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会談3

 

「わかりました、陸花さん。話を聞かせてください」


 俺がそう言うと、陸花さんはさらに深く頭を下げる。


「本当に……ありがとう」


 心の底から、陸花さんは感謝の言葉を俺に言った。

 ゆっくりと顔を上げて、陸花さんはもう一度「ありがとう」と言った。

 顔をくしゃくしゃにしてそう言う陸花さんを見て、俺は直ぐに視線を下に向ける。

 その顔は、あまり見られたくないものだろうから。

 ハレに視線を向けると、ハレも同じように伏し目がちに視線を下げている。

 そして暫く経つと、陸花さんが話を切り出した。


「私は、君に二つほどお願いがある。それは、ダンジョン内部の情報と、デリウリの定めたルール6についての情報の提示だ」


 ルール6って言うと、迷宮攻略者に与えられる報酬って話だよな。

 しかし、二つとも情報開示のお願いか。

 まぁ、いいだろう。

 だがこちらも特別製の高い情報を与えるんだ。

 それなりの対価を貰おう。

 無償でというのは、相手にとっても体裁が悪いだろうし。


「そうですね、それじゃあもし日本が元に戻った暁には、俺に一生遊んで暮らせるだけの金をください」


 俺がそう言うと、陸花さんは頷いた。

 このゲームが終わり、平和な世界に戻ったなら、俺のこの力は、なんの役にも立たない。

 いくら俺のこのステータスでも、核爆弾の一つでも浴びせられたら簡単に死んでしまうのだから。

 だから、金だ。


 今の時代では力がものを言うように、平和な世界では金がものを言う。その時の為の先取りと言うわけだ。


「約束しよう。この地獄が終わった暁には、君に100億を報酬として与えよう。足りるか?」


 いささか不安そうにこちらを見る陸花さん。

 俺は表面上では冷静を取り繕う。

 それでも頬がひきつってしまうのは愛嬌だと思ってほしい。

 だって、ひゃ、百億だぞ。

 サラリーマンの平均生涯年収が3億だとどこかで聞いたことがある。その役33倍……。

 やばい、不安になってきた。

 ぬ、盗まれたりしないよな……。

 ……絶対誰にも開けられないような金庫買おう。


 そんな密かな決意をしていると、陸花さんが俺に話を促す。


「それじゃあまず、ダンジョン内部の情報、それを教えてくれ」


 陸花さんは、俺の目を見据え、一瞬たりとも聞き逃すまいと集中している。

 ハレは蓄音のスキルを再度展開している。

 この情報も、組織全体で共有化されると見て間違いないだろう。

 俺は大きく息を吸い、頭の中でダンジョンについての情報を整理していく。


「まず、ダンジョンの階層について話しましょう。渋谷ダンジョンの階層は、全部で百階層でした」


 俺がそう言うと、陸花さんは大きく目を見開いた。


「ひゃ、百階層だと……。ちなみに、一つの階層はどれくらいの面積があったんだ?」


「そうですね、渋谷ダンジョンの場合は初めは一キロやそこらでしたが、下に潜れば潜るほど階層の広さは増していきましたね。深層では、一つの階層で軽く10キロ━━町一つがゆうに入るほど、広かったです」


 すると、陸花さんがハレに確認を取る。


「灯尻、渋谷ダンジョンの形容は、確かピラミッド型だったな?」


「はい」


 ハレは肯定し、その後「ちなみにですが━━」と前置きしてから口を開く。


「札幌に現れた【札幌ダンジョン】は塔型、名古屋に現れた【名古屋ダンジョン】は洞窟型、熊本県天草市に現れた【天草ダンジョン】は結界型、妙高山に現れた【迷宮:妙高山】は浮遊型です」


 すらすらとハレの口から出る言葉に動揺したのは俺だ。


「待て、ダンジョンにはそれぞれの形状みたいなものがあるのか?いや、別に塔型とかは分かる。でも、天草ダンジョンと妙高山の結界型と浮遊型ってなんなんだ?」


「結界型は、結界の外側から見ると、何ら代わりのない『大変革』以前の町並みが広がっているように見えるんですが、迷宮と外界を隔離しているある一定のラインを越えた途端、迷宮内部に強制的に転移されるタイプです」


 なんだその砂漠のオアシスみたいなタイプ。

 しかし、地味にこの形状が一番危険だと思われる。

 何も知らない民間人が、無事な町があると錯覚し、町に入ろうとして迷宮に転移してしまう……そんな事も普通にありそうだ。


「そして、浮遊型ですが━━これも文字通りです。妙高山は、今この瞬間にも空を漂っています。そうですね、天空の城ラピ◯タみたいな感じのタイプです」


「飛んでるって、そんなのどうやって攻略しに行けばいいんだよ」


 いくら俺の隼の脚でも、そんな空高くまでは行けない。

 加えて、今の時代では飛行機やヘリコプターなども使えない。

 どうしろと言うのだろうか。

 もしや、空を飛ぶようなスキルでもあるのだろうか。

 思念伝達のようなスキル持ちがいるのだから、可能性はある。

 いや、だとしてもそれじゃあ迷宮攻略に向かえる人数が限られてしまうわけで……。


「━━思案している所悪いが、他にダンジョン内部についての情報はないのか?」


「あ、すいません」


 この事は、後で考えよう。


「そうですね……次は『ドロップ』について話しましょう。

 ダンジョン内には、一階層から五十階層までは食糧を確保できる階層が点在しています。しかし、五十階からは食糧を確保できる階層が消えます。代わりに、魔物を倒すと一定の確率で何かしらのアイテムを『ドロップ』します。大抵の魔物は食糧をドロップしますが、低確率で武器や防具などのアイテムもドロップします」


 俺のその言葉を聞いて、陸花さんが苦笑いを浮かべる。


「ますますゲームじみてきたな……」


「はい、本当にゲームみたいな仕様でした」


 10階層毎に存在する守護者(ボス)然り、スキル獲得にしかり、本当に……現実感がなかった。


「ふむ、しかしそれはいい知らせだ。最悪、着の身着のままダンジョンに挑んだとしても、食糧で困ることはないということだしな。他にはないか?」


「後は━━五十階層より下層では鉱石が取れます。しかも、地球にはないような特殊な効果を持った鉱石が」


「それはどのような?」


「本当に、色々な効果を持った鉱石です。音を集める特性を持った鉱石や、魔力を通したら切れ味が上がる鉱石。魔法の属性を持った鉱石━━俺が知ってるだけでも、まだまだあります。ちなみに、俺の腰の剣も鉱石を加工して作り上げたものです」


「良かったら見てください」そう言って、俺は腰の剣を陸花さんに渡す。

 陸花さんは剣を鞘から抜く。

 そして、「おお……」と感嘆の声を上げた。


「私はそう刀剣に精通していないが、これは素人の私から見ても、かなりの業物だと分かる」


「えぇ、その剣は魔力を吸収する特性を持つ【魔真石】と呼ばれる鉱石と、魔力を放出する特性を持つ【魔放石】をスキル【錬成】で作り上げたものです。ちなみにその剣は、俺のスキル【剣之王】との相乗効果によって、【即死】の属性を得ています」


「【即死】……? すまん、返す」


 顔を真っ青にして、刃に触れないように細心の注意を払い剣を突き返してくる陸花さん。

 その慌てっぷりに少し苦笑しつつ、俺はさらにダンジョンの情報を公開していく。

 

 10階層毎に存在する守護者に、各階層に出現した魔物の名前とその攻略法。

 守護者を倒すとEXスキルを与えられるということ。

 また、人間がダンジョン内にいる間は、魔物が外に出ていかないこと。

 その他諸々、俺が知り得る情報は全て開示した。


 そうして、全ての情報を聞き終わった陸花さんは、


「なるほど。ダンジョン内部はそんな風になっているのか。

 ありがとう。これで、ダンジョンの攻略にも本格的に乗り出す事が出来る。それで、次に聞きたいのはデリウリの6つ目のルールだ。迷宮を攻略した君は、どんな『報酬』を与えられたんだ?」


 そう身を乗り出して聞いてくる陸花さんを制止する。


「待ってください。ダンジョン内部の情報の提示━━その対価として俺は百億円を手にすると、契約を結びました。

 それで、1つ目のお願いとやらは聞き届けた事になります。

 ここで一旦、交渉は終わりです。

 陸花さんの言う二つ目のお願いを聞き届けるのなら、もう一度対価を払ってください」


 毅然としてそう言う。

 これはボランティアではないのだ。

 交渉、あるいは契約なのだ。

 お互いの利益になるからこそ、話をしているのであって、慈善の心で力を貸すのではない。

 そんなことをしたら、この先の厄介事に対して、自分の頭で考え、行動に移すことができなくなる。

「前も無償で助けてくれたんだ。今度も大丈夫さ」

「全部『迷宮攻略者』様に任せてしまえばいい」

 そんな風に、俺に依存されたら非常に困る。

 そしてそれは俺にとっても、そして日本という国を愛している陸花さんにとっても、喜ばしい事ではないはずだ。


 つまるところ、線引きははっきりしないといけない。


 無償で力を貸すつもりはないと、そう言外にアプローチする。

 それほどまでに、ダンジョン関連の情報は希少価値は高いのだ。

 何せ、ダンジョンを攻略したのは世界で俺だけ。

 俺が知っているダンジョンの情報は、文字通り『俺しか知らない情報』なのだから。


 それは、陸花さんも分かっているはずだ。


「あぁ。すまない、これは礼節を欠いた。もちろん、対価を払おう。出来ることならなんでもやる。妹さんの捜索と金、後は何を望む?」


 ━━ふむ。

 春の捜索の協力を取り付け『今』の問題は解決した。

 そして、100億の金を受け取る事で『先』の心配もなくなった。

 後、俺に足りていないものはなんだ?

 何を手に入れなければいけない?

 考えろ。

 考えるんだ。

 生き残るために最善を尽くせ。

 そうじゃないと、簡単に死ぬんだ今は。

 頭が痛くなるくらいに思考を巡らせ━━、


「なら、情報伝達組織━━そちらの方から、俺と陸花さんのパイプとしての人物を一人ください」


 俺がそう言うと、陸花さんは目を見開く。

 ━━やはり、俺に足りないもの。

 それは情報だ。

 先のダンジョンの形状についてもそうだが、俺には『空白の二年間』についての情報があまりにも欠如している。

 今の世界の常識も、知らない。

 だから、俺に情報を与えてくれる仲間が欲しい。

 しかも、一般人じゃだめだ。

 いや、駄目という訳ではないがそれだけじゃ足りない。

 新しく起こった事に対して、誰よりも早く、その情報を俺に伝えれるだけの人物でなくては駄目だ。

 故に、情報伝達組織━━そのメンバーが欲しい。


「君は、凄いな。なんていうか、適応力が凄まじい。滅んだ世界、使えなくなった科学の力、それらを踏まえた上で必要なものとそうでないものを取捨選択する能力に秀でている。

 普通の高校生とは、思えないな。いや、だからこそダンジョンを攻略出来たというべきか……。

 ━━正直、君を私の右腕にしたいくらいだ」


「そんなに誉めても何も出ませんよ。それに、俺は本当に普通の高校生です。ろくでもない、今時の若者ってやつです。そんな褒められるような人間じゃないですって」


「ははは」と笑い、そう返す。

 陸花さんは不服そうな顔をしたが、直ぐにその表情は消える。

 そして、「わかった」と呟き、


「その条件を飲もう。そこにいる灯尻 ハレを君の専属として遣わせる。いいな? 灯尻」


 陸花さんがハレを見やる。

 ハレはちらりと俺を見てから、


「わかりました」

 

 そう短く返答した。

 それを聞き、陸花さんは満足げに頷き、ハレに「ありがとう」と感謝の意を示してから、たたずまいを直す。

 その後、陸花さんは「ごほん」と仕切り直すかのように咳払いして、

 

「では、次の情報━━デリウリが迷宮攻略者の君に与えた報酬とやらを、聞かせてくれ」


読んでくださりありがとうございます!

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