空白の二年間
「それじゃあ、話をしようか━━」
俺がそう切り出すと、二人はコクリと頷いた。
「まずは自己紹介からだ。お互いの名前が分からないと不憫だろ? で、俺の名前は樋野 秋。渋谷区3丁目に住んでた、樋野家の長男。親は事故で死んで、いない。妹と二人でそこに住んでいた」
取り敢えず自己紹介をすると、二人は顔を見合わせた。
その後、目付きの鋭い少女の方が口を開いた。
「私の名前は桐生琴羽です。大変革の日以前は、新潟に住んでいました。家族も親戚ももういません。既に彼らは新潟県妙高山に出現した第52迷宮『新潟ダンジョン』よりあふれでた魔物達の胃袋の中です。今は、亡き家族たちの無念を晴らすために、人域拡張軍に所属しています」
目付きの鋭い少女━━琴羽の言葉は俺に重い衝撃を与えた。
その言葉の内容に、自分が些か楽観視していた事を突きつけられる。琴羽の家族は、もう全員この世にいないのだ。
地上から溢れ出た魔物達によって、
殺されたか喰われたりかして。
背筋に於曾気が走った。
━━春、お前は無事なのか?
その疑問が頭の中で渦巻く。
不安で胸が締め付けられた。
動悸が早くなって、
直ぐにでも春を探しに行きたい気持ちになった。
だが、その考えは収める。
効率的に行くのだ。
俺一人で出来ることなんてたかが知れてる。
交渉は後でいい。
と、そこでもう一度琴羽の言葉を頭の中で再生してみると、一つの疑問が沸き上がった。
「第52迷宮『新潟ダンジョン』? 渋谷以外にも、ダンジョンは出来ているのか?」
俺が琴羽にそう聞き返すと、琴羽は重々しく頷いた。
「はい。新潟の他には北海道札幌市や、愛知県の名古屋市、熊本県天草市、日本に出現したダンジョンは渋谷ダンジョンを入れて計、5つです。これらから発生した魔物達は、既に全国にて猛威を振るっています。特に━━」
そこで言葉を切って、琴羽は白髪の少女の方を見る。
白髪の少女は、琴羽の意図を察したようでコクリと頷いた。
「特に、まだ一般には公開されていない情報ですが、北海道の被害は甚大です。……いえ、ぼやかすのはよくありませんね。北海道はダンジョンより溢れ出た魔物達により、奪われたのです」
「北海道に住む住民達は?」
「行方の分からない、札幌市の住民以外は一人残らず殺されていました」
「……そっか」
酷い現実に、少し目眩がした。
一体どれだけの人間が殺されたのだろう。
数十万人?それとも数百万人?
数えるのも億劫なほどの人が死んだのだろう。
日本って、こんな簡単に死んじゃう国だったっけ?
「━━もしかして、秋さんはデリウリからの二度目の『声』を聞いていないのでしょうか?」
白髪の少女が、背筋を正しながらそう訪ねてきた。
俺は肯定する。
「あぁ、たぶん二人の話を聞いてる限りそうなんだろう」
「では、電子機器などの『科学』が関与している物が使えなくなっているということも、ご存知ないですか?」
「……そうなのか?」
確かに、迷宮の中では全くと言っていいほど反応しなかった。
壊れたのかと思っていたが、使えなくなっていたのか?
てか、科学の関与しているものが使えないってヤバイだろそれ。
つまり、パソコンや携帯を初めとした情報通信機器が使えなくなるなるということだ。
他にも尋常じゃないほどの被害があるのだろうが、俺はそこらへんにあんまり詳しくないので分からない。
だが、滅茶苦茶ヤバいということだけは分かる。
「てか、それじゃあ国内を初めとして、外国も今どんな状況か全くわからないってことか?」
と、そこで白髪の少女が声を上げる。
「いえ、それは大丈夫です。大変革の日以降に結成された『情報伝達組織』により、ギリギリではありますが辛うじて情報は回っています」
「情報伝達組織? なんなんだそれ?」
「簡単に言うと、スキル『思念伝達』を所持している者達だけで結成されている組織です。試しに、秋さん。少し私と握手してください」
言われた通り、握手してみる。
白髪の少女の手を握った瞬間、身体中にざわざわとした感覚が走り抜けた。
『これで、登録完了です。今から私は、秋さんがどこにいても声を届けることが出来るようになりました』
脳裏に、白髪の少女の鈴の音のような声が響いた。
「これは君が?」
「はい、思念伝達のスキルの効果です。情報伝達組織は、このような通信手段をもちあった者達が、情報を集め、そしてそれを管理する組織です」
「なるほど、これで色々な所から情報を集めるのか。━━ん?でも国外の情報を集めるには、外国人にも思念伝達のスキルを持っている者がいないといけないよな? その思念伝達のスキルを持っているやつが、日本語わからなかったら情報なんて回らないんじゃないのか?」
「いえ、それに関しては問題ありません。デリウリの二度目の声で告げられたのですが、私たち人類の言語は統一されたらしいのです。英語を喋っていても、その意味が分かるといった具合に」
「へー、それは便利だな」
「はい、とても便利です」
にこやかな笑顔で、白髪の少女はそう答える。
そして、そのまま微笑を浮かべながら
「それで、そろそろ私の自己紹介をしてもよろしいでしょうか」
どこか寂しげにそう言った。
その様子を見て、琴羽が「ぷはっ」と吹き出した。
え……と、ごめん。
忘れてた。
※※※
その後、無事白髪の少女の自己紹介は終わった。
名前は 灯尻晴。
日本人にしては、珍しい名前だ。
髪の毛も白色だし、
もしかすると日本人じゃないのかもしれない。
名前以外には、特に特筆する部分のない普通の子だ。
両親も健在らしいし、琴羽のように覚悟を持って情報伝達組織、通称情伝に入ったわけでもないらしい。
そもそも思念伝達のスキルを所有する者は問答無用で情伝へ入軍させるらしい。
自由などあったものではないが、この時代じゃ仕方ない。
今のところ、情伝のメンバー数は五万人近く。
これほどの人数が同じスキルを有しているのには些か驚いたが、よくよくよく考えると、日本の総人口は大変革以前で1億五千万人━━つまり、思念伝達のスキルを持っている人は、約3000人に一人なのだ。かなり貴重な人材だと言えるだろう。
そのため本来ならこんな危険な外界に出ることもあり得ないらしいが、沈黙を保っていた渋谷ダンジョンの経過を見守るという任務だけは別らしい。
と、その他にも色々と現状について二人に教えて貰った。
その結果、もう日本が国として機能していないことが分かった。まず、デリウリが『科学』を俺たちから奪った時点で、人間が他生物を凌駕していた唯一のアドバンテージが消えた。
故に、自衛隊や警察官などの訓練を受けた者達であっても、ゴブリンなどの低級の魔物ならともかく、上級の魔物には手も足もでずに殺される。
なにせ、上級の魔物は魂級が極めて高く、その肌も極めて堅牢なのだ。
ただの刃物じゃ、剣術などのスキルを所有していなければまず致命傷を与えられない。
大変革の日以降、自衛隊は各自の判断でダンジョンを調査したらしい。結果、全滅。
ダンジョンから魔物が出てきている時点で、それは確実だ。
国のお偉いさんたちは何をしていたのかと訪ねてみると、ハレは分からないと答えた。
そして、今はもういないとも。
12月25日には、国会議事堂で会議が開かれていたらしいのだが、デリウリの声が終わった直後、国会議事堂は真っ先に魔物に襲われたらしいのだ。
時が経ち、落ち着いてから様子を見に行ったところ━━そこは血の海だったらしい。
死体は魔物に食い荒らされ、誰が誰だかは分からなかったらしいが、出席者と同じ数の死体が発見されたらしいので、恐らくは━━。
国を動かしていた指導者たちは、もういないのだ。
その事実に、少し背筋が寒くなる。
これからは誰かに頼っていられる時代ではない。
自分で選択し、そして歩んでいかなければならないのだ。
他には、この二年で壁内都市というものが出来たらしい。
人域拡張軍の『壁部隊』と呼ばれる『土操作』のスキル持ちが集まった組織により、人類は未だ魔物の被害を受けていなかった都市を守るようにして壁を築いた。
その壁で魔物の進行を阻み、人類の生存域を確保したのだ。
そうして死に物狂いで壁を作った結果、ダンジョンが出現しなかった近畿地方を人類の生存域として無事確保した。
ダンジョンについては。
ダンジョンは今現在確認出来ている所で、50のダンジョンが世界中で出現している。
一年以上、ダンジョンの出現は起こっておらず、恐らく50のダンジョンで打ち止めだと思われている。
━━そして、今現在ダンジョンが攻略されているのは、俺の攻略した渋谷ダンジョン、ただ一つらしい。
ダンジョン攻略は難航しているそうだ。
まぁ、それもそうだと思った。
俺だって本来ならあの二階層で死んでいたのだ。
俺の場合は、偶然にも時神の加護があり、命のストックがあったからこそ攻略できたのであって、もしなかったら攻略なんて夢のまた夢だっただろう。
それほど、ダンジョン内は過酷だ。
他に分かったことと言えば、大変革以降、新たに設立された組織についてくらいだろうか。
まず『軍』について。
軍とは、ダンジョンが出現した以降の日本を動かしている組織だ。国を動かしていた内閣が崩壊した以上、実質的に軍が日本のトップにあたる。
軍は大まかに分けて三つの組織に分けられる。
一つは、ハレが所属している情報伝達組織、通称『情伝』。
先程ハレが言った通りあらゆる情報を収集し、保管し、発表したりする機関だそうだ。
その他にも、この機関が国外の情報を交換したりするらしい。
もう一つは、琴羽が入軍したという人域拡張軍。
これは、
名の通り人類の生存域を拡張するために作られた機関だ。
壁の外━━外界に出て魔物を倒し、平行して壁部隊により壁を建設し、生存域を確保。
それが、人域拡張軍の主な目的らしい。
だが、それが成功しているのは渋谷ダンジョンの監視目的の為に作られた小規模な『拠点』(俺が先程発見した壁)のみ。
状況は極めて絶望的だ。
ちなみに、情伝が入手する外界での情報の殆どは人域拡張軍かららしい。
そして他には、壁内の治安維持を目的とした『自警隊』と天皇陛下の護衛を目的とした『天護隊』が組織された。
最後に俺は、デリウリが定めた7つのルールについて聞いた。
それによると、
1:世界中にダンジョンが作られる。
2:ダンジョンから魔物が溢れ、君達は襲われる。
3:科学の力は使えない。使えるのは己の力のみ
4:ダンジョン攻略者には、報酬が与えられる。
5:元の世界に戻るためには、全てのダンジョンを攻略し、最後の試練を越えなければならない。
6:最後の試練を越えたものには、僕から【なんでも一つ願いをかなえれる】権利を与えられる。
7:記念すべき第一迷宮が発現した日本へのタイムリミットは三年、それより一年毎はランダムで動き出す。
これら7つがデリウリの定めたルールらしい。
ルール4の報酬とやらは、俺が手に入れた『真実の瞳』の事だろう。恐らくデリウリが迷宮攻略者に報酬として与えるのはスキルなのだろう。
ルール5の最後の試練とやらは、デリウリ自身が言っていた『デリウリとの戦い』で間違いない。
一番気になるのはルール7の動き出すという訳の分からない言葉。
タイムリミットは3年?
順当に考えれば、三年後━━いや、デリウリの声が届いたのは二年前だから、後一年━━日本が滅んでいることを指しているのか?
てか、動き出すってなんだ?
分からない。
分からないことだらけだ。
俺は大きく息を吐き出す。
そして、理解する。
━━日本は大きく変わってしまった。
人を戒める法は姿を消し、力の象徴である軍が日本を動かしているのだ。
その事実に、俺は掌をぎゅっと握り込んだ。
俺の予想は、どうやら間違っていなかったらしい。
この新しい世界で、最も重要なのは金でも権力でもない。
━━力だ。
タイムリミットという不穏な単語。
三年後という期間。
それまでに、俺は必ず春を見つけなければならない。
そう再確認し、それからハレと琴羽を見据える。
軍との繋がりを持つ彼女たちと交流を持てたのは、ラッキーだったかもしれないな。
「━━ハレ、琴羽。 一つ頼みがある」
俺の真剣な声音と眼差しに、二人は背筋を正した。
「なんでしょうか」
俺は息を吸い込み、
「情報伝達組織━━そのトップと、話をさせてほしい」
要求を口に出した。
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