてしまって悪かった。許してくれ」
そう頭を下げてから、羽島さんは今度こそ歩いていく。
※※※※
「樋野さん、僕との約束はどうなったんだよ」
不満げに眉を寄せ、関口一番蛍は俺に非難の言葉を浴びせた。
それに対して、俺は「大丈夫だ」と前置きし、
「約束は守るさ。蛍の訓練は、皆がやるメニューに加えて、俺との模擬戦だ。朝、俺が住んでるバンガローに来てくれ」
「うん、ほんとお願いするよ」
安堵のため息をつき、蛍はほっとしたような表情を見せる。
どうやら忘れていたのかと心配していたようだ。
「よし、それじゃあ早速始めるぞ」
「頼んだよ」
━━《対象者:羽島 蛍》━━━━
所持スキル:【土操作】【勝負師】
取得可能スキル【確率変動】【挑発】【付与魔法】
得意系統『???』(ユニークスキルの存在により、不明)
『のびしろ』6.32
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「━━っ」
息を呑む。
……蛍の『のびしろ』が、凄まじい。
恐らく人域拡張軍の中では、羽島さんも火河さんも抜いてのぶっちぎりの一位だ。
それに加えて、所得可能スキルも凄そうなものばかり。
確率変動なんて、表示だけでヤバさが伝わってくる。
それに━━『付与魔法』
もし蛍が1ヶ月後までにこのスキルを手に入れる事が出来れば、蛍は必ずや『白鬼』攻略の鍵となる人物になる。
「……どうだった?」
不安そうな表情を浮かべつつ、蛍は訪ねてくる。
「今まで素質閲覧でたくさんの人を見てきたが、お前が一番すごかったよ」
そう前置きしてから、俺は蛍に閲覧内容を伝えていく。
すべての内容を伝え終えると、蛍はぐっと掌を握り込んだ。
「やっぱり、ユニークスキル【勝負師】。このスキルをきちんと把握することが、第一だね」
「いや、待ってくれ蛍。お前には最優先で付与魔法のスキルを覚えて貰う。俺の予想では、このスキルを蛍が覚えたら1ヶ月後に控える領土奪還作戦のハードルが大幅に下がる。だから、勝負師のスキルは付与魔法を覚えてからだ」
俺がそう断言すると、蛍は「わかった」と快諾する。
「こと戦いに置いては、迷宮攻略者の樋野さんに従ってた方が間違いなさそうだ。あと、じいちゃんから聞いたけどこの後樋野さんが直接訓練してくれるんだよね」
「あぁ、後もう少しだから多分1時間後くらいからだと思う」
「そっか」
コクリと頷き、蛍は「ありがとう」とお辞儀をしてから去っていった。
それから、やってくるたくさんの人の素質を鑑定していたが、蛍以上の『のびしろ』を持つ人は一人もいなかった。
目の前にやって来る無数の人達を必死に捌いていると、いつの間にか最後の一人━━いや、二人になっていた。
琴羽とハレだ。
その後ろには、立花も不服そうな顔で立っている。
彼女の顔を見た途端に、自分でも分かるほど緊張したのが分かった。
「最後は私と琴羽です。最後の締めが可愛い美少女で、秋さん嬉しそうですね」
あざとくポーズを決めるハレ。
少し可愛いと思ってしまった俺が憎い。
そしてその冗談をまともに受け止める奴が一人。
「何にやけてるの、気持ち悪い」
おっと立花さん。
話しかけないでもらえます。
ていうか毒吐かないでくれます?
普通に傷つくんで。
まぁ、そんな事を言い返すような根性はないんで黙り込みますが。
琴羽とハレは立花のその言い様を見て絶句している。
ていうかこいつら、これを言いたかっただけでわざわざ最後尾に並んだのか?馬鹿なんじゃないか?
いや、ハレ以外の二人はどこかやつれた顔をしている。
どうやら馬鹿はハレだけだったようだ。
「ほら、さっさと始めるぞ」
俺はどこかなげやりにそう言って、ハレと琴羽に確認を促す。
ハレは「ちょっと待って」と手を前に出して、
「え……っと、秋さん。和穂に結構リアルにキモがられてましたけど、何かあったんですか?」
そう率直に訪ねてきた。
リアルにキモがられたとか言うな。
「いや、別に何もない」
わざわざ説明するのも面倒くさい。
それに嫌われてるなんて口にするのも、結構クるものがあるし。
不思議そうに首を傾げている琴羽とハレを無視して、俺は素質閲覧を発動する。
━━《対象者:桐生 琴羽》━━━━
所持スキル:【隠密】【遠見】【短剣術】【急所発見】
取得可能スキル【操糸術】【影縛】【聞き耳】
得意系統『暗殺者』
『のびしろ』4.48
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琴羽の得意系統は暗殺者か。
暗殺者って、何か……字面にすると凄いものがあるな。
にしても、琴羽の『のびしろ』は凄い。
蛍には及ばないものの、羽島さんに迫る勢いの『のびしろ』だ。
火河さんとはどっこいどっこいのレベル。
かなり強くなれるのではないだろうか。
まぁ、のびしろについては伝えるつもりはない。
この数値は、いわばその人の才能を示しているものなのだ。
無論、個人差もあるのだ。
お前は才能があって、お前は才能がない。
この数値を伝えることは、そんな風に言われる事と同義だ。
それはちょっと残酷だ。
俺は琴羽に取得可能スキルと得意系統を伝える。
琴羽は「暗殺者……」と呟き固まっている。
立花は苦笑、ハレは……とても嬉しそうににやけている。
これは琴羽、確実におちょくられるな。
南無三。
「さて、次はハレだ」
俺がそう伝えると、ハレは「はーい」と元気よく返事をした。
「やっぱこの私ですからね、確実にものすごい『得意系統』を持ってるはずですよ!」
胸を張って、そう断言するハレ。
この自信はどこから来るのか。
苦笑しつつ、俺は素質閲覧を発動。
━━《対象者:灯尻 ハレ》━━━━
所持スキル:【思念伝達】【蓄音】
取得可能スキル:【非物質物体化】
得意系統『???』
『のびしろ』0.02
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「うっ!」
ハレのステータスを見て、思わず呻き声を上げる。
……これは酷いな。
何が酷いって『のびしろ』だ。
0.02。
これは、もう何も言えない。
ハレに至っては、いくら訓練をしてもこれ以上に強くなる可能性はほとんどないということだ。
取得可能スキルだって一つしかないし。
確か、二つスキルを覚えていたら上出来だったはずだ。
しかし、魔物と戦うのにスキルが3つだけと言うのは……少しきつい。
「あ、終わったんですか? で、どうです。驚きのあまり声も出ないって感じですか?」
どや顔でそうのたまうハレが、とても哀れだ。
なんかもう、ハレに対して優しくなってしまいそうだ。
「な、なんですかその生暖かい目は」
何も言わない俺に、
閲覧結果を察してしまったのか口早になるハレ。
「え? いや、嘘ですよね。まさか低いなんて事は……」
「ハレ」
可哀想だが、事実は事実だ。
はっきりと言ってやる方が、ハレの為になるだろう。
「お前、俺が今まで見てきた人の中で一番酷い」
ガクリ、と膝をつくハレ。
「うおぉ……。マジですか。まさかそうきますか……」
現実を直視できないのか、うわ言を呟くハレ。
気の毒そうに見守る俺たち三人。
俺が琴羽をさりげなく見ると、琴羽はハレを担ぎ立花と共に去っていった。
……。
「ハレは訓練、参加しなくていいからなー」
遠ざかっていく背中に向かって叫ぶと、ハレは弱々しくガッツポーズを決めた。
それは嬉しいのかよ。
そんは風に突っ込みを入れてから、俺は拠点の中央に位置する広場へと向かう。
そこで素質閲覧を終えた人達が、訓練開始を待っているのだ。
「さて、いきますか」
呟き、俺は広場に向かって歩き始めた。
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