会談4
「━━では、デリウリが君に与えた報酬とやらを、聞かせてくれ」
陸花さんはそう口火を切った。
これに対しては、特に詳しく説明する必要もないな。
「『報酬』それはあるスキルです。いや、デリウリは自分の『権能』だと言っていましたね」
「つまり、自身の持つ権能を与えることが、『報酬』だということか。ちなみに、君の貰ったデリウリの権能、教えてもらってもいいか?」
俺は頷く。
この人は、この会談で一度も俺を騙そうとせず、嘘をつこうとも、利用しようとも思っていなかった。
俺個人を、一人の対等な人物として真摯に向き合ってくれた。
だから、少し位手札を見せても大丈夫だろう。
「俺の与えられた権能は、『真実の眼』といういくつかのEXスキルが内包されているユニークスキルです。内容は、【嘘看破】【素質閲覧】【魔力霧散】です。嘘看破は言葉通り、相手の嘘を看破します。素質閲覧は、その人の『伸び代』を見ることができます。魔力霧散は、魔法や相対者干渉スキルなどの効果を強制的に無効化します。━━真実の眼のスキル、デリウリの権能については、この辺りでしょうかね」
俺の言葉を聞いて、陸花さんははぁーとため息をつく。
「迷宮攻略者って、こんなにも無茶苦茶なのか……」
嘆くように言う陸花さんを見て、俺は苦笑する。
全くもってその通りだと思ったのだ。
無茶苦茶━━この四文字以上に今の俺を表す言葉はないだろう。
なにせ、【魔力霧散】により弱体化魔法や、攻撃魔法は効かず、かといって接近戦を選べば、掠りさえしたら殺される【即死】の刃が向かってくる。
さらに、魔力感知によって、剣之王の剣術補正にも莫大な技能値が加算される。
我ながら、自分の化物っぷりには呆れ返る。
というか考えてみたら本気で付け入る隙がない。
こんなやつと戦えと言われたら、俺は即刻リタイアする。
と、そこである事を思い出した。
この会談でどうしても聞きたかったことがあるのだ。
「陸花さん、一つ聞きたい事があります」
俺がそう言うと、陸花さんは不思議そうな顔をした。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「はい。これだけは、聞いておきたかったんですが、デリウリの定めたルール7、後一年後に控えるタイムリミットとやらについて陸花さん達『情伝』は何か知っていますか?」
一年後に控えるタイムリミット━━。
俺はそれを聞きたかった。
何が起こるのか、もしくは予期されているのか、国の組織なら何か知っているかもと思ったのだ。
しかし━━、
「悪いが、それについては我々もさっぱりだ」
くたびれたように頭を振りながら、「知らない」とそう陸花さんは断言した。
少し肩を落とす。
「そう……ですか。しかし、一つお願いがあるんです。出来れば春の事は、そのタイムリミットが来るまで━━1年後までに見つけて欲しいんです」
「了解だ。全力は尽くすと言った筈だぞ。私は君との約束を、命に替えても守ろう」
真っ直ぐと、俺の目を見てそう言い切る。
「ありがとうございます……」
そして、静寂が辺りに満ちる。
不意に「ほう」という安堵のため息のような吐息が、陸花さんから漏れた。
「どうやらこれで、会談は終わりらしいな。もう他に、何か要望はあるか?」
要望……。
いや、ないな。
大丈夫だ。
春の捜索への協力も取り付けたし、金についても問題ない。
想定外だったが、陸花さん━━いや、情伝へのパイプとしてハレを手に入れることもできた。
上々だ。
いや、待てよ。
要望とは少し違うが、気になることがある。
「陸花さん、要望とは違いますが一つ聞きたいことがあるんですが」
「ふむ、なんだ?」
「壁の中の人達が飢えを感じずにいられる期間は、後どれくらいでしょうか」
俺が気になったのは、春が壁の中に居たときの場合だ。
春が壁の中にいて、今現在も飢えを感じているというのなら俺の完全収納の中にある食糧と便利アイテムを陸花さんに渡すのも辞さない。
さすがに壁内の人間全てを賄えるほどの食糧はないが、無いよりは有る方が春が飯を食える割合は高くなるだろう。
まぁ、恐らくほんの僅かの確率だけだろうが。
「いや、もうその段階は既に越えてある。先ほど言ったが、壁内は今すぐにでも共食いが始まってもおかしくないほどの飢饉が起きている。軍に反乱を起こしにきた連中もいるくらいにはな」
━━決まりだな。
「なら、俺の完全収納の中にある食糧を使ってください。後これも……」
そう言って、
俺は完全収納からありったけの『作水石』を取り出す。
それと同時に、作水石の素材となる、魔力を水に変える鉱石『変水石』と水分を弾く『離物石』を軒並み床にぶちまける。
「おい……何をしてるんだ?」
気が狂ったのでも言いたげに、陸花さんは俺の方を見る。
「そこの、右側にある水色の石は作水石と言って、魔力を込めると水が出てくるアイテムです。ちなみに上限はありません。ある程度時間が経ったら水は収まりますが、また魔力を込めたら水が出てきます。いわば、水道の蛇口が魔力に変わったように考えてください。これなら、消費魔力も少ないので一般人でも使えるでしょう」
俺が変水石と離水石を分けつつ、淡々とそう言うと、背後で陸花さんが大きな声を上げる。
「無限に水が出る石だと!? そんなものが、存在するのか!?
いや、それが先程いっていたダンジョンに存在するという未知の鉱石なのか!? なんにせよ、凄いぞ!」
ハレに至っては驚きのあまり声もでない様子だ。
まぁ無限に水が湧く石なんて、完全にお伽噺の世界の話だから無理もないかもしれないが。
「ハレ、陸花さん、少し石を仕分けるの手伝ってください。深い青色の石が変水石、緑色が離水石です。変水石は一番左側に。離水石は真ん中にお願いします」
既に作り上げている『作水石』を壁際に除けて、二人にそう指示をする。
「わかった」
「わ、わかりました」
…………
………
……
…
「これで、おしまいです……!」
ぜぇーはぁーと肩で息をしながら、やってやったとハレはガッツポーズをする。
「私はもう50を越えてるんだぞ……。年寄りにこんな神経使わせるような仕事させんでくれ……。あぁいかんな。目が痛い」
割と真剣に目が充血している陸花さんを見て、少し罪悪感に呑まれた今日この頃。
なんかお年寄りを苛めてるようで、ちょっと居たたまれなくなる。
「と、ともかく二人ともありがとうございました。これで、作水石を作ることができます」
俺は憔悴しきった陸花さんの視線から逃れるようにして、変水石と離水石の前に座り込んで、スキル【錬成】を発動させる。
既に何度も作り上げたことのあるものだから、簡単だ。
魔力を練り、押し上げて、純度を高めて全部の石に俺の魔力を浸透させる。
魔力により発生した、温風がぐわりと俺の前髪をかきあげた。
二人の息を飲むような音が背後で聞こえる。
頼むから、気を失ったりしないでくれよ。
そんな事を願いつつ、俺はさらに魔力の純度を上げる。
無尽蔵に垂れ流される魔力は、世界に魔力という状態で存在できる臨界点を突破し、魔法と同等の現象を発言させる。
銀色のスパークが、俺の周りを踊るように乱舞する。
それは、どんどんと輝きを増していく。
それと同時に増していくのは、世界が悲鳴を上げているかのような不快な凶音。
「「━━っ」」
二人が耳を塞ぐ。
冷や汗も凄い。
これは早く終わらせないと。
そして、魔力をさらに込めると、二種類の鉱石の全てがびしゃりと液体となって床に飛び散る。
それらは、不自然に痙攣を繰り返し、そして液体同士が合体しあい、水色の鉱石をいくつも世界に生み出す。
コロ、コロ、と警戒な音を立てて作水石が地面に産み出され続け━━━
「ふぅ、終わりました」
計1680個。
一人一人に渡すには全然足りないだろうが各ポイントに一つずつ、といった感じでこれを設置したのなら、大丈夫だろう。
満足し、俺は振り返る。
どこか緊張した面持ちの二人。
陸花さんが、俺に向かって恐る恐る、
「………もう、終わったのか?」
「はい、終わりました」
そう答えると、陸花さんはしゃがみ、作水石を手に取ろうとして━━
「これ、触っても大丈夫なのか? さっきみたいにおかしなことにならんよな?」
相当驚いたのか、何度も確認を取ってくる陸花さん。
それをいなしながら、大丈夫だと何度も言う。
都合五度ほど同じような問答を繰り返し、陸花さんは恐る恐る作水石を手に取った。
「それに、魔力を込めてください」
「あぁ━━こうか?」
陸花さんが魔力を込めると、作水石からじわりと水が染み出て、
陸花さんの腕を伝い、ポタポタと床に垂れる。
その様子を、驚愕の表情で見る二人。
どうやら目の前で起こった出来事が信じられないようだ。
陸花さんは、何度も何度も魔力を作水石に入れたり止めたりし、感触を確かめている。
暫くの間それを繰り返し、不意に大きな笑い声を上げた。
「がははははっ! 何だこのふざけたアイテムは! 全くもって意味がわからん! しかし、これでようやく光明が見えた! これがあれば、壁内の水問題は解決する!」
ひとしきり歓声を上げてから、陸花さんは俺の方に向き直る。
「今この国にはこの奇跡の石が必要だ。何をすればこの石を我々に渡してくれる?」
「うーん、もう別に欲しいものがないんで普通に上げます。それでも気に入らないなら、これからも仲良くしましょうね、って言う感じの献上品だと思ってください」
俺がそう言うと、陸花さんは驚愕の表情を浮かべる。
「き、君はこのアイテムの価値を分かっているのか!? この今の日本では、水がどれだけ貴重か━━」
「えぇ、わかってますよ。わかってて尚、そうしてるんです。それに、俺が何の対価もなしに上げるって言ってるんだから、陸花さんは黙って受け取っていたらいいんですよ」
俺は微笑を称えつつ、そう答える。
━━『貸し一つ』だ。
今の段階で、特に欲しいもの、融通して欲しいことは何もない。
だけど、この先に何か必要になったときの為に、ここで恩を売っておこう。
今の状況では、この選択が一番無難だろう。
「……すまない、恩に着る」
声を震わせながら、陸花さんは頭を下げる。
「いいんですよ、別に」
全部自分のためにやってることだし。
「それで、俺の方から聞きたいことはもうこれで何もありません。陸花さんは何か他にありますか?」
俺がそう訪ねると、陸花さんは首を振る。
「いや、もう大丈夫だ。私の方から聞きたいことももうない。有意義な時間だったよ。君と話せて良かった」
「俺もです。今の日本のトップがあなたのような人で良かった」
「買いかぶり過ぎだ。私は卑怯な、ただの一人の人間だよ」
恥ずかしそうにそう言った後、陸花さんは立ち上がる。
「それでは、私はもう行く。本当に良い時間を過ごせた。そして、私は君への感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。君が何か力を貸してほしいと言うことがあれば、遠慮なく私に言ってくれ。全力で力を貸そう」
「それは、ありがたいですね」
そして、陸花さんと俺、ハレは三人で外に出る。
ちなみに大量の作水石は風呂敷に包んで、陸花さんの持っていたバックの中に積み込まれている。
と、網膜を焼く光に俺は眉をしかめた。
太陽が眩しい。
腹の空き具合からしてもうお昼頃くらいか。
どうやら、かなり長い間話し込んでいたらしい。
と、その時。
「ん……?」
頃合いを見計らったかのように、一人の男性がこちらに向かってきた。
色素の濃い茶髪に、山吹色のカーディガンを着た年若い男性だ。
大学生か、そこらといった所だろうか。
彼は胡散臭い笑顔を張り付けて、俺たちに向かって手を振る。
何なんだろうあの人は?
そう疑問に思った
一瞬後。
「………っ」
言い様のない違和感に襲われて、俺は後ろに大きく飛ぶ。
俺のその様子に、目の前まで刹那で移動してきた茶髪の男は驚愕の表情を浮かべる。
「え……、何この子。俺の転移する瞬間を察知したわけ……?」
……なるほど。
この人は『転移系』のスキル持ちか。
だとすると、この人が陸花さんをここまで運んできた人だろうか。敵じゃ……ないよな。
「ちょっ、ごめんってば。ちょっと驚かしてやろうと思っただけだって。そんな睨まないでくれよ」
狼狽しつつ、そんな風に捲し立てる茶髪の男。
そんな男の様子を見て、陸花さんが頭が痛いとでも言いたげに、悩ましげに掌を額に置く。
「おい明、何をしょうもないことをしてるんだ……。この距離くらい、転移せんでも歩いてこれるだろうが」
「いやね、やっぱり自慢したくなるじゃないですか。ユニークスキル保持者として」
━━━ユニークスキル保持者。
俺の中で茶髪の男の警戒度が上がる。
恐らく茶髪の男が所持しているユニークスキルとは、転移系統のスキルの事だろう。
しかも、今の様子を見る限りでは使いこなしている雰囲気だ。
先程の転移━━、魔力感知を広げていたからこそ気づけたのであって、もし魔力感知を広げていなかったら、違和感すら感じずに接近されていただろう。
「まったく……」
呆れたようにそう溢す陸花さん。
隣に立っていたハレが、俺が興味深そうに彼を観察していたのに気づいたのかそっと耳打ちしてくれた。
「彼の名前は中山 明。転移のユニークスキルを持っている、陸花さんの従者の方です。彼はこのスキルを使って毎月、拠点に食糧やら武器やらを補給してくれます。少し茶目っ気がありますが、いい人ですよ」
と、そこで突然中山さんが俺の方に向き直り、
「えっと、一応確認なんだけど君が迷宮攻略者であってるよね?」
「はい」
俺がそう言うと、中山さんは目を輝かせる。
「へー、やっぱダンジョンってヤバイの? 魔物とか凄い数いるんだよね、ボスとかは━━っ………!」
「明、もういくぞ」
凄い勢いで質問してくる中山さんに向かって拳骨をかます陸花さん。その額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
陸花さんの怒りを察して、中山さんは「ヤバいヤバい」と顔面を蒼白にして、
「君……、えっと樋野秋君だったっけ。━━秋くん、また1ヶ月後くらいに『領土奪還作戦』用の食糧を運んでくるから、その時に話をしよう」
「はい、お願いします」
俺がそう返すと、心底嬉しそうに笑う中山さん。
きっとモテるんだろうな……とそんな風に思ってしまうような爽やかな笑顔だった。
と、そこで隣に立っていた陸花さんが俺の方に向かって深く頭を下げる。
「本当にありがとう。そして、君の妹さんは、必ず見つけ出すから安心してくれ」
俺の目を真っ直ぐに見据えて、そう言い切る陸花さん。
俺も頭を下げる。
「お願いします」
「あぁ、任された。いつか、その吉報を届けにくると誓おう」
陸花さんが、隣に立っていた中山さんにちらりと視線を向ける。
それだけで意図を察したのか、中山さんは転移のスキルを発動される。
シュンっと風を切るような音を響かせて、二人は忽然と姿を消した。
ここに、会談は終わった。
俺がこの会談で、全ての情報をさらけ出していないのは自覚している。神デリウリの本来の目的【永遠の渇望】しかし、それはこの人達に話してもどうにもならない。
それを伝えた所で、どうにかなる問題ではないからだ。
そもそも、俺はデリウリのこのルールについて疑っている。
何故なら、あいつの目的は永遠だ。
そして俺たちはその目的を止めるためにデリウリを倒す。
なら、倒した後世界はどうなる?
神が消えた世界で、本当に時間は巻き戻るのか?
よく考えれば、ルールについても不明瞭な点が多い。
かといって、デリウリにそれを尋ねてもはぐらかされていただろうし、ここについてはわからない。
そして、これは誰にもわからない問題なのだ。
確信も持てないまま、無駄に不安を煽るような真似をするべきじゃないだろう。
「さて……行くかハレ」
俺がそう言うと、ハレが不思議そうな顔をする。
「どこに、ですか?」
その疑問に、俺は口角を釣り上げて、
「皆を、鍛えにいくんだよ」
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