邂逅
俺の剣が、時神の胸を突き刺した。
時神の口から血が溢れ、俺の身体を朱に染めた。
時神の剣は俺に届く寸前で、黄金色の意思の力を漂わせながら止まっている。
俺の剣から立ち上る銀色の意思の光は、時神の死を痛むように鈍く煌めいていた。
「あぁ、おめでとう。秋……。君は力を掴みとった」
【人に神は殺せない】その理を砕くということは、【不老不死である神を殺す】と言うことだ。
いわば、俺の剣に乗せられた『想い』は【神殺し】。
その呪いにも似た想いは、時神の身体を幻想的な光の泡に溶かし空気中に分解させている。
これは、時神にとって回復も何も効かない【確定された死】の未来だ。
そして俺にとっては、唯一この時神を倒せ得た未来である。
故に、時神が助かることはもうない。
「……時神、最後に名前を教えてくれ。俺は、俺にとって最大の味方のお前を、忘れたくない」
俺がそう囁くと、時神は驚きに目を見開く。
「ははっ、秋にそんな台詞を言われる日が来るとはね。これは驚きだ。そして、すまないが私の名前を教えることはできない」
「……それも、制約ってやつか?」
口許に、時神は穏やかな笑みを浮かべる。
体は徐々に溶けてほどけて、消えていっている。
「そうか。なら……いい。だけど、俺がお前を忘れることは一生ない。何せ、殺されたんだからな」
笑えないジョークだ。
そんな事を思いつつ、俺は口許を歪める。
「笑えないな」
時神は僅かに頬を緩めてそう言った。
やっぱり。
「でも。それでもいいか。君の記憶のなかに、私が残り続けるというのなら、それで充分だ」
第百層に、キラキラと夜星のように煌めく光の粒が立ち上っていく。一切の穢れのない『白の空間』、そこを彩るように踊る光粒たちの光景はひどく神秘的だった。
還元されていく時神の身体は、徐々に徐々に消えていく。
それに比例するように、光の粒は量を増していき、今では妄光の渦へと姿を変えていた。
それは【変えることのできない理】に勝利した俺を祝福するように、俺の周りを踊る。
時神へと視線を戻す。
もうその身体のほとんどは光の粒子へと変換されており、ほとんど姿が見えなかった。
亡霊のように、あるいは幽霊のようなあやふやな存在感だ。
と、その時。
時神は、俺の方をむいて、口を開いた。
「━━さよなら」
そして、時神は消滅する。
俺に加護を与え、命を助け、命を奪った偉大な神は死んだ。
俺は空を見上げる。どこまでも続く白を仰いで、そうして長く長く息を吐き出す。
やってくるのは静寂だけ。
その心地のよい静寂は、俺にほんの少しの寂寥感と、勝利の余韻を運んできた。
これで、俺は地上に帰れるのだ。
春と会って、話が出来るのだ。
と、その時。
世界が尋常でない勢いで白く染まっていった。
「━━は?」
白に覆われたこの百層に居てさえも分かる圧倒的な純白。
それが、広がっていく。
ぐんぐんぐんぐんと広がっていく。
その純白の広がり方は、俺に『あの日』を思い出させた。
徐々に、意識が白に染め上げられていく。
俺が起動していた【臨界突破】や【五感強化】【魔力感知】などのスキルが強制的に切り上げられた。
そうして。
俺の意識は白に落ちていく。
深い深い白に呑み込まれる感覚がして━━、
そして脳裏に、声が響く。
『世界初のダンジョン攻略者を確認しました。第一迷宮渋谷ダンジョン攻略者:樋野秋を最終ステージへと転移させます』
※※※※
「やぁ、やっと来たね」
目の前で、
13歳ほどの年齢の少年が無邪気な声で語りかけてきた。
え?なに?
俺は突然起きたこの異常に混乱しつつ、何とか事態を把握しようと頭を回転させる。
そして、俺が時神を倒したこと。
神デリウリを殺す手段を手にいれたこと。
ダンジョンを攻略したこと。
意識が消えた事。
それらを順番に思い出した。
辺りを見渡す。
そこを表すのに『純白の空間』、それ以上に適切な言葉は存在しない。見たことのないような、魂が洗われるような白色。
それはとてつもなく神秘的で、そして同時に、とても恐ろしい空間であった。
俺はしばらくこの空間の美しさと恐ろしさに唖然としていると、
「聞こえてる? 樋野秋」
その声にはっとして、その少年のような声の持ち主へと視線を向ける。
そこには、色素の薄い透き通るような金糸の髪を携えた少年が立っていた。いや、本当にこの子は少年なのかどうか怪しい。
少女と言われれば少女のように見え、また少年と言われれば少年のようにも見える。
だが、始めてみたときに少年だと俺の目は判断したので、きっと少年なのだろう。
自信はないが。
こちらを覗き込むようにして見上げている金髪の少年の瞳は、まるでついさっき死闘を繰り広げた時神と同じような、血のように光る赤眼をしていた。
俺が少年を見ていると、彼は見られていると気づいたのか、こてんと可愛らしく首をかしげた。
普通の少年がしたのなら、ただただ可愛らしく思えただけだが、
この少年がその動作をすると、なにやら得体の知れない悪寒のようなものがやって来た。
まるで、ヘビを前にしたカエルのような、そんな気分になった。
何周か思考が空回ってから、ようやく本来発するべき疑問に戻ってくる。
「お前、誰だよ」
至極全うな疑問、だがいきなり目の前に出現した『異常』に俺の頭のなかはパニクっていたのだ。
ていうか、今も現在進行形でパニクってる。
何が起きたのか、まったく分かっていない。
しかし、そんな俺の内心を知ってか知らずか、目の前の少年はさらに衝撃の事実を告げやがったのだ。
「僕━━? 僕はデリウリ。破壊と創造を司る神にして、このゲームの主催者さ」
※※※※
その言葉を聞いた途端、俺の身体は自然と前に弾き出された。
『【無限の鎖を持って神を殺す】』
『【それは現実、確定された未来】』
俺の願いに反応し、スキル意思反映が呼応する。
頭のなかは、こいつを殺すことだけしか考えられなかった。
その名前を聞いた途端に視界は点滅し、脳ミソは真っ白になった。
次にやって来たのは、ここで倒せさえすれば全ては戻るという期待感と、逆に倒せなかったなら、俺はせっかくのチャンスを逃してしまうことになる━━そんな滲み出すような焦燥感。
デリウリを囲むようにして、どこからともなく黒色の鎖が出現する。俺は掌をぐっと握る。
それを合図にして、鎖は一斉に射出される。目を白黒させているデリウリを鎖は捉え、その陶磁器のように白い四肢を絡め取っていく。
掌を弾けさせるようにして合図を送ると、鎖は一斉に後ろへと引っ張られ、デリウリの身体を空中に磔にした。
俺はこのチャンスを逃すまいと転がるようにして走り、デリウリの首に手を掛ける。
剣を抜く暇はなかった。
こいつさえ殺しさえすれば全て━━━。
そんな焦燥にも似た、期待の感情が俺の全身を駆け巡った。
「お前が死ねば……全部終わるんだろ?」
時神がそう言っていたのだ。
だから、迷いはない。
俺の両腕から【神殺し】の意思が籠った銀色の光が立ち上る。
ギリギリ、ギリギリと掌に力を込めて締め上げる。
「━━はぁ、やれやれ。少しは話を聞いてくれよ」
デリウリは、俺の首締めに全く苦しむ動作をせず飄々と言葉を返した。俺はその事実に衝撃を受けつつも、掌に込める力は緩めなかった。
そして『ゴキリ』と致命的な音が、幼い少年の細い喉から鳴り響いた。生々しい感覚と、骨を砕いた感触が掌の上で気持ち悪く残っている。
しかし━━、
「それで、まずはおめでとうだ。樋野秋」
首がもげ、ぶらぶらと振り子人形のように頭を揺らしながら、デリウリは顔色一つ、声色一つ変えずにそう言った。
「な……んで……」
俺はあまりの衝撃に、喘ぐようにして口を閉口させた。
━━確かに【神殺し】の意思は発動したのだ。
イメージも固めたし、願いと想いも込めた。
にもかかわらず、神デリウリには何の効果もなかった。
足元が崩れていくような錯覚に俺は見舞われた。
俺が何も言えずにいると、デリウリがひしゃげた喉で笑い声を上げる。
「ひひひひっ、それは僕じゃない。僕の権能によって作り上げた実像分身さ。誰が僕を殺し得る可能性を持つやつの前にのこのこ姿を現すものか」
驚愕に身を固める俺を嘲笑うようにして、舌をつき出す。
首が折れ、瞳からは生気が消えているのにも関わらず、こちらを挑発するような態度に俺は嫌悪感に頬を歪める。
そんな俺の様子を見て、デリウリは楽しそうに掌を叩く。
その動きに合わせて、デリウリの首がぐらぐらと不規則に前後に揺れた。
「その嫌悪に満ちた表情、最高だね。最高だ。僕は今、確かに生きてるって感じがするよ」
心底嬉しそうに、デリウリはそう声を上げる。
齢14歳程度の幼い少年がするにはおぞましい表情は、俺の背筋に冷たいものを運んだ。
デリウリの空気に呑まれているのを感じて俺はふるふると頭を振る。
そして、今の状況について冷静に考える。
こいつを殺しさえすれば、このゲームは終わり、元の12月25日に戻る。だが、今ここにいるデリウリは本物のデリウリじゃない。
だから、俺の【神殺し】の【意思反映】も効果がなかった。
つまり、今の状況ではデリウリを倒すことはできない。
だから俺は直ぐに考え方を変えた。
これはチャンスなのだ。
このゲームを作り上げた製作者から直接情報を聞き出せるチャンス、そう俺は考えた。
今俺に最も必要なのは情報だ。
あの日から、今日までの空白の『二年間』、その間に地上で何が起きているのか、あるいは何が起こったのかは何も知らない。
いや━━、違う。
そこまで考えて、一度思考を止める。
そんなことは、これから会う地上の人たちに聞けばいい。
聞くのは、こいつしか知り得ないような特別製の高い情報だ。
そう、例えば━━お前の目的は何なのか、とか。
「少し聞きたいことがある、いいか?」
俺は意思反映のスキルを解除し、デリウリを磔にしている黒鎖を解除する。
そうして、ぶらぶらと不規則に揺れる頭部を鷲掴みにして、半ば脅すような形で訪ねる。
デリウリはその生気のない瞳で、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
その瞳に浮かぶ、終わりのないような深い赤に、吸い込まれそうな錯覚に陥った。
「……これが人にものを訪ねる態度かい? 君の親御さんはよほど駄目な教育をしたようだ」
「黙れ。今父さんと母さんは関係ない。それより質問に答えろ」
「ははっ、僕に拒否権はないようだね。もし答えないと言ったら、実像分身をこのまま消滅させられそうだ」
「よく分かってるじゃないか」
「あぁ、うん。それは困る。だから、いいよ。答えれる範囲ならなんでも答えよう」
口元に余裕の笑みを張り付かせて、デリウリはそう答えた。
俺は心のなかでガッツポーズをする。
━━賭けには勝った。
正直、ここで逃げられたら困るのは間違いなく俺の方だった。
だが、ダンジョンをクリアした直後、目の前にゲームの主催者であるデリウリがいたのだ。
きっとこいつも俺に何か伝えることがあったから、姿を見せた。
その可能性にかけて、俺は勝負に出たのだが、運よくそれには勝った。
それじゃあまずは確認だ━━
「この世界を元に戻すのに必要な条件、それは全ダンジョンの攻略だけでなく、神デリウリ━━お前の討伐もだよな?」
「━━あぁ、そうさ。僕の試練を突破して、力を身につけた者たちに立ち塞がる最後の試練━━それはこの僕、ラスボスの撃破さ。実にいい終わり方だろ?」
嬉々として、デリウリはそう答える。
何がいいのか、全く理解できない。
本当に意味が分からないし、こいつと話していたら頭がおかしくなりそうだ。
こいつは、俺たちをなんだと思っているんだ。
知的遊戯の駒だとでも思っているのか?
本当に、ふざけてやがる。
何がゲームだ、ダンジョンだ。
こんなことして何が楽しい━━。
深い怒りが胸の奥を焦がし、視界を白く点滅させる。
そのあまりの言い種に、本当に殺してやりたいと殺意を抱いた。
だが、寸前で思いとどまる。
今感情に呑まれたら駄目だ。
冷静に、慎重に情報を集めるんだ。
「それじゃあ次の質問だ。あの日、渋谷の人たち全員があの光に包まれたが、このダンジョンに取り込まれたのは俺だけだと記憶している。なんで俺だけがこのダンジョンに取り込まれた?そして、他の渋谷の人たちはあの光に呑まれてどこに消えた?」
それもかねてから気になっていた。
あの日、光に呑まれたのは俺だけじゃなかったはずだ。
なのに何故俺だけがここにいる?
そして、他の人たちは?
訪ねると、デリウリは酷くつまらなさそうに答える。
「さぁね、僕にも分からない。本来あの光に呑まれた人たちは、ランダムでその国々のどこかに飛ばされる。にも関わらず、君だけがダンジョンに食われたのは、分からない。
おそらく、あの『異分子《イレギュラー》』が関わってるだろうとは予想がつくけど」
デリウリの吐き捨てるように答えるその様子は、自分の思い通りにならなかったことへの憤りのように見えた。
その様子と行動は年相応であり、ますますデリウリの事がわからなくなっていく。
それはともかく、納得した。
おそらく、デリウリの言う異分子とは時神のことだろう。
彼の正体━━つまり彼が神だと言うことをデリウリが知らないのには驚いたが、このダンジョンに俺を招いたのは時神の仕業と見て間違いなさそうだ。
そしてやはり、その目的は俺に意思反映を覚えさせ、デリウリを倒す手段を手にいれさせることだろう。
彼の最重要の目的は、デリウリの討伐だからだ。
「しかし、あの異分子は本当になんなんだ? 全く訳が分からない。僕はあんな奴を見たことがない」
ぶつくさと、デリウリは時神に対して文句を垂れ流す。
この様子は演技ではなさそうだ。
どうやら、こいつは本当に時神の事を知らないらしい。
「デリウリ、次の質問はいいか? これが今の所最後の質問だ」
俺は大きく息を吸い、この問答の核とも言える質問をデリウリに投げ掛けた。
「━━お前の目的はなんだ? 何を思い、何のためにこんな事をした?」
デリウリはその質問を聞いて、僅かに頬を緩ませる。
まるでその事を話したかったとでもいうように、楽しげな笑みをその死相の浮かんだ顔に浮かべる。
デリウリの実像分身は、既にもう生き絶える寸前だ。
例え、実像分身が死んだとしても自分が死なないと知っていたとしても、死の間際に浮かべる表情が心底楽しそうな笑みというのは、やはり俺にはひどく恐ろしく感じた。
そして、デリウリは俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、
「━━僕はね『永遠』が好きなんだ」
返ってきたのは、全く見当違いの答えだった。
「終わりがなく、また始まりもなく、同じ時が延々と繰り返される。それはひどく美しく、また、整っていると思わないかい?」
「━━」
何も言えなかった。
それはデリウリの口から出る言葉に、何か鬼気迫るものを感じたからかもしれない。
「僕はそう思う。だから、永遠を目指すことにした。同じ時を繰り返す整調された美しい楽園をね。だけど━━、それには人が多すぎる。楽園に至れるのは、それにふさわしい器を持つものだけ。そうあるべきだ。だから僕は選別をするんだ。ダンジョンという試練を人々に課してね」
ペラペラと喋り続けるデリウリ。
既に俺の耳には、デリウリの言葉が届いていなかった。
これほどの事をした理由に、唖然としていたのだ。
そもそも、誰も永遠なんて求めていない。
そりゃ、一部の科学者や研究者は永遠を、真理を追究するために永遠を望むかもしれない。
だけど、それはほんの一握りだ。
大多数の人間が、人は生まれ、灰になって、地に帰るべきだと考えている筈だ。
だからこそ、俺たちは必死に生きて、幸せを模索するのだ。
しかし、デリウリの考えは全くの逆。
人は永遠に生き続ける事が幸せだと信じている。
それは結して、交わることのない考えだ。
人類の意見と、神デリウリの意見は完璧といっていいほどに乖離している。
「もう……いい。充分だ」
「そうかい? 僕の考えは分かってくれたの?」
「いや、悪いが全く理解できない。それはきっと、お前が神で、俺が人である限り変わらないと思う」
そう返すと、デリウリは乾いた笑みを張り付けた。
「ひひ、まあそれは仕方がない。僕は僕の考えに賛同なんて求めてない。僕は僕にとっての理想へと手を伸ばすだけさ」
「……そうか。なら、俺はお前を殺すのに躊躇はしない。俺も全力で、俺の理想に手を伸ばそう」
俺の望む未来は『春の幸せ』。
その過程として、こいつを殺し世界を正常に戻すのは欠かせない。時神に『世界を救わない』と宣言したが、それは変わらない。俺が救うのは春だけだ。
その付加価値として勝手に人類が助かるだけ。
それだけだ。
俺は俺と関わりのないやつに、価値なんて感じないしな。
と、その時デリウリがふわぁと欠伸をした。
「━━そろそろ、君の質問に答えるのも飽きてきたな。もう僕がここに来た目的を果たしてもいいかな?」
俺は反射的に身構える。
「あぁもうそういうのいいから。僕は試練を突破した君に報酬を渡しに来ただけさ」
「━━報酬? 具体的に何をくれるんだ?」
「逆に、君は何がいいんだい?」
話すのに飽きたといっても、こちらをからかうような口調は治らないらしい。
俺はため息をついてから、真剣に思考を巡らせる。
何がほしいか?
逆に、俺には今何が欠けている?
それはたぶん情報だ。
この『恐らく変わったであろう世界』に対する情報。
だがそれは、ダンジョンをクリアしてまで手にいれたいものではない。重要なことは、既にもう大体聞いた。
特に、デリウリの目的が分かっただけでも御の字だ。
だから、情報はもういい。
なら━━、金?
それも違う。論外だ。
魔物が蔓延っている地上で、貨幣が意味を為すとは思えない。
と、その時俺は、自分に致命的に足りないものについて気がついた。
「━━俺は、仲間が欲しい。信用できる仲間が」
足手まといにならない程度に強く、かつ情報に通じているようならなお良い。
このまま地上に出ても、何も知らない状態じゃどうしようもないし一人なら食糧の確保だってままならない。
それになにより、一人で春をこの広い日本から見つけるのは、ほとんど不可能に近い。
そうした考えの元、そう判断を下したのだが、デリウリはくつくつと笑みを漏らす。
「悪いが、それは出来ない相談だ。君の言う信頼できる仲間を造ることは可能だが、僕から渡された仲間なんて、信用できないだろ? 信頼できる仲間は、君が自分の目で見て見定めるべきだ。
だから君にはこのスキルをあげよう」
そう言って、デリウリは人差し指を下に振り下ろす動作をする。
瞬間、頭上から暖かい光が降ってきて、俺の脳裏に声が響く。
『ユニークスキル:【真実の眼】を獲得しました』
「そのスキルは、僕の権能の内の一つだ。そのスキルの内容は【嘘看破】【素質閲覧】【魔力霧散】だ。嘘看破はその名前の通り嘘を見破るスキル。素質閲覧は、スキル対象の『強くなれる可能性の数値』を表示するスキル。ちなみに数値は高ければ高いほどいい。そして、魔力霧散も文字通り。
樋野秋の前では魔力が霧散して、相対者干渉系統の魔法はもちろん、攻撃系統の魔法も効かなくなる。
こんなところかな。これがダンジョンを攻略した樋野秋に対する報酬さ。充分だろ?」
真実の眼のスキルをデリウリが伝えた内容と相違ないか、念のため確認するが、間違いはなかった。
全て事実だ。
……ていうかこれ、充分っていうか充分すぎる。
もしかしてこいつ馬鹿なんじゃないだろうか?
そんな疑問が頭に浮かんだ。
だって、こいつは自分で今さっきこのスキルを自分の権能だと言っていた。
いわば、自分の持つアドバンテージを、敵である俺に与えたのだ。その疑問は、酷く全うな疑問に思える。
「これで、僕の用件は済んだ。君の用件も済んだんだろ?」
俺はコクリと頷く。
「じゃあ、さよならだ。━━君みたいな危険な存在とは、もう二度と会わない事を願うよ」
その言葉を言うときだけは、にやついた笑みを顔に浮かべなかった。どうやら本当に、もう二度と俺とは会いたくないらしい。
"パチリッ"と指を弾く音が木霊する。
そして、俺の意識は闇に沈んだ。
静かで深い闇の中、俺は願う。
【『俺は必ずデリウリを倒して、俺と春の幸せを取り戻す』】と。
その想いは、世界に干渉し新たな未来の可能性を作り出す。
それは本来なら訪れる筈のない、『誰も彼もが笑い合える世界』。仮面を被った時神も。狂喜に歪んだデリウリも。
時間も空間も超越して、笑い会う未来。
その極々小さな未来は刹那の間だけ『無限の未来』に影を落とす。しかし、秋の『願い』と『想い』はまだ弱い。
そのため、そのあり得ないはずの未来は、直ぐに闇に覆われていく。
だが、確かに。
僅か0,001秒にも満たない刹那の間だけだったが。
その『誰もが幸せな未来』は確かに存在したのだ。
これにて一章完結です。
面白い、続きを読みたいと思ってたら評価、ブクマお願いします!
感想もお待ちしてます。
読んで頂きありがとうございました!




