弟子的な
「━━僕に、闘い方を教えてほしい」
目の前で頭を下げる少年を見て、俺は口を開いた。
「……まず、名前を教えてくれないか」
俺がそう言うと、少年は弾かれたように俺の顔を見る。
「それはつまり、いい、っていうことだよね」
恐る恐る、彼は俺に確認を取った。
俺はこくりと頷き肯定する。
ちょうど、信頼できる仲間も欲しかったしな。
望みを叶え恩を与えれば決して裏切ることもないだろう。
加えて、この少年は壁部隊のメンバーだ。
新しい組織━━壁部隊へのパイプも出来る。
戦闘能力に置いては未だ未知数だが━━、それは後々見ていけばいいだろう。
「……あぁ、いいよ。俺は君に闘い方を教えよう。だけど、その前に名前を教えてくれ。不便でならない」
「あ、ごめん。僕の名前は羽島 蛍。気軽に蛍って呼んで欲しい」
ん?羽島?
それってどこかで聞いた気が……。
あ! そうだ。
「もしかして、俺にいきなり襲いかかってきた人の息子?」
そう訪ねると、蛍は苦笑した。
「ちょっと違うかな。あの人は僕の祖父だよ。ほんとに、じいちゃんがしたことについては申し訳ない。後でじいちゃんにも謝らせるよ」
「いや、別に謝らなくてもいい。あの人の対応は極めて正しいよ。たぶん、羽島さんはステータス閲覧系のスキルを所持しているんだろ?」
「うん。解析っていうEXスキルをね。じいちゃん、あのスキルを貰ってから誰彼構わずステータスを覗き見るから、困ってるんだよね」
「それは……俺はいいけど、他の人はいい思いしないだろうな」
「たぶんね。皆黙ってるけど、本当は止めて欲しい筈だよ。
でもまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないって言う思いもあるんだ」
「仕方ない……?どうして?」
「じいちゃん、以前は岡山の方に住んでたんだけど、そこから防壁都市までの道中に人に擬態する魔物と出くわしたことがあるらしいんだ。それがあったから、じいちゃんは事あるごとに僕らのステータスを覗いてるんだよ」
━━人間に擬態する魔物?
そんな魔物がいたら、厄介極まりないぞ。
気づいたら味方が敵に入れ替わってる可能性もあるかもしれないということだ。
それは非常に危険だ。
俺も気をつけないといけないな。
……でもまぁ、今は蛍の事だ。
もし人に化ける魔物が出たとしても、たぶん驚異でもないだろうし。
「なぁ蛍、今からお前のステータス解析するけどいいか?」
俺がそう訪ねると、蛍は大きく目を見開いた。
「樋野さんは、解析のスキルも使えるの?」
驚きに顔を染め、蛍はそう口にした。
「あぁ、使えるよ。他にもダンジョン攻略報酬としてのスキルのお陰で、人の『素質』━━強くなれる可能性を表す数値を見ることもできる」
俺の言葉を聞いて、蛍は瞳をキラキラと輝かせた。
「凄い……」と感嘆したような声も漏らしている。
正直、こんなに真っ正面から誉められるのは少し恥ずかしい。
少年のような瞳の蛍から、少し目を反らして『解析』を使う。
《ステータス》
名前:羽島 蛍
魔級:150
加護:なし
称号:なし
筋力:12
体力:11
耐性:13
敏捷:12
魔力:14
魔耐:10
ユニークスキル【勝負師】
スキル:【土操作】
━━━━
どこかで見たようなステータスかと思えば、ほとんどハレと同じじゃないか。
ていうか、蛍は土操作のスキルを持ってる。
蛍はさっき言ってた『壁部隊』なのだろうか。
……いや、それより蛍がユニークスキルを持ってることに触れるべきだろう。
ユニークスキル【勝負師】
ダンジョン内で数多の魔物を解析しステータスを観たが、ついぞユニークスキルを持つ魔物を見れたことはなかった。
恐らく、このユニークスキルというやつは人間にのみ所有できるスキルなのだろう。
そして━━
「やっぱ駄目か……」
ユニークスキルに【解析】のスキルは及ばない。
故に、未だに俺はユニークスキル【早熟】の効果を詳細に把握することは出来なかった。
意思反映のスキルは、時神のスキルを解析することで内容を把握したが、あれは特例だと考えるべきだろう。
恐らく、時神が俺に意思反映のスキルを目覚めさせるために何らかのスキルで、閲覧を許可したのだろう。
意思反映に目覚めるヒントとして。
それはともかく、蛍が所持している勝負師のスキル内容については、俺には分からないと言うことだ。
試しに聞いてみようか。
「蛍、お前の持ってるユニークスキル【勝負師】について、知ってることあるか?」
俺がそう訪ねると、蛍は俯いてふるふると首を横に振る。
「そのスキル、所持者である僕にもよく分からないんだ。色々と実験して、効果を確かめようとしたけど全然わからなかった」
なるほど。
勝負師のスキルについては何も分からないと。
……。
まぁ、俺も意思反映のユニークスキルの使い方わからなかったしお互いさまだろう。
だが、恐らくこのユニークスキル【勝負師】これはきっと、蛍自身すら想像できないほどの力を持っているはずだ。
それは、間違いない。
スキルの位で言えば、俺の意思反映のスキルと同等の位置にいるのだ。
もしかすると、俺の意思反映のスキルに追随するほどの効果を持つスキルかもしれない。
「━━ならまず、その勝負師のスキルについて解析してみよう。俺も、蛍と同じユニークスキルを持ってるから分かるが、ユニークスキルの力は凄まじい。一つ下のEXスキルより、何十倍もだ」
俺がそう言うと、蛍はごくりと唾を飲み込む。
「……ほんとに? そんな力が僕に……?」
「あぁ、ユニークスキルはマジで滅茶苦茶な力を持ってる。俺のユニークスキルなんて、まさに何でもできる能力だ。空中に剣を作り出したり、確定された事象をねじ曲げる事だってできる」
そう少々自慢げに言うと、蛍は口許に苦笑を浮かべる。
「ほんと、樋野さんって滅茶苦茶だなぁ……」
……まぁ、否定はしない。
て、話が脱線しすぎた。
今は俺のスキルより、蛍のスキル勝負師についてだ。
「で、もっかい聞くけど何か勝負師のスキルについて心当たりない?」
俺がもう一度問い直すと、蛍は真剣に考え出す。
こればっかりは、所有者の感覚に頼るしかないのだ。
頼むからなんかあってくれ……!
じゃないと、ほんとに手掛かりもなにもない。
しばし蛍は思案して、
「……ごめん何も分からないや」
申し訳なさそうに、蛍はそう言った。
俺は首を横に振る。
「いや、分からないならしょうがない。それじゃあ他の面から蛍を鍛えようと思う。まぁ、俺に人の鍛え方なんか分からないんだけど……俺と模擬戦を繰り返してたら、なんかスキル覚えるだろ」
俺がそう言うと、蛍は顔を真っ青に染めた。
「え、樋野さんと模擬戦とか死ぬ予感しかしないんだけど」
「大丈夫。加減はする。強くなりたいんだろ? 死ぬかもしれないっていう緊張感くらいが調度いい。━━蛍も、何人も実戦で死んだやつ、見てきたんだろ? なら、これは予行練習だ。俺は出来る限り手加減するが、出来る限り殺しにかかる」
俺は蛍の目を真っ直ぐに見据えて、そう断言する。
言外に、俺がそうしないと強くなんて慣れないと言っている事に蛍はしっかりと気づいているようだ。
瞳に移るのは不安と迷い。
だが、それも直ぐに消えていく。
蛍はふぅと小さく息を吐き出して、瞳を閉じた。
どうやら覚悟を決めているようだ。
目を見開く。
その瞳には、もう迷いや不安は見られなかった。
あるのは強くなりたいという『願い』のみ。
願いは人を強くする。
想いは人を加速させる。
それを時神から学んだ。
この瞳をする限り、蛍は挫けないだろう。
「それでもいい……。僕はこれ以上、誰かが傷つくのを見たくないんだ。もうたくさんだ。人が死ぬのは。だから、僕に全てを守れるだけの力をくれ、樋野さん」
俺は、その真剣な眼差しに対してこう返す。
いつか、俺がされたように。
「悪いがそれは出来ない。お前の願いはお前だけのものであり、そこに俺が関与する余地はない」
蛍は大きく目を見開く。
……あぁ、俺も時神にこう諭された時は、こんな表情していたのだろうか。
そんな事を思いつつ、俺はさらに言葉を紡ぐ。
「『願い』を掴むのはお前自身で、だ」
そう、口許に笑みを浮かべて俺は蛍にそう言った。
※※※※
「━━それで、いつから稽古をつけてくれるんだい?」
「え、今からじゃないの?」
だから精一杯カッコつけてあんな事言ったのに。
これで後日お預けとかだったら俺ちょっと恥ずかし━━
「もうすぐ、ご飯の時間だと思うけど……」
これは、恥ずかしいわ。
やめときゃ良かった。
あんなカッコつけんじゃなかった。
軽い後悔の念に捕らわれていると、
遠くで俺の名前を呼ぶ声がした。
これ幸いにと、俺はその声の方向へと顔を向ける。
隣で蛍が苦笑してる気配がするが無視だ。
無視ったら無視だ。
「秋さん、ご飯の用意が出来ましたよー!」
声を張り上げ、手をぶんぶんとこちらに振るハレの姿が見えた。
俺は手を振り返してそれに答える。
「それじゃあ樋野さん、行きましょう」
蛍はそう言って、走り出した。
その顔は何か重い憑き物が取れたような晴々した表情だった。
その年相応の表情を見て、俺は頬を緩めた。
━━さっきみたいな表情は、君には似合わないよ。
胸をざわめかせていたあの横顔は、既に記憶の彼方だ。
蛍は決意したのだ。
大切な人を守るために、弱い自分と決別すると。
なら、少しくらい手伝って上げてもいいじゃないか。
俺だって、春を守るためにここまで力をつけたんだから。
言うなら、同じ穴の狢だ。
頑張っても叶わない事の方が多い。
願っても届かないことの方がもっと多い。
でも、手を伸ばそうとはするべきだ。
それが今なら、少し分かる気がする。
俺は時神に、大切な事を教えて貰ったような……そんな気がするのだ。
俺は空を見上げた。
「━━おぉ」
思わず声を上げた。
夜空に金砂をばらまいたかのような、満天の星空。
ふわりと、少し暖かさを孕んだ風が俺の体を撫でていった。
こんな、当たり前の風景に。
どうしてかとても、俺は確かにダンジョンから帰還したのだと言うことを実感させられた。
遠くで、炎が灯る。
楽しそうな笑い声が聞こえる。
どうやら、宴会のようだ。
頬を緩ませ、俺はゆっくりと歩き出した。
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