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宣告

 

「なぁなぁ、秋さん。ダンジョンの中ってどんななんだ?」

 

 坊主頭のおっさんが、顔を赤く染めて俺にそう訪ねてくる。


「過酷でしたね」


 もそり、と目の前に盛り付けられてる魚を摘まむ。

 上手い。


「待てよ達也、先に俺が秋さんと話してたんだぜ?」


 坊主頭のおっさんに向かってピシリと箸を突きつける筋肉質なおっさん。

 確かにこの坊主頭のおっさんより先に、こちらの筋肉質なおっさんと話していたのは確かだが……。

 なんか、嫌な予感がする。

 そうして何故か分からないが嫌な予感ほど的中するのが、この理不尽な世の中であって━…


「それより、秋さんって高校生だろ? やっぱ色々とあるわけ? あるだろ? 恋愛系のさー? おっちゃん達に甘酸っぱい話、聞かせてくれよ」

 

 最悪だ。よりによって、そっち系かよ。

 マジで最悪だから。


「「「おおおぉー!」」」


 いい年したおっさん共が、

 そんなに目をキラキラさせて盛り上がるな!

 やめろ!俺を酒の肴にするんじゃない!


「嫌ですよ!」


 立ち上がり、俺はそういい放つ。

 それを見てにやけるおっさん達。

 最悪だ。

 何の罰ゲームだよ。


「……」


「じっと見ても駄目です」


 そう━━俺は現在、絶賛絡まれ中なのである。

 酔っぱらいどもに、滅茶苦茶めんどくさく絡まれているのだ。

 どうしたらいいんだろう。

 はじめはまともに返答していたが、三回続けて同じ質問をされた時にこれは適当に返すべきだと悟った。

 それに、最後の絡みなんてまともに答えてたら酒の肴にされる。

 絶対に。

 それに、頼むからそういうノリやめて。

 俺はそっち側の人間じゃないから。

 むしろ滅んでほしいと願ってる側の人間だから。


 と、その時だ。

 わいのわいのと騒いでいたおっさん達を押し退けて、火河さんが現れた。


「秋さん、少しこっちに来てくれ」


 手招きし、火河さんが俺を呼ぶ。

 何か用事があるのだろうか?

 不思議に思いつつ、酔っぱらい共の間をすり抜けて、先を歩く火河さんについていく。


 しばらく歩き、あまり人気のない場所につくと火河さんは言いづらそうに言葉を溢した。


「こんな所にわざわざ呼んで悪いな。だが、これだけは話したかったんだ」


 火河さんは振り向く。

 相も変わらず表情はすぐれない。


「何ですか?」


 俺がそう冷静に聞き返すと、火河さんは視線をさ迷わせポリポリと頭を掻いた。


「これから言うことは、人域拡張軍のリーダーとしての言葉ではなく、火河 虎━━俺個人の言葉だと思ってほしい」


 そう前置きをして、火河さんはゆっくりと口を開く。


「……秋さんがこの人域拡張軍に力を貸す条件━━それは秋さんの妹さんを探すことだったよな?」


「━━はい」


 確認に対してそう返した。


「俺個人としても、人域拡張軍のリーダーとしても、そして一人の親として秋さんの妹さんを探すのに異論はない。全力で探す。だが━━」

 

 言葉を切り、


「妹さんがもういない覚悟、それも持っておいてくれ。俺はもう、君たちみたいな若者が家族の死にうちひしがれてるのを見たくないんだ」


 そう言った。

 その言葉を聞いた途端、先ほどまでの熱は一気に成りを潜めた。

 今、多分ふざけるところじゃない。

 俺に今、この時に言わなきゃいけない言葉なんだろう。

 そして言われた言葉を咀嚼して━━



 あぁ。

 分かってる。その通りだ。


 納得した。


 言われなくても、

 春がもうこの世界にいないことだって考えてるさ。

 当たり前だ。

 俺の聞いただけでも、もう琴羽に蛍━━前まで同じように過ごしていたはずの年齢の人たちが、二人とも家族を失っている。

 この世界の命の価値は低い。

 そんなの分かってる。

 分かってるけど━━分かりたくない。


 そんな矛盾した感情が胸を焦がす。

 そして、思った。

 火河さんは言葉通り、一人の子を持つ親として、俺にあるかもしれない最悪の場合も考えておけ、と言っているのだ。

 その気遣いはありがたい。

 こうして面と向かって『最悪の場合』があるのだと突きつけてくれる大人は、どれだけいるだろう。

 無論、俺はもう高校生だ。

 そんなこと、分からない筈もない。


 だけど、それでも面と向かって言ってくれたら幾ばくか身も引き締まる。

 お前にもその覚悟をしておけと、そうアドバイスをくれて、素直に感謝した。

 きっともし。

 その最悪の事態が起きたのなら、きっと俺は泣くだろう。

 泣いて泣いて叫んで。

 きっと死ぬほど泣き叫ぶ。

 でも、覚悟があったのとなかったのでは『その後』が全然違う。


 もし覚悟がなく、春の死を目前にしたら、きっと俺も後を追うだろう。

 ショックでその場で廃人になるかもしれない。

 いや、そんな事例があったのだろう。

 だからわざわざこんな反発を買うような真似をしてまで、火河さんは忠告してきたのだ。

 俺に、家族が死んでも生きろと。

 俺は思わず頬を緩めた。


「━━火河さん、あなたは……とても優しいですね」


 心の底から、俺はそう思った。

 そして気づけば声に出てた。

 火河さんは、俺のその言葉を聞いて大きく目を見開いた。


「……いや、俺は優しくなんかない。自分が可愛いだけだ。現に今だって、最悪の事態に陥って傷つく秋さんが見たくなかったから……そう忠告しただけだ」


 その言い訳自体が、優しさに溢れていると気づいていないのだろうか。

 そう思いつつも、俺は火河さんに向かって宣言した。


「━━ですが、一つだけ言わせて貰います。春は絶対に生きてます」


「……その考えは危険だ。楽観視しちゃいけない。確かにあんたの妹さんが生きてる可能性もあるが、もういない可能性も……」


「いいえ、それはあり得ません」


 俺の正面からの切り返しに、火河さんが鼻白む。

 そして、さらに言葉を出そうとして━━。





俺がそう決めたから(・・・・・・・・・)それはあり得ない(・・・・・・・・)





 それを塞ぐようにして、俺は断言する。

 火河さんは、その瞳に大きな困惑の色を浮かばせる。

 その後、得たいのしれない何かに気圧されたかのように、火河さんはジリジリと後ずさった。

 よくみると、冷や汗も垂れている。


「秋さん……あんたは……」


 恐る恐る口にして、俺に何かしらを伝えようとする。

 その火河さんの尋常ならない様子を見て━━。

 まずい、と思った。

 無意識の内に、身体から魔力が漏れていたのだ。

 その魔力に当てられて、

 火河さんの様子はおかしくなったのだろう。

 つい先刻に人域拡張軍の敵ではない宣言をしたというのに、こんなの不味すぎる。

 俺は直ぐに魔力を霧散させ、「ははは」と誤魔化すように笑った。


「━━なんて、冗談ですよ。妹は逞しいですから。きっと、死んでるわけないと思ってるだけです」


 俺がおどけるようにそう言うと、火河さんは不意を突かれたかのように表情を変えた。

 その後諦めたかのように、しかし何故か嬉しそうに「ふふっ」と溢すように火河さんは笑った。


「……俺の言葉も、心のどこかで覚えといて欲しいが……そうか。秋さんは妹さんを信じてるのか。なら、きっと見つかる。見つからなきゃいけない。 そんな酷い話、あっていい筈ないしな。

 それに、俺たちだって可能な限り力を貸す。見つかるに決まってるさ」


 そう言って、嬉しそうに笑った。

 どうやら、今火河さんは、俺と同じく妹が生きていると信じて話しているようだ。

 ━━それがいい。

 俺は朗らかに笑う。

 その笑みを見て、火河さんは不思議そうに表情を変える。


 もちろん、春が死んでる可能性もある。

 というより、そっちの方がずっと高い。

 それくらい、この荒廃した世界を見て知っている。

 火河さんは俺に覚悟をしておけと言った。

 その言葉を火河さんから突きつけられて、俺の朧気で誤魔化していた覚悟は消えた。

 確固とした、一つの芯を通った覚悟へと変わったのだ。

 ━━だが。

 まだ春がどうなってるか分からない状態で、そんな事を考えていても変わらない。


 俺は『願う』だけだ。

 春がいて、俺がいて。

 そうして無事に平和な生活を送ることを。


 そう結論づけて、目の前で全面協力を申し出てくれた火河さんに向かって頭を下げる。


「ありがとうございます」


 そう精一杯の感謝を込めて頭を下げると、火河さんは豪快に笑って、「いいんだよ」と力強く俺の背中を叩いた。


「……俺もな、家族を助けてやれなかったんだ。今でもあのときの光景が夢に出る。ここにいるやつらは、皆何かしらトラウマを抱えてる奴らばっかりだ。……壊れた奴だっている。だが、生きてちゃなんとかなるもんだ」

 

 火河さんは「あぁ、なに言ってんだよ俺……」と顔を赤面させてから、踵を返した。

 どうやら話は終わりらしい。

 島田さんのグループの所に火河さんは向かう。

 俺は少し待ってから、歩き出した。


 ※※※※


 そろそろ飯もなくなってきたと頃合いで、ポンポンと肩を叩かれた。

 振り向く。

 

 そこには、にんまりと本当に楽しそうな笑みを浮かべていたハレが。


「秋さんがあんなに必死で情伝のリーダー、陸花 和馬さんに会いたいと頼み込むから、一体どんな理由があるのかと思ったら……妹さんを探す為だったとは。いいお兄さんですねー」


「むふふ」とからかうような口調でハレはそう言う。

 ふとハレの後ろを見ると、琴羽が「悪趣味な」というような顔でハレを睨んでいた。

 対してハレは満面の笑みで……ていうか本当に楽しそうで。

 そんなに俺をからかうのが楽しいのだろうか。

 まぁ俺にその手のからかいは通用しないが。


「あぁ、俺は妹が大好きだからな。何せ、たった一人の家族だ。あいつの為なら死ねるよ。まして、そんな妹が行方不明だというのなら、どんな手段を使ってでも見つけ出す」


 俺がそう言うと、ピシリとハレの動きが止まった。


「へ、へぇー。秋さん、正直その溺愛っぷりにはドン引きです。あいつの為なら死ねるって、それ妹に言う台詞じゃないですからね」


 すすす、と身を引くような動作をしつつ、ハレはそうのたまいやがる。


「いいや、妹にこそ言うべき言葉だ」


 そう断言すると、ハレは引き笑いを浮かべる。


「秋さん、それは少々愛が重いです。妹さんも少しばかり困っていると思いますよ……」


「困ってない」


「そ、そうですか」


 俺の勢いに引かれ、まるで頭が痛いとでも言いたげに額に手を当てている。

 なんだこいつぶん殴ってやろうか。


「━━と、こんな馬鹿な話をしに来たのではありません」


 そこではたと思い出したかのようにハレがそう言った。

 その言葉を聞いて、琴羽もハッとする。

 絶対二人とも今まで忘れてたよね、なんて野暮なことは言わない。

 黙って言葉の先を待つ。

 そして、ハレは口を開いた。


「秋さん、情伝のリーダー。陸花和馬さんが明日、この拠点に来訪します」




読んでくださりありがとうございます!

面白い、続きが読みたいと感じたら、評価ブクマお願いします!

感想待ってます!


日間12位……。

ヤバい、めっちゃ嬉しい。

次は日間5位以内を目標に頑張ります!

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