選定
「ここは、どこだ?」
眩い光と浮遊感それを味わった直後、気づくと俺は地下トンネルのような場所にいた。
上を見上げるが、天井はない。
まるで宇宙のような果てのない暗闇が、そこには広がっていた。
そのあと、後ろを振り返る。
もしかすると出口があり、出られるかもと期待したが後ろも天井と同じく闇に阻まれている。
地面は整備も何もされておらず、剥き出しの地面だった。
足裏がひどくゴツゴツする。
横幅は少し広い、大体10メートルくらいだ。
俺は眉をしかめて前を見据える。
「暗いな」
かといって、全く見えない訳でもない。
壁から、仄かに光が発せられているのだ。
俺は恐る恐る近づき、壁から出てる光の正体を探ろうとする。
表面を撫でるようにして触れると、パラパラと砂埃のようなものが落ちてきた。
それが地面に落ちると、俺が触った壁の部分から光が消えた。
どうやらこの苔?みたいなものが光を出しているようだ。
「これは……持っていくべきかな?」
俺はそう判断し、靴下を脱ぐ。
そして、そこにくるむような形で苔を入れる。
頭上でかざしてみると、靴下から柔らかな緑光が発せられた。
俺は満足し、とりあえず前に進もうとしてから……。
「━━と、そういえばデリウリが妙な事を言ってたよな」
脳裏に浮かぶのは、
『ステータス』『スキル』という2つの単語。
「確か、ステータスは全員に。スキルは持つ資格のある者だけ……だったよな。なら、スキルは分からないけどステータスは俺にも……?」
だけど、どうやったらステータスを開ける?
暫し考える。
静寂に耳が痛い。
物音一つしない空間に少し肌が粟立ち、恐怖がやってくるがそれを思考することで捩じ伏せる。
デリウリなら、どうするだろう?
あの子供のような、無邪気な神なら、どういう……。
「━━もしかすると」
……ふと、思い立った。
こんな考え馬鹿げてる。
だけど、相手は神だ。
文字通り、指先ひとつで世界を変える力を持っている。
ならば━━
「ステータス」
~~~~~~~~~~~
名前:樋野 秋
魂級:150
加護:時神の親愛
称号:英雄
筋力:15
体力:8
耐性:5
敏捷:12
魔力:10
魔耐:10
ユニークスキル:意思反映
~~~~~~~~~~~
「やっぱりだ。あいつなら、こういう仕様にすると思った」
神デリウリは、やたらと【ゲーム】を意識していた。
コンティニューという言葉しかり、ダンジョンという言葉しかりだ。
だから、もしかするとと思い、口に出してみたらこの結果だ。
思わず苦笑。
呆れからだ。
ほんと、ふざけてるとしか思えない。
いきなり世界をこんな、遊び感覚で変えて……。
俺たちをなんだと思ってるんだ。
……と、まぁいい。
今は落ち着け。
俺が今しなければいけないことは、一刻も早くこの【渋谷ダンジョン】から脱出することだ。
そして、妹の春と合流。
その先はまだ分からないが、とりあえず今は春と合流することを目的として動こう。
そのために、まずは自分の立ち位置の確認からだ。
深呼吸を一つ。
「よし、落ち着いた」
一つ一つ、口に出していこう。
「まずここは、間違いなく『第一迷宮【渋谷ダンジョン】』の中だろう」
それは間違いない。
「俺はあの光に呑み込まれて、ここに転移した。たぶんそうだ」
なら、俺の他の人たち……光に呑み込まれた渋谷の人たちは?
「たぶん、ここにはいない」
渋谷の総人口は凡そ20万人。
それだけの人数が、このダンジョンの中にいるとしたら、まず間違いなく何かしらの音が聞こえるはずだ。
でも、何も聞こえない。
このダンジョンが、俺の思っている以上にデカイ可能性もあるが、だとしても何も音が聞こえないってのはあり得ない。
ただでさえここは音や声が反響しやすい地下なんだ。
「もしかしたら、渋谷ダンジョンには俺一人しかいないのかも……?」
━━━可能性は十分にある。
「あぁ……もう、どうすんだよ」
壁にもたれかかり、そのままずるずると座り込む。
絶望。
その二文字が否応なく俺の両肩にのし掛かってくる。
現実的に考えて、ただの高校生がこの状況から一人で脱出するなんて、不可能だ。
「でも、俺は春と約束したしな。絶対に戻るからって」
震える掌を、握ったり、開いたりして感触を確かめる。
何かしらの動作をしてなかったら、不安に押し潰されそうだ。
「鍵は、スキルとステータス……だな」
現実的に考えて、ただの高校生がこの状況を脱するのは難しい。なら、現実的じゃない部分━━つまり、スキルに頼ろう。
「てなわけで、もっかいステータスを確認しよう」
半透明状の画面で宙に存在しているステータスに、もう一度目を通す。
~~~~~~~~~~~
《ステータス》
名前:樋野 秋
魂級:150
加護:時神の親愛
称号:英雄
筋力:15
体力:8
耐性:5
敏捷:12
魔力:10
魔耐:10
ユニークスキル:意思反映
~~~~~~~~~~~
「あ、よっしゃ……!俺にもスキルあった」
ステータスの最後、スキルの欄に意思反映というスキルがあることを確認し、俺は安堵のため息をついた。
これでスキルがなかったら、まじで絶望しかなかったからな。
とりあえず、一安心だ。
…………。
うん。
「で、これどんな効果なんだ」
頼む。解説機能来い!
そう願うが、やってくるのは重い沈黙のみ。
どうやら、スキルの説明まではしてくれないらしい。
「まじかよ……」
能力分からなかったら、使いようがないじゃん。
こんなんじゃ、あってもなくても一緒なんじゃ……。
そんは嫌な考えが脳裏を巡る。
「くっそ……」
とにかく、わからないものを悩んでても仕方がない。
デリウリの話だと、ここには魔物が出るらしいからな。
ステータスを確認している今、魔物が出たとしてもそれはおかしな話じゃない。
俺はさらにステータスに目を通す。
気になったのは、称号と加護の欄だ。
称号には英雄。
加護には時神の親愛。
2つとも、全く身に覚えのないものだ。
別に英雄的行動を取った訳でもないし、時神とやらに気に入られるような働きをしたわけでもない。
この2つは完璧に謎だ。
「後は、この魂級ってやつ? これなんだ?」
これもわからん。
ていうか、わかったことといえばステータスが出せるってこと位じゃん……。
「結局、手探りで進むしかないか」
ため息を着く。
まったくもってわからないことだらけだ。
どうして俺一人がダンジョンに取り残されたのか。
神デリウリの目的はなんなのか。
ステータス、スキルとはなんなのか。
そして、俺はこのダンジョンをクリア出来るのか。
何もかもが分からない。
手を伸ばして模索してみても、掴めるのは空ばかり。
そんな感覚がして、堪らなくなる。
一歩足を踏み出すごとに、重い闇が足にまとわりついて、進ませまいとしている気がする。
怖くて怖くて堪らない。
不安で仕方がない。
心が折れそうだ。
その時だ。
カリカリと、何かを引き摺るような音が聞こえた。
俺は急いで顔を上げて、その音の方に向かって慎重に歩を進める。警戒しながら一直線の道を抜け、壁に張り付く。
T字路になっている右側の通路。
そこから音がしたのだ。
深呼吸し、覚悟を決めてからそっと様子を伺う。
そこには、緑色の肌を持ち腰には剣を携えた化物がいた。
しかし、腰にくくりつけている剣は、緑肌の化物の身長より大きく、引き摺るようにして剣を持っていた。
あれが音の原因だろう。
さらに目を凝らす。
あの魔物は━━ゲーム定番の雑魚敵。
ゴブリンだ。
「━━ッ」
俺は慌てて口を塞ぐ。
予想はしていた。
たぶんそうだろうと思っていた。
だから、衝撃も少ない。
大丈夫だろ?樋野秋?
荒くなる呼吸を抑え、俺はT字路で待ち伏せすることにした。
ゴブリンが剣を引き摺る音が、近づいてくる。