スキル検証
「なるほど、こういう感じか」
俺は掌を閉口させ、意思反映の感触を確かめる。
「うん」
頷き、俺は視線を上げる。
一面に広がる荒野。
そこには異常な光景が広がっていた。
千を越える魔物の大群、その全ては空中から生えるようにして伸びる黒鎖に磔にされている。
その光景を見て、俺は思わず苦笑する。
「にしても、お前ら全員余すことなく鎖に捕らわれるなんて、ちょっと弱すぎやしないか? 俺のいた場所の魔物じゃ、今の攻撃ならまず間違いなく当たらないぞ」
俺の挑発に、魔物達は一斉に怒りの咆哮を上げる。
その後拘束から逃れようと四肢を振り乱すが、その健闘も空しく、鎖がカチャカチャと擦れる音が響くだけであった。
俺は背後に視線を向ける。
そこには、体内から生える剣に串刺しにされ、原型をとどめていない魔物や、雷撃に穿たれて黒こげになっている魔物の死体が、背後でゴミ山のように積み重なっている。
これらは、俺の意思反映のスキル実験に付き合ってくれた心良い魔物達だ。
手厚く葬ってやろう。
指先で空気をピンと弾き、もはやお馴染みの『炎龍』を発動させる。
「行け」
俺の命令に従い、炎龍は空中で咆哮を上げて、死体の山を呑み込んだ。ぐわり、と凄まじい熱風が吹き荒れて俺の前髪を揺らした。
炎龍の中では、まるで踊るようにして魔物の死体が蠢いている。しかしその肉と骨も、高火力の炎に晒されて直ぐに灰となって空に消えていく。
その様子を間近で見た魔物達の瞳に、恐怖の色が宿る。
そして、理性なき獣は悟る。
━━自分たちは、決して手を出してはいけない圧倒的上者に手を出してしまったのだ……と
後悔しても、もう遅い。
俺は、一番先頭の巨大なオークの拘束を解除する。
じゃらりと金属音を響かせて、黒鎖は何もない空中へと消えていく。
自らの身体が自由になった事を悟ったオークは、俺の姿をちらりと見て、一心不乱に逃げ出した。
「━━おいおい、それはないだろ」
呆れつつ、俺は逃げるオークの後ろに向かって飛び蹴りを放つ。
その瞬間、オークはとんでもない速度で打ち出され、拘束されている他の魔物にぶつかり、共に弾けた。
血の雨が、周囲に降り注ぐ。
「ええ? 今のでも死ぬのか? 加減が難しいな」
失敗した。
別に今のは殺すつもりはなかった。
というより、殺してはいけないのだ。
意思反映の力については、大体検討がついたが、確証は得られていないのだ。
だから、最後の確認として動く相手に向かって意思反映のスキルを発動させたかったのだが━━。
「なんかもう、めんどくさくなってきた」
そう、めんどくさくなってきたのだ。
何せこいつら、ちょっと小突いただけで死ぬ。
生かす方が難しいくらいだ。
だから━━、
「もういい。大体の実験は出来たし、これで最後の実験だ」
呟き、俺は息を吸う。
そして、脳裏にイメージを巡らせる。
結果を『想い』『願う』。
それが意思反映のスキルのトリガーだ。
重要なのは、信じること。
その結果を、『起きるもの』だと信じ込んで明確にその現象を想像するのだ。
そして、世界に干渉してそのイメージを引き起こす。
原理としては、魔法とよく似ている。
だが、決定的に違うのは、このスキルは『何でも出来る』ということだ。
例えば、願いの強ささえ合えば小さな世界の創造さえ出来る。
無条件で、何の代償もなく。
ぶっ壊れスキルだと、文句なしにそう思った。
しかし、世界がそこに在るのだと確信し、願い、その世界を想い描くことは、そうそう出来やしない。
しかし、逆に考えるとそこに世界が在るのだと確信し、願い、想い描きさえすれば、世界の創造さえ出来るということ。
その事実に、少し背筋に冷たいものが走るが、そんな事をしようとも思わないので、大丈夫だろう。
だが、このスキルは使い方を気をつけないといけないのは間違いない。
「と、そろそろイメージも固まったかな」
俺は、イメージが固まったのを確認して、世界に干渉するための文句を口ずさむ。
『【貫くのは無限の刃】』
『【それは現実、起こり得る未来】』
次の瞬間、鈍色に煌めきを放つ幾万本の剣が虚空から生え出る。
それらの剣は、恐怖に全身を痙攣させている魔物達に照準を合わせ━━
「さよならだ」
掌をギュッと握り込む。
それを合図に、虚空に連なる銀色の刃は空中に鈍色の軌跡を残して魔物達に殺到する。
「「「━━━!!」」」
声なき絶叫が、響く。
その光景は『凄惨』そのものだった。
地に縫い付けられるようにして串刺しにされた数千の魔物達。
その足元からは止めどなく血が流れ、全身はビクビクと痙攣を繰り返している。
四肢を縫い付けられて、死ねずに苦しんでいる魔物もいれば、一撃で脳を破壊されて絶命している魔物もいる。
俺が黒鎖の縛呪を解くと、魔物達は一斉に力を失い崩れ落ちるように地に伏した。
骸の上に生えているその剣の有り様は、まるで墓標のように俺には見えた。
そして、意思反映の最後の実験も、終了した。
「━━なるほど、イメージさえ合えば同時に発動させることも可能、と」
俺は呟き、確認した。
それは意思反映のスキルが、敵を対象にして発動するスキルではないということだ。
俺が今回イメージしたのは、『剣に貫かれて死ぬ魔物』だ。
意思反映がイメージに追従して発動するスキルなら、剣に貫かれて死ぬ魔物の光景が広がるはずだが、もし意思反映のスキルが単体にしか効果を及ばさないスキルなら、このイメージは実現することはなかった筈だ。
つまり、意思反映は俺の描いたイメージを実現させるスキルだと言うこと━━。
それが分かったのは、良かった。
と、全てが終わってから、俺は遠くで様子を伺っていた少女達に向かって、視線を向ける。
位置はちょうど荒野全体を見渡せる高さにある廃ビルの屋上。
そこから、何らかのスキルを使って俺の様子を見ていたようだ。
魔力感知にずっと引っ掛かっていたので気になっていたが、この弱々しい魔力、恐らく人間だと当たりを着けた。
にしても、人間か。
やっと会えた。
約二年くらいか?
そんくらい人と会話してないよな。
上手く話せるか、ちょっと不安だ。
そんな事を思いつつ、俺は隼の脚を発動させて空中を踏み締め、様子を伺っていた二人の少女たちに向かって歩き出した。
※※※
「えー、と。こんにちは?」
片手を上げて、取り敢えず挨拶してみる。
なんかもう、この二人完全に萎縮しちゃって目も会わせてくれない。何故だか分からないが滅茶苦茶怯えられてる。
久しぶりに人と会ったのに、最初の反応がそれだとちょっと傷つく。なんかもう、逃げ出したい気分だ。
と、その時。
「━━は、初めまして迷宮攻略者様、少しお話をさせて頂いても、よ、よろしいでしょうか」
黒い髪の、少し鋭い目付きの方の少女が恐る恐ると言った体で俺にそういった。
少し、頭がフリーズした。
何故そう年が変わらない相手に向かって、そんなへりくだるような口調なんだろう。
いや、嫌ではないんだけどなんか違和感が凄い。
春には滅茶苦茶偉そうに言われていたからかな。
ともかく。
「あぁ、それは俺も話をするのは望んでた所だ。なにせ、二年かそこら、ずっとダンジョンに居たから」
俺がそう言うと、目付きの鋭い方の少女と、雪のように白い髪をした少女の二人が大きく目を見開いた。
「……やっぱり、あなたはあの渋谷ダンジョンを攻略した方なんですね……」
畏怖と憧憬の混ざった眼差しが、
目付きの鋭い少女から向けられる。
と、その時。
ふと魔力感知に違和感を感じた。
違和感の発生源は白髪の少女からだ。
「ええ、と。そっちの白い髪の方の女の子━━、何してるんだ?」
俺が目線を飛ばし、白髪の少女に何気ない気持ちでそう訪ねると、白髪の少女が大きく息を飲んでフリーズする。
「━━君の身体から出てる風船みたいな魔力が俺と君たちを包み込んでる。それ、どんなスキルなんだ?」
今、ようやく思い至ったが、この二人が俺に対して友好的でない可能性も十二分にあるのだ。
無防備にこのスキルを受けるのは不味いかもしれない。
という訳で、俺は魔力を周囲に走らせて、内側から俺たち三人を包み込むようにして発生している魔力を破壊する。
その芸当を見て、白髪の少女は信じられないとでも言いたげに瞳を揺らす。そして数瞬後、少女の顔色が凄まじい勢いで青くなっていく。
「ご、ごめんなさい! わ、私は別に貴方に危害を加えようとした訳ではないんです! 今のスキルは【蓄音】。私の持つスキルです。効力は周囲の音を集めること、それだけです!信じてください!」
すがり付くような勢いで白髪の少女は必死でそう訴え掛ける。
その時、ユニークスキル【真実の瞳】が自動的に起動し、言葉の真偽を判断した。結果は真実。
この少女は嘘を言っていない。
本当に俺に害を加えようとしたわけでもないし、蓄音のスキルを使っただけらしい。
蓄音━━か、つまり俺の会話を録音しようとでもしたのだろうか。
そして録音をする必要があるということは、それを報告する相手がいるということだろう。つまり、この二人の上には何かしらの人間がいる━━ということか。
にしても、この真実の瞳、便利だな。
問答無用で真偽を判断してくれる。
俺に嘘は通用しないというわけだから、騙されることもなくなるだろう。
ま、ともかく。
「あぁ、信じるよ。君は俺に危害を加えるつもりはなかった。会話を録音しようとしていただけ。なら、ちょうどいい。もう一回そのスキルを使って会話を録音しておいてくれ」
その方がお互いに都合がいいだろ。
「え、え? ほ、本当にいいんですか? ていうか、怒ってないんですか?」
白髪の少女が狼狽した様子で疑問を投げ掛けてくる。
うーん、別に録音くらいされても特に困ることはないし。
それに素性の分からない存在が目の前にいたなら、何かしらの記録を残しておくのは極めて合理的な判断だろう。
彼女らからしたら、一捻りで殺されるような相手を前にしてる訳だし。……そう考えると怯えられるのも納得か。
「まぁ、そっちからしたら俺がどんな人間なのか分からない訳だし、万が一の時の為に記録を残しておこうとするのは、極めて普通の事だ」
俺の見解に白髪の少女が大きく目を見開いた。
そして、いささか動揺した様子で確認を取ってくる。
「ほ、本当にいいんですか?」
「いいって」
「そ、それじゃあ遠慮なく━━」
白髪の少女が再び蓄音のスキルを発動させたのを確認し、俺は二人の少女を見据える。
そして、俺は口火を切った。
「それじゃあ、話をしようか━━」
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