会談2
俺の返答を聞いて、陸花さんは大きな笑い声を上げる。
「がははッ! あぁ、分かった! そこまで言うのなら、私は、いや私たち国民は、君に全ての希望を託そう。情報伝達組織は君の事を全力でバックアップする。━━頼んだ、救国の英雄」
そう言って、陸花さんは俺に掌を差し出す。
俺はそれを握る。
救国の英雄とは、少し頂けないがまぁ仕方がない。
今の話を聞いたら、それも大袈裟とは思えないからだ。
それに、年頃の健全な男子として、英雄と呼ばれて嫌な気になるやつはいるだろうか?
「承りました」
俺がそう陸花さんに返すと、彼はハレの方に視線をやった。
すると、ハレは虚空を見つめ、声を上げる。
「情報伝達組織リーダー、陸花和馬様と迷宮攻略者 樋野秋様の交渉が無事結ばれました。立会人である私、灯尻ハレが交渉の締結を見届けました」
━━ハレは、一体何をしているのだろうか。
そんな俺の疑問を汲み取ったのか、陸花さんが、
「あれは、灯尻が思念伝達を使い、『蓄音』のスキルで録音した音声を情報伝達組織のメンバー全員に渡しているのだ。
恐らく、もう少しすればこの情報は組織全体で共有化され、そして明日には国民に『希望の知らせ』が届けられるだろう」
蓄音は、録音機能だけでなく伝達機能まであるのか。
かなり融通の聞く便利なスキルだな。
そんな事を考えていると、
「しかし、いくら迷宮攻略者とはいえ、一体だけ気をつけて欲しい魔物がいる」
「気をつけて欲しい魔物? それはどんな?」
神妙な顔でそう言う陸花さんに疑問を返す。
「『白鬼』と言う魔物だ。やつらは、個体一つ一つの力は弱いが、『召集』というスキルを所持している。やつが叫び声を上げると、辺り一帯の魔物が白鬼の元に集まってくる。
ちなみに、今回の『領土奪還作戦』━━東北地方を主とした奪還作戦には、ほぼ間違いなく白鬼は出現する」
白鬼……。
仲間を呼ぶ力を持つ魔物か。
……確かに、数の暴力と言うのは恐ろしい。
脳裏に浮かんだのは二階層で巨大ダンゴ虫達に群がられ、初めて死んだときのあの光景。
もちろん、今となってはあの巨大ダンゴムシにも、そして恐らくその白鬼とやらに遅れを取ることもないだろう。
過信ではなく、確固たる事実だ。
まず間違いなく、負けることはない。
だが、他の人域拡張軍の人たちは別だ。
あの中で強者の部類に入るであろう羽島さんでも、言い方は悪いがあの程度、だ。
もし白鬼の『召集』スキルが低範囲ならいいが、都市全体にまで効果が及ぶというのなら、恐らくとんでもない数の死人が出る。
誰も死なずに、領土奪還作戦を成功させるには、その白鬼の攻略が鍵になりそうだ。
どうするか……。
正直、一番安全なのは俺一人で魔物に奪われた領土を奪還してくることだ。
魔物の殲滅だけなら恐らく容易だろう。
だが、俺はあの壁を築き上げるだけのスキルを持っていない。
恐らく蛍が所属している壁部隊━━その力がなかったら、壁を建設し、真の意味で領土を奪還することはできないだろう。
その上、壁部隊は蛍だけじゃない。
恐らく『部隊』というのだから決して少なくない数の人数がいる筈だ。
それら全てを守りながら魔物を殲滅するのは、いささか無理がある。
やはり、人域拡張軍の協力は必須。
だが、あの魂級では話にならない。
死ににいくだけだ。
なら━━、
「━━鍛えるしか、ないか」
幸い俺には、【素質閲覧】という誂え向けの能力がある。
単純な話、全員が俺と同じくらいの力を持てば、死人が出ることもないのだから。
まぁ……さすがにそれは無理だろうが。
しかし、事を急いだ方がいいのは間違いない。
時間は有限だからな。
作戦開始の1ヶ月後までに、出来るだけ鍛えておきたい。
俺は早速その旨を火河さんに伝えようとして立ち上がり━━
「待ってくれ、私はまだ全て伝え終えていない」
呼び止められる。
まだ何か用があるのか?
俺がそう怪訝そうな顔をすると、
「君の要望━━妹の春さんの捜索、それに私たちは全力を注ぐ。他の捜索願いを切り捨てて、君の妹さんを最優先で見つけ出す。その対価として、君は領土奪還作戦に参加する━━そうだな?」
陸花さんはそう確認を取った。
俺はそれを肯定する。
「領土の奪還と妹さんの捜索━━釣り合いが取れていないのは分かっている。分かっているが、恥を忍んで……もう二つ、お願いしてもいいだろうか」
そう言って、陸花さんは深く頭を下げる。
そして呻くように、俺に言葉を吐き出す。
「私は……この国が好きなんだ……! ここで、訳もわからないまま祖国の滅びを見届けるのだけは、絶対に嫌なんだ。
それだけは、承知できない。私は平和ボケした日本人が好きだ。やけに遠回しな物言いをする日本人が好きだ。丁寧で、物腰低い日本人が好きだ。和食が好きだ。全部好きだ。
外国がどう日本を罵ろうとも、私はこの国を愛しているんだ!
だから、頼む……滅茶苦茶な事を言っているのは承知だ。
日本復活のために、私の願いをもう二つほど聞き届けてくれ……」
心の底にある部分を吐露したかのような言葉に、俺は少し鼻白んだ。
身体を震わせ、自分より40も50も離れているであろう若造に頭を下げている陸花さんのその姿を見て、考える。
話を聞くか、それとも否か。
正直なところ、俺は春さえ見つかってくれればそれでいい。
そしてその協力は、領土奪還作戦への参加という形で取り付けられた。
だから、この先の話を聞く必要は俺にはないのだ。
最悪日本が滅んだとしても、俺は俺のこの力で、春と共に生きていく。
それが出来るだけの力はあるのだ。
……しかし、それは本当に正しい道なのだろうか。
数多の、救えるはずだった人々の屍を踏みつけて、自分と春だけが安寧と平和を得る。
それをして、春は喜ぶだろうか。
納得するだろうか。
しない。
俺の知ってる春は、決してそんな結末を許さない。
あいつが好むのは皆が幸せになる物語。
選ばれた人たちだけが幸せを享受する結末を、春は絶対に許さないし、望まない。きっと、願わない。
俺は薄く笑う。
結論は最初から決まってた。
俺は春に幸せになってもらうと決めている。
両親の墓前でそう誓いを立てたのだから。
━━なら、救おう。
再会した時に、春に向かって胸を張って、自慢げに笑ってやる為に。
「━━わかりました、陸花さん。話を、聞かせてください」
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