会談
翌日、俺はハレに連れられ、拠点の中でも一際大きな小屋に招かれた。
ハレによると、この中に情伝のトップ、陸花和馬さんがいるそうだ。
緊張するな……。
不安に高鳴る心臓を押さえつけて、俺は一つ一つ確認していく。
━━俺の目的は、妹の春の捜索の助力。
それだけだ。
あまり多くは望まない。
何せ相手は一軍隊の長だ。
駆け引きにおいては、遠く及ばないだろう。
だが━━、こちらには真実の眼がある。
このスキルに内包されている嘘看破のお陰で、騙されることはまずないと見て良いだろう。もちろん警戒はするが。
騙される事がないというだけで、充分。
この状況は、俺にとって極めて有利なのだから。
一つ深呼吸。
「━━落ち着きましたか?」
隣でハレが、穏やかな笑みを浮かべてそう言う。
「あぁ。もう大丈夫だ。覚悟は出来た」
つい二年前まではただの高校生だった俺が、国のトップと言っても過言ではないような人物と話すんだ。
まるで現実感のない話だ。
そんな風に思いつつ、俺は扉を開いた。
※※※※
「こちらは、渋谷ダンジョン攻略者の樋野秋様です」
ハレが、険しい表情を浮かべた高身長の男性に向かって、そう俺を紹介した。
━━この人が、陸花 和馬。
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
屈強な肉体に、鋭い眼光。
二の腕は太く隆起しており、雰囲気だけでかなりの強者だと言うことが分かった。
しかし、何より特筆すべきはその身長だろう。
190はあるだろうか。
俺の事を真っ直ぐに見下ろしている。
陸花さんと視線が交錯する。
陸花さんの視線が少し揺らぎ、しかしその後直ぐに俺の目を見据えた。
━━この人、何度か魔物を倒してるな。
その屈強な肉体しかり。
俺の体から漏れ出す微量の魔力に反応する辺り、それがわかった。
そうして俺は観察を終える。
あんまりジロジロ見るのも失礼だしな。
その時、隣でハレが陸花さんに向かって深々と頭を下げる。
「陸花 和馬様わざわざご来訪頂きありがとうございます」
ハレが畏まってそう言うと、陸花さんは「あぁ」と短く返答し椅子を引き、座り込んだ。
「話は聞いている、迷宮攻略者の樋野 秋様。私も少し、君と話をしたいと思っていたのだ。━━掛けてくれ」
そう言って、陸花さんは俺に着席を促す。
その途端、ハレが俺の椅子を引いてくれる。
俺は少し「おお……」とハレの秘書っぽい姿に感動しつつ、席につく。
「悪いが、私はあまり遠回しな物言いは得意ではないのでな、単刀直入に聞こう━━君は私たち『情報伝達組織』に何を望む?」
答えは決まっている。
「━━俺には現在、消息不明の妹がいます。その妹の捜索に手を貸してほしいのです」
そう言うと、陸花さんはその太い眉を寄せて、腕を胸の前で組む。
「……そうだな、捜索の協力か。━━それは少し、難しいな」
しかめ面の表情で、陸花さんはそう言う。
否定の言葉に、どくりと心臓が跳ねた。
「理由を聞いても?」
俺がそう訪ねると、陸花さんはこくりと頷いてから、説明を始める。
「ダンジョンが出現してからの2年で、行方不明者の数はおよそ4000万人にも及ぶ。そして、私が情報伝達組織を結成してからは、1日毎に膨大な数の捜索願いが私たちに送られてきた」
淡々と冷静に、事実だけを述べていっている。
そんな雰囲気が陸花さんから感じられる。
「無論、私たちはこの二年で全力を尽くし、あらゆる情報を各地から集めた。その結果分かった。毎日幾千と届けられる捜索願いの内に、生き残っている生存者は全体の一割にも満たない。そうだな、恐らく3%と言った所だろう。━━この意味がわかるか?」
「春が生きている可能性は、ほぼほぼ無いと言うことですか?
だから、俺の要望は受け入れられないと?」
「そう言う訳ではない。無論、迷宮攻略者殿からの頼みだ。最優先で君の妹さんを探そう。だが、私たちも暇ではないんだ。むしろ仕事に追われていると言ってもいい。何せ、情報伝達組織は数千人しかいないんだからな」
「━━つまり、何か対価を払えという事ですか?」
俺のその疑問に陸花さんは黙り込む。
イエス、ということだろう。
確かに、俺の要望を無条件で聞き入れるのは難しいか。
「わかりました。では、陸花さん。あなたは俺に、一体何を望みますか? 俺が持つ迷宮攻略者の力ですか? それともダンジョン内にある物資ですか? 春の捜索に力を貸してくれるなら、俺は持てる限りの全てを使いましょう」
真っ直ぐに目を見据える。
この言葉に虚偽はない。
本気だ。
俺は本気で、春の為ならなんでもする。
例え春が今この世界に居なかったとしても。
その覚悟は、もう決めた。
その覚悟を後押ししてくれる人がいたから、俺は今、本気で向かい合える。
「━━分かった。なら、ここらで私たちの要望を伝えよう」
陸花さんが、重い響きを孕んだ声でそう言い放つ。
「私たちは君に、1ヶ月後行われる『領土奪還作戦』━━それに参加してほしい」
領土奪還作戦?
初耳だぞ。
俺が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、陸花さんは説明を始める。
「君は長いこと迷宮に潜っていたから知らないかもしれないが、今現在日本では近畿地方を除いた全ての都道府県が、魔物によって支配されている。大変革によって大幅に人口が減少したとはいえ、たった七つの県で国民全ての食糧を作り出すのは難しい。
……いや、正直に言おう。後2ヶ月で、限界だ」
━━後2ヶ月?
そんな僅かな間しか、余裕がないのか。
俺が衝撃に息を呑んでいると、隣でハレが動揺したかのように声を荒げる。
「ま、待ってください。軍上層部はそうした食糧問題を解決するためにミドリムシの栽培に挑戦し、そして成功したと聞いています! そのため、今後100年は食糧難に立たされることはないとも……!」
そのハレの混乱に満ちた叫び声を聞き、陸花さんは淡々と、
「あれは嘘だよ灯尻。ミドリムシ? はっ、確かに栄養化は高いさ。だがな、それは通常の食糧があっての話だ。ミドリムシだけで生きていくのは、人間の身体じゃ無理だ」
その言い分を聞き、ハレはさらに声を荒げる。
「なんで、そんな嘘をついたんですか!そんな、いずればれるような嘘を!」
「━━そうするしかなかった。それほどまでに、壁の中の人類は餓えに苦しんでいたんだ」
その言葉を聞き、は?と間の抜けた声を漏らすハレ。
ハレの様子を見て、陸花さんは乾いた笑みを浮かべる。
「お前は━━いや、俺たち軍の人間には優先的に物資や食糧が輸送される。その上、灯尻は人域拡張軍への情報を伝えるためのパイプとして今日まで外界や拠点で過ごしてきた。だから、お前が知らないのも無理はない。だが……正直な所、後少しで共食いが起こるレベルの飢饉が、防壁都市では起きている」
「そんな……」
顔を青ざめさせて、床にへたり込むハレ。
「━━隠していて悪いなハレ。だが、人域拡張軍や、情報伝達組織の連中にこの情報を伝えることは出来なかった。
これ以上、絶望が迫ってくると動けなくなるやつが出てくるからな……」
拳を握りしめ、陸花さんがそう溢した。
なるほど。
今、壁の中では重大な食糧問題が起きている、と。
だから、自爆覚悟で人域拡張軍の人たちに領土奪還作戦をさせると言うことか。
━━無謀だ。
あんまりにも無謀だ。
確か、人域拡張軍が外界で領土を奪還できたのは、この拠点のみだと蛍は言っていた筈だ。
そんな力しか人域拡張軍筈は持っていないというのに、この作戦。どう考えても無謀、いや、無駄だ。
死人が出るだけの自殺行為。
このまま迎えるのは、緩やかな、されど確かな餓死の未来しかないと、きっと陸花さんは思っていた筈だ。
━━俺が迷宮攻略者として、地上に戻ってくるまでは。
そこで、緊張した面持ちで陸花さんはこちらに視線を向ける。
「━━今の日本は、もう虫の息だ。このままでは、私たちには全滅の未来しかないんだ。だから、頼む。君の力を貸してほしい。領土を奪還して、土地を広げ、牛や野菜を育てる場所が必要なんだ。領土奪還作戦への参加━━それが、情報伝達組織が総力を上げて君の妹を捜索する条件だ」
俺は安堵のため息をつく。
「何をそんなに安心してるんだ?」
本気で困惑した表情を浮かべる陸花さん。
ハレは、俺のその様子を見て苦笑を浮かべていた。
陸花さんは俺の力を見ていない。
ハレは俺の力を見ている。
両者の反応の違いはそれだけの差だ。
「え?だって、領土を奪還するだけでいいんですよね? それなら、余裕ですよ。今すぐにでも向かいましょうか?なんなら、一つと言わず、二つでも三つでもいいですよ?」
俺のその余裕の態度を見て、さらに困惑の表情を深める。
「━━灯尻、迷宮攻略者はこんな戯言を実現するだけの力があるのか?」
戯言って。
まぁ信用できないのはわかるけど。
その陸花さんの言葉を聞いて、ハレは苦笑を称えつつ、口を開いた。
「恐らく、二つや三つだけではなく、十や二十も可能かと」
「━━なっ」
絶句する陸花さん。
驚きのあまり口を何度も閉口させ、
そしてその後、俺の方を見る。
「━━君が領土奪還作戦に参加したら、どれくらいの確率で成功する?」
俺は即答する。
「100パーセントです」
冗談ではない。
比喩抜きで、必ず成功する。
渋谷ダンジョン跡地で襲われた魔物たちを基準にすると、負ける筈がない。
というより、負ける要素がない。
その時。
文字通り━━国を救えるだけの力を持っているのだと。
そう俺は確認した。
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日間10位……。
また上がってる……。
マジかよ。




