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出会い

 

「世界初の迷宮攻略者━━樋野秋様です」


 その言葉を聞き、火河さん、羽島さん、そして軍人の人たちは大きく息を飲んだ。

 長い長い沈黙の末、火河さんが喉から声を絞り出す。

 

「……本当なのか?」


「えぇ、俺は確かに迷宮を攻略しました。その証拠は、先程貴方達が見た俺の人間離れした力です━━なんなら、他にも証拠を見せましょうか?」


 そう言い、俺は掌を頭上に上げる。

 出来るだけ分かりやすく、そして派手な方がいいだろう。

 なら、やっぱりあのスキルだな。


「踊れ『炎龍』『氷龍』━━」

 

 極炎魔法と氷終魔法を応用し、

 虚空から炎龍と氷龍を出現させる。

 その二体の龍は天を駆け上るようにして頭上へと飛んで行く。

 そして、俺はまるで舞台の指揮者のように指を振り炎龍と氷龍を操る。

 もちろん演出も忘れない。

 炎龍と氷龍の魔力体の一部を瓦解させ、幻想的な光粒を辺りに降らせる。それは雪のように空から降り注ぎ、そして地面に弾けて消えていく。

 二対の龍たちは戯れるように空を泳ぐ。

 それはまるで、神話の出来事のよう。

 この場所にいる俺以外の全員は、あの二対の龍が織り成す劇から目を離せないでいた。


 時折、感嘆のため息のようなものも聞こえてくる。

 暫くの間、炎龍と氷龍を操り幻想的な光景を織り成す。


「……そろそろ頃合いかな」


 俺はそう呟き、

 最後に炎龍と氷龍を絡み合うようにして空を泳がせる。

 炎と氷、反属性の魔法を持つ二対の龍たちは互いのもつ性質により、お互いに体を削り会う。

 削れ、失われていく魔力は光粒となり地表に降り注ぐ。

 それはまるで光のシャワー。

 徐々に光が消え去っていき、二対の龍はまるで空気に溶けていくようにして消滅していった。

 暫くの間、余韻を味わうような心地のよい静寂が続く。

 

「はは、こりゃ確かに化物だ」


 火河さんが、ポツリと呟く。


「だが、これは見事だ。これほどまでに美しい光景を見たのは、生まれて初めてだ。妻にも、見せてやりたかった……」

 

 目端に涙を浮かべ、羽島さんはそう悔しそうに言った。

 その言葉を皮切りに、次々と喝采の声が聞こえてくる。

 万雷のような拍手が拠点を満たしていく。

 俺はその歓声に答えつつ、声を張り上げる。


「見ての通り、俺は迷宮攻略者です!

 このような奇跡も片手間で起こせるような、超常の力を持っています!

 ━━この力は俺が俺の道を突き進む為に手に入れた力です。

 決して貴方達に向けるために手に入れた力ではありません!

 むしろ、貴方達が俺の目的の手助けをするというのならば、喜んでこの奇跡を魔物達へ振るいましょう!」


 そう宣告すると、「おおおぉぉ!」と歓喜の声が響き渡る。

 しかし、火河さんが右手をスッと上げると、その歓声も直ぐに鳴り止む。


「━━俺たちは、君が今成した奇跡を持って君を迷宮者と認める。その上で質問だ。君の目的とやらはなんだ? どんな目的を手助けすれば、君のその力を貸してくれる?」


 真剣な眼差しでそう問いかけてくる火河さん。


「俺の目的は、家族である妹の春との再会です。そのために軍の力を尽くしてくれるというのなら、俺は貴方達へ力を貸すと誓いましょう」


 真っ直ぐに火河さんの目を見据えてそう言い切る。

 先に、そう宣言しておく。

 この後に控える情伝のトップとの会談。


 そこで俺が要求するのも、

 今言ったのと同じ、春の捜索への尽力。


 無論組織を動かしてもらうのだ、代償は支払う。

 そして、向こう側からしても俺の力は喉から手が出るほど欲しい筈だ。


 故に、向こう側からの俺への要求は恐らく、この人域拡張軍への入軍。そんな所だろう。


 だから、先に言っておくのだ。

 自分はこの人域拡張軍で力を貸す、と。



 だけど、今までの話は全て仮定の話だ。



 もしかすると、向こう側から俺への要求が全く俺の予想だにしていなかったものの可能性もある。


 だが、その時はその時で、空いた時間を使って何らかの形でこの組織に力を貸すつもりだ。


 その対価として、外界へと繰り出す人域拡張軍からも春の捜索への尽力を確約させる。


 春が、防壁都市の中に入るとは限らないのだ。

 その場合、情伝は使い物にならない。


 だから、春を一刻も早く見つけるためにもこの二つの組織からの協力は必須だ。

 幸い、この人たちはこの後俺が情伝のトップと交渉することは知らないようだし。


 そんな姑息な考えを裏で巡らせつつ、俺は火河さんからの反応を伺う。

 火河さんはその少しくたびれた顔を、大きく破顔させ、


「━━その程度、お安い御用さ」


 その言葉を切っ掛けに、歓喜の叫び声が壁中を支配する。

 軍人たちの喜びように少し引いてしまったが、まぁそれも理解できた。

 何せ、自分たちの理解が及ばない程の力を持った人物が味方になるのだ。

 これほど頼もしいことはないのだろう。

 きっと、今までも何人も死人も出てた筈だ。

 それも相まって、歓喜しているのかもしれない。


 だがまぁ━━俺の手の届く範囲は、誰も死なせるつもりはないが。

 死の恐怖と冷たさを、俺は知っている。

 あの苦しみを、誰かに味合わせてやりたいとは思わない。

 このちっぽけな力で守れる数などたかが知れるが、全力は尽くす。

 ━━誰も死なせない。


 ※※※※


 その後、俺は壁内にある小さな小屋のような所に連れられた。

 そこは昔キャンプで言ったバンガローのようで、少し懐かしく思えた。

 ここで一人で泊まるには少し大きすぎる気がしたが、狭いよりはましだ。

 バンガローには風呂も完備されていて、好きに使ってもいいと言われたので遠慮なく使わせてもらった。

 一応迷宮内では魔法を使って、温水で体を拭いていたとは言え、十分に洗えはしていなかっただろう。

 たぶん、結構匂いもしてた筈だ。

 ………いや、大丈夫だったと信じよう。

 うん。


 そして、全身を洗い終え風呂に入った。

 あまりの気持ちよさに、泣いてしまいそうになったのは秘密だ。

 その後十分に風呂を満喫してから、浴槽を上がり体を拭いた。

 そこで渡された衣服に着替え、俺は居間に出た。

 居間と言ってもテレビもエアコンも何もない。

 床に敷かれている布団と、電気が点くことのない照明があるだけだ。

 それらを一瞥してから、俺はバンガローから出て拠点の様子を観察した。


「……拠点って言うより、小さな村って感じだな」


 日が沈みかけ、黒のベールに覆われつつある世界で、地面に座りながら俺はそう呟いた。


「でしょ、これでも大分頑張ったんだよ」

 

 振り向くと、そこにはどこか気弱そうな笑みを浮かべた少年がいた。体格からして、中学生かそこらだろうか。

 肌は白く、筋肉もあるようにも見えない。

 なよなよした雰囲気の男の子だ。


「へぇ、初めはどんな感じだったんだ?」


 俺が問い返すと、少年は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 どうやら俺と話すのに少し緊張していたようだ。


(なんか最近、そういう反応が多いな……ま、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど)


 俺はポリポリと頭を掻く。


「そうだね、この拠点には初め……倒壊した家屋とビルの山、後はそこに巣食ってた魔物しか居なかったね」


 俺は少し驚く。

 思っていたよりも遥かに酷い環境だったんだな、地上は。

 俺はデリウリの二回目の『声』を聞く前にダンジョンに転移させられたから、地上に渋谷以外に迷宮が出来ていたのを知らなかった。

 知っていれば、もっと早く攻略スピードを早めただろうに。

 春の為にも。俺の為にも。

 隣の少年は空を見上げる。

 釣られて、俺も視線を上げる。

 太陽は既に身を隠し、

 代わりに鈍い銀光を地表へ降らす、満月があった。


「ほんとに、酷かったよ……。僕たちは上からの任務で、この拠点を築くために周囲の魔物を倒した。決して少なくない被害が出たよ。昨日まで話していた友人も、気づいたら肉の塊となって地面に転がってた。それでも、何とかして魔物を倒しきったんだ」


 その顔に浮かんでいるのは、笑みを浮かべているのに、どこか空虚な表情。

 こんな胸を締め付けられるような表情を、自分より年下の彼がしているのに、少し心がざわついた。


「その次に、新たな魔物がやってこない内に壁を作り上げた。

 でもね、数が足りなかったんだよ。僕たち『壁部隊』は本来の半数にも満たない人数で、それでもなんとか壁を作り上げた」


 彼はどこか誇らしげに、壁へと視線を向ける。


「でも……次の作業が一番、辛かった……」


 呻くような、

 あるいは嘆くような低い声が彼の喉から発せられる。

 今彼の頭には、その時に起きた凄惨な出来事が浮かんでいるのだろう。

 辛そうに、顔を歪めている。

 そこまでして、俺にこの話を聞かせる意味は何なんだろうか。


「……掃除をしたんだよ。僕たちは、拠点を作るのに邪魔な家屋やビルを撤去したんだ。もちろん、ショベルカーなんて使えないから全部手作業でね。……何があると思う?」


 そんな分かりきったこと、わざわざ聞くなよ。

 少し眉をよせ、俺は彼の意地悪な質問に答える。


「……死体だろ」


 俺がぶっきらぼうにそう答えると、少年は短く「ハズレ」と口にする。


「あったのは、壁や床、あるいは柱にこびりついた屑肉だった。

 死体は魔物に食い荒らされて、頭はない。腕も足も全部。

 結果、残っているのは食われた時に飛び散った血と、屑肉のような赤い破片、それだけだったっ!」


 彼はは、そこで感情が抑えられなくなったのか勢いよく地面を殴り付ける。


「おい……!」


 彼は泣いていた。

 拳の肉が破れ、ポタポタと滴る血を見つめ、空虚な笑みを浮かべる。


「……ここは、僕の故郷だった。僕の家族が居た。確かにあの日以前には、皆がここにいたはずなんだ……! でも━━」


 俺はそこで、理解する。

 先程言っていた血と肉片━━それは、彼の家族のものだ。

 家族が生きているかもしれないと淡い希望を抱き、そうして故郷へと繰り出し。

 そしてそこにあったのは、見慣れた自分の家が崩壊している姿と、血で牙を濡らした何匹もの魔物が歩き回っている非常な現実。

 ━━胸が痛くなった。

 どれだけの絶望を味わったのだろう。

 どれだけ死にたくなったのだろうか。

 俺は彼じゃないから、彼の絶望も苦痛も分からない。

 ただ、それがもし自分だったら。

 俺はこうして生きていられただろうか。


 彼は、怒りに瞳を濡らして何度も何度も何度も何度も、拳を地面に叩きつける。

 抉れた肉が飛び散る。

 それでもお構い無しに殴り続ける。

 止めようとしたその時に、


「━━もう、皆はどこにも居ない」


 うめくように、そう溢した。

 ポタポタと、血が滴る音だけが耳に入ってくる。


「━━拳が破れただけでこんなに痛いのに、皆はどれだけの苦痛を感じたんだろう。……僕が魔物から助けて上げたかったっ。皆を助けて、もう大丈夫だって抱き締めて上げたかった」


 その独白に、俺は何も言えなかった。


「……だけど、僕は弱い。弱いのはもう━━嫌なんだ」



 ゆっくりと、彼の視線が俺の方へ向く。



「無力に喘いで、絶望するのはもうこりごりなんだ。だから━━迷宮攻略者の樋野さんに、1つお願いがある」


 並々ならぬ覚悟が灯った黒の双貌。

 それは、彼の気持ちが現れたものだった。

 俺は無言で肯定する。

 彼の熱意が、絶望がまるで自分の身に起きた出来事のように感じたからだ。

 いや、実際━━目を背けていたが、春がそうなっている可能性も否定できない。

 そして、魔物に襲われた末路が先程彼から聞いた通りなら━━、例え春が死んでいたとしても(・・・・・・・・・)、確認する術はないのだ。


 ━━━それでも、俺は春が生きていると信じるが。



 彼は深く頭を下げる。

 そして、要求を口に出した。


「僕に、闘い方を教えてほしい」



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