表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/33

拠点での一幕

 

「よっ、と」


 俺たち三人の前を塞ぐように地面から出現した巨大なムカデ。

 それに向かって軽く蹴りを放つ。

 それは音の壁を突破し、空気の弾ぜる音と共に巨大ムカデの頭部に炸裂する。

 鈍い音を辺りに響かせ、巨大ムカデは地に倒れる。


「やったー!凄いです秋さん! かっくいいー」


 おだてるように声を出すハレ。

 ここが魔物の出現する危険地帯だと分かっているのか疑問になるが、その元気一杯な姿を見ると、思わず苦笑してしまう。


「おだてても何も出ないぞ」


 そう言ってから、俺は琴羽の様子を伺う。

 琴羽は、俺のステータスを見てから一言も喋らなくなった。

 時折目が合うと、逸らされるか、卑屈そうな笑みを浮かべるだけ。その琴羽の様子に、胸が抉られるような感覚に陥るが、俺だってその反応は覚悟していたのだ。

 だから、大丈夫だ。


 気を持ち直し、俺はハレと琴羽の後ろをついていく。


 ※※※※


「着きましたよ秋さん」


 ハレはふふんとどこか自慢げな様子で、地から這い出る巨大な壁を背に俺にそう言った。


「これは、凄いな……」


 俺は素直に、驚嘆の声を溢した。

 恐らく20メートルくらいはあるだろうか。

 聳え立つ灰色の巨大な壁は、今まで見たどんな魔物よりも偉容感があった。


「ですよね! 私も初めて見たときは驚いて驚いて。でも琴羽さんは全然そんな事なくて━━」


「それよりハレ、早く中に入りましょう」


 琴羽がハレの言葉を遮るようにそう言う。

 ハレは琴羽のその様子を見て眉をひそめる。


「さっきからどうしたんですか琴羽さん? 何か変ですよ?」


「別に、極めて普通よ」


 そうハレに向かって冷たく言い切ると、琴羽は懐から銀色のホイッスルを取りだし、それを鳴らした。

 暫くすると、壁の一部がドロリと瓦解する。


「えー、もうちょっと秋さんとこの感動を分かち合いたかったのに……」


 ハレのそんな嘆きを無視し、琴羽は壁の中に入っていく。

 なんとなく、琴羽の内面が分かってしまう俺も無言で後に続く。

 ハレも、不満げな様子ながらもついてくる。


 にしても、意外と長いんだな。

 壁に出来た穴は、まるで洞窟のように奥行きがあった。

 二、三メートルほどの距離を歩き俺は壁の中へと━━━


「お帰り! 琴羽!」


 入った瞬間、

 一人の少女が先頭を歩く琴羽に向かって突進してきた。

 つり目がちの、まるで猫みたいな顔をした女の子だ。

 それもめっちゃちっちゃい。

 琴羽の妹だろうか……。

 いや、琴羽にはもう家族はいない。

 友達か……?


 その猫みたいな少女は、

 猫みたいな勢いで琴羽に抱きつこうとする。

 琴羽はため息をついて、するりと少女の抱擁をかわす。


「あれ?」


 少女の疑問の声が、情けなく宙を踊る。

 そして必然的と言えば必然的だが、琴羽の後ろを歩いていた俺は、この名も知らない少女に抱きつかれる結果となった。

 ……めちゃくちゃ気まずい。

 あまりの気まずさに、俺は硬直する。

 少女はぎぎぎと、機械のような鈍い動作で俺の顔を見上げて━━


「この変態!」


 ええっ? なんで殴られる?

 理不尽にも程があるだろ。

 おいハレ笑うな。

 少女の拳をかわし、俺は少女から距離を取る。


「ちょっ、琴羽この子何とかして」


 何度も拳を振るってくる少女の攻撃を避けながら、半ば悲鳴に近い形で琴羽に助けを求める。


「ごめんなさい!」


 琴羽は直ぐに後ろから少女を羽交い締めにする。


「うー、うー」


 唸り声を上げて俺を睨み付ける。

 何?俺なんかしました?

 超怖いんだけど。

 今でもめっちゃ足震えてるし。

 

 と、その時。


「おーい、何してんだお前ら」


 ぞろぞろと、集団で迷彩服を纏った男たちが走り寄ってくる。

 先頭を走っていた短髪のおっさんが、琴羽とハレの姿を見るなり、歓喜の表情を浮かべる。


「琴羽、ハレ! お前ら無事戻ってきたのか!?」


 男はそう言って、琴羽とハレに抱きつこうとする。

 しかし、琴羽はハレを庇うようにして男を侮蔑の表情で見詰める。


「さりげなくセクハラしないでください」


 うわぁー酷い。

 男はただ再会を喜びあっただけだろうに。

 短髪のおっさんの後ろにいる男たちも苦笑いだ。

 それに対して、短髪のおっさんはまるで気にしている様子もなく、がははと豪快に笑った。


「すまんすまん。お前らが無事戻ってきたのが嬉しくてな」


 心底嬉しそうに笑みを浮かべるおっさん。

 よく見ると目尻にうっすらと涙が浮かんでいる。

 たぶん、このおっさんはいい人なんだろう。


「ん?でもお前らに与えられた任務期間は、後1ヶ月はあるはずだろ? ……もしかして、恐くなって帰ってきたのか?」


 からかうような笑みを浮かべるおっさん。


「違います! 渋谷ダンジョン監視の任務はもう取り消されたんです!だから私達はここに戻ってきました」


「へー、そんじゃあもう後続のやつがきたのか。めちゃくちゃ速いな。なんかのスキル持ちか?……まぁいい、お前ら今日はゆっくり休め」


 納得したように頷き、そう促すおっさん。

 琴羽はなかなか言いたいことが伝わらなく、イライラし始めた。 おっさんは琴羽、ハレ、つり目の少女を見渡し、最後に俺を見て静止した。

 そして、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 思わず構えるが、おっさんに敵意がないのは直ぐに分かった。

 おっさんの目は、今はもういない父さんの暖かな目と同じだったからだ。


「外は辛かったろう。よく、生き延びた。ここはもう安全だ。ゆっくり休むといい」


 そう、優しい口調で俺にそう告げた。

 どうやら勘違いしているようだ。

 しかし、この雰囲気では言いづらい。

 どうしたものか━━そう思ったその時。



「どけえぇぇぇーーー!!」


 声帯が千切れるのではないかと思うほどの凄まじい絶叫が辺りに響き渡る。

 突然、一人の壮年の男性が、おっさんの後ろに並ぶ人垣を切って疾走してきた。

 白髪の混じった髪に、口許に生えた白髭。

 恐らくそう若くはないだろう。

 しかし、その肉体は見ただけでわかるほどに鍛えぬかれており、迷彩服の上からでも隆起した筋肉が伺える。

 その男性の鬼気迫る表情に、誰もその疾走を止められなかった。

 焦燥と諦念、二つが入り交じった感情がその表情から伺えた。


「羽島さん、何を……!?」


 軍人の一人が、そう疑問の声を掛けるが羽島と呼ばれた壮年の男性はまったく耳を傾けず、剣を抜き俺の方に疾走してくる。

 

「【身体能力強化】!【五感強化】! スキル【剣術】!━━火河、そこをどけぇぇ! 」


 そして羽島さんは、おっさん━━火河さんを押し退け、俺に向かって全力で剣を振るってくる。

 思考加速。

 ━━さて、状況を確認しよう。

 俺は停止したように感じる時の中で、辺りを伺う。

 まず、眼前の羽島さんに押し退けられた火河さんの表情は、驚愕のそれだ。

 立ち位置から見るに、恐らく火河さんがこの軍人達のリーダーなのだろう。

 その火河さんが、羽島さんの行動に驚いているということは、俺を殺そうと目論んでのこの行動ではなさそうだ。


 続いて、鬼気迫る表情で俺に剣を振るっている羽島さんに視線を向ける。

 どうやら、俺を本気で殺そうと思って剣を振るっているらしい。

 この距離なら、確実に剣は俺の体を切り裂くだろう。

 もしかしてこの爺さん、危ないやつなのか?

 ……という冗談は置いておいて。

 恐らくこの爺さんは何らかのスキルで俺のステータスを確認したのだろう。

 その結果あの人外のステータスを見て、壁内の危険を排除しようと、俺に襲いかかった。

 そんな所だろうか。

 なら、出来るだけ穏便に済まそう。


 思考加速を解き、時間の流れが正常に戻る。


「こいつは人の形をした化物だ! この化物の魔級はあの『白鬼』を遥かに凌駕している!総員、剣を抜けぇぇ!!」


 怒声を飛ばし、羽島さんは全体に命令を飛ばす。


「お前はここで殺す! お前のような化物を野に放つのは、あまりにも危険すぎるのでなっ!」


 羽島さんの剣は一直線に俺の胸に吸い込まれていく。

 その顔に浮かぶのは、勝利の色。

 俺を倒したと確信しているのだろう。

 だが━━━。


「悪いですけど、その程度じゃ俺を殺すことはできないですよ」

 

 出来るだけ穏便に。

 俺はそう思い、向かってくる刃を人差し指でピンと弾く。

 それだけで鉄製の剣は、ガシャンッとガラスが割れるような音を立てて粉砕する。

 羽島さんの表情が驚愕に染まる。

 同時に、指先から極炎魔法を放ち現在進行形で火河さんに向かっている鉄片を焼却する。


「━━っ!!」


 火河さんが目の前で起きた光景に大きく目を見開く。

 動揺と混乱。

 そして、静寂が場を満たす。

 羽島さんは目の前の現実が受け止められないのか、先程からピクリとも動かない。

 他の軍人たちも同じだ。

 目の前で起こった理解の及ばない出来事に対し、混乱し、身動き一つ取れないでいる。

 その静止した空間を遮るように、


「あのですね、皆さん。何か勘違いしているようですが、私達の任務が終わったのは、渋谷ダンジョンが攻略され消滅したからです」


 その言葉を聞いて衝撃に身を震わせる火河さん。

 ついで、俺の方を驚嘆の眼差しで見る。


「なら……もしやこの方は━━」


 ハレと琴羽がこくりと肯定する。


「世界初の迷宮攻略者━━樋野 秋様です」


 一同に、衝撃の波が伝播する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ