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摩耗と研磨

 

 もうどれだけの時間が経ったのかわからない。

 延々と続く闇は、俺の精神を確実に磨耗させていた。

 無言で剣を振るう。

 無言で魔法を放つ。

 第64階層では、剣を打ち合う音と燃え盛る炎の音のみが響いていた。


 そう、俺はもう既に64階層まで来ていた。

 正直な所、ここまで来るのにどれくらいの時間が経ったのか定かではない。

 ただ急ぎ、全力で最短効率でこの階層まで来たのは間違いない。

 しかし━━、


「たぶん、もう一年かそこらは経ってる……」


 感覚的に、もう二週間やそこらといった日にちは過ぎている。

 恐らく年単位、一年か二年かそれくらいだろう。


「糞がっ!!」


 衝動のままに、目の前の魔物を殴り付ける。

 赤い羽を生やした竜のような化物は、ボールが弾かれたように壁まで吹き飛んでいく。

 階層全体を揺らす衝撃音と共に、魔物は光の泡となり消えていく。


『魔物:レッドワイバーンが飛竜の肉をドロップしました』


 アナウンスが響く。

 俺は消えたワイバーンの元へ向かい、落ちている肉の塊を完全収納の内部に入れる。


 この階層まで来て、ダンジョンについてわかったことがいくつかある。

 1、ダンジョンは下に潜れば潜るほど魔物の数も強さも高まっていく。

 2、ダンジョンの第一層から第五十層までは守護者が存在する10階層までの間のどこかの階層に、食糧を調達出来る階層がある。

 3、第五十層より先は食糧を調達出来る場所がなく、代わりに『ドロップ』というシステムが設定されている。

 4、ダンジョンの守護者を倒すと、何らかのEXスキルが授与される。


 俺が今分かっている所では、こんな所だ。

 1のルールについては、下に行けば行くほど自分の魂級が上がっているにも関わらず、一回の戦闘に時間がかかるようになっているのでこれは確実だ。

 2のルールは、俺の経験則からそう判断した。

 思えば、二層や五層、十二層に十八層など、俺にとって極めて都合のいい箇所に肉や木の実などが群生していた。

 恐らくこれもそういう仕様だろう。

 あの神にしては珍しく気の効いた事をする。


 3のルールは、やはり神デリウリの計らいだろう。

 なにせ、第五十層からはおおよそ植物や生き物━━いわば俺にとっての食糧が群生できるような環境ではなかったのだ。


 昼は100度近くまで温度が上昇し、夜には-200度近くまで低下する。

 業炎魔法と凍結魔法の応用で、なんとか体温を調節して切り抜けてきたが、それは俺がこの二つの魔法を所有していたからの偶然の産物であって普通の植物はまともに生き抜くことすらままならない。


 食糧も尽き、もう駄目かと諦めたとき、魔物を倒すと食糧がドロップすることに気がついた。

 一層から五十層までにあった食糧補給階層の代わりに、ドロップというシステムが存在していたのだ。


 そして、最後に4のルール。

 これは俺のステータスを確認して貰った方が早いだろう。




 《ステータス》

 名前:樋野 秋

 魂級:68530

 加護:時神の親愛(2/3)

 称号:英雄


 筋力:6821

 体力:7521

 耐性:4210

 敏捷:7240

 魔力:12580

 魔耐:9851


 ユニークスキル:【意思反映インテンション・リフレクト】【早熟】

 EXスキル:【完全収納】【魔力感知】【剣ノ王】【極炎魔法】【氷終魔法】【腐蝕ノ腕】【隼の脚】【錬成】【解析】【思考加速】【五感強化】【弱点看破】

 スキル:【急所貫き】【威圧】


 ~~~~~


 俺が10層にて所持していたスキルは、軒並み熟練度を突破して、上位スキルであるEXスキルへと進化している。

 そして、守護者討伐により得たスキルは【錬成】【解析】【隼の脚】【思考加速】の4つ。

(その他の五感強化と弱点看破はそれぞれ俺が10層以降で手に入れたスキルが進化したものだ)


 この4つのスキルは、どれも有用なスキルで特に解析と錬成は素晴らしい。解析は、あらゆるものを解析し説明してくれる。

 言うなればあの『アナウンス』の強化版みたいなスキルだし、錬成はダンジョンにて発生している鉱石を組み合わせることで、様々な便利アイテムを創造するスキルだ。

 この合成のスキルにより、俺は既にいくつかのアイテムを所有している。


 と、まぁ俺が迷宮についてわかったことと、手に入れた力はこんな所だ。


「にしても、そろそろ終わってほしいな」


 呟き、俺は完全収納から『作水石』を取りだして魔力を込める。

 魔力に反応した作水石からしているちょろちょろと水が出てくる。口元を近づけてこくこくと飲む。

 この作水石は42層で手に入れた、魔力を水に変える鉱石『変水石』と水分を弾く『離物石』を錬成して作った俺の便利アイテムの一つだ。もちろん、めぼしいアイテムは全て完全収納の中に入れてるため、この作水石はもちろん、他の便利アイテムも直ぐに錬成できる。


 冷たい水が喉を通ると、疲労のためにぼんやりとしていた脳みそが少し目を覚ます。


 そして、魔力感知を広げていく。

 常時展開し続けている魔力感知の熟練度はすさまじく、今やもう階層全体を掌握するほどの効果範囲を持っている。

 それによると、もうこの階層の魔物は全て駆除し終わったらしい。それを確認し、次は魔力感知にて鉱石を探す。


 一、二、三、四━━━。

 ともかくいっぱいだ。

 鉱石が転がっている全ての位置を頭の中に叩き込んで、俺は移動を開始する。


 ━━これをやっているせいで、攻略スピードが落ちているのかもしれないが、仕方がない。


 錬成のスキルのお陰で、望むアイテムを作り上げる事ができるようになった。それこそ、人知を超越するような信じられないアイテムなんかをだ。

 例えば、この作水石。

 これなんか、いわば無限に水が沸く石なのだ。

 他にも、衝撃を吸収する鎧に、音を響かせる石。

 そんなものだって作ることができた。

 もしかすると、このダンジョンを離脱することが可能なアイテムを作れるかもしれない。

 それなれば、もしそのアイテムを作れるようになったときのためにあらゆる素材を集めておくべきだ。


 そう判断して、俺はいつものように鉱石を集める。

 面倒だが、もしかするとこれで攻略を大幅に単略化できるアイテムを作れるかもしれないのだ。

 面倒だが、手は抜かない。

 全力だ。幸いにも俺はまだあのときから一度も死んでいないが、いつだって死ぬ可能性はあるのだ。そのときに、手を抜いていたからなんて理由で死ぬなんて、あり得ない。

 死は、最善を尽くし、全力で足掻いて、それでも届かない時にだけやってくればいい。

 だから俺は手を抜かない。全力で生き足掻く。

 たとえ、終わりが見えないこのダンジョン攻略でも、それは変わらない。


 ※※※※


「━━お願いします……」


 一人の少年が、近畿地方を丸ごと囲むようにして存在する『壁』の上から、眼下を見下ろし指を組んで祈るように頭をさげていた。

 よく見ると、その華奢な身体はガタガタと震えていた。

 その少年の心中にあるのは、吐き気にも似た不安。

 少年の眼に写るのは、虫のように蠢く無数の魔物達の姿。

 あの日━━12月25日の『大変革』をきっかけに発生したダンジョンから現れた魔物は、1年2カ月の時間を得て、ついにこの近畿地方へと姿を表した。


 少年は、ごくりと喉を呑み込む。

 自身が作り上げたこの壁━━これが壊されたら人類は本格的におしまいだということを、この齢15歳程度の少年は理解していたのだ。そしてついに、魔物達が壁を破壊するべく行動を開始した。

 ゴブリンなどの力のない魔物は鈍器で殴り付けたり、逆に力の強い魔物はその自慢の腕力を生かし、素手で殴り付けることで壁を破壊しようとする。

 

「……やった」


 少年は小さくガッツポーズをする。

 何故ならば、少年が作り上げた『壁』は魔物達の猛攻に対して、傷ひとつ負っていなかったからだ。

 あの程度の攻撃しか出来ないならば、壁を壊されることは、まずない筈だ。

 確認し、満足してから少年は立ち去ろうと背中を向けた。


「いや、でもほんとに大丈夫だよね……?」


 心配性な少年━━羽島 蛍は念のため、もう一度魔物達に視線を向ける。


「うん、絶対大丈夫だ」


 確信し、蛍は今度こそ壁の中に向かおうとする。

 と、その時に脳裏に声が響く。

 神デリウリからか?と反射的に身を固くするが、聞こえてくる声は慣れ親しんだ友人の声だった。


『あーあー、こちら情報保持組織NO,12の海藤 空です。私が持つスキル【思念伝達】により貴方に語りかけています。

 知らされているとは思いますが、一応伝えたおきます』


 情報伝達組織、通称『情伝』に組織している空から、声が飛んでくる。ちなみに『情伝』とは今ではもう使えなくなった通信技術の代わりをする事ができるスキル『思念伝達』を所有している者達が集まっている組織のことだ。


『第一防衛地区兵庫の壁確認任務を承っている━━って蛍かよ……それなら早く言ってくれよ。慣れない言葉使いして、めっちゃ疲れたぞ』


「はは、ごめんごめん。それで、壁の報告だよね」


『そうそう。なにせ、初めて壁と魔物との接触だからな。

 これで簡単に壁を突破された~とかの報告なんかされたらマジで最悪だからな、てか、その調子だと大丈夫だったんだな?』


「あぁー、うん。大丈夫。僕たちが作った壁は魔物の攻撃を受けても傷ひとつない。多分、あいつらに壁を突破するだけの力はないよ」


 長い長い沈黙が続く。

 蛍がどうかしたのだろうかと疑問に思っていると『はぁーー』と大きな安堵のため息が聞こえた。


『良かったーー、マジで良かった』

 

 その思いには蛍も同意する。

 もしこの壁が突破されたら、今現在唯一の人類生存地域である、大阪、京都、奈良、兵庫、三重、滋賀、和歌山━━この七つの府県までも魔物に占拠されてしまう事になる。

 蛍と空は共に奈良の川西町出身だ。

 故に、家族や友人もこの壁内にいるのだ。

 この壁が突破されていたらどうなっていたのか、考えたくもない。


「でも、水を差すようで悪いけど僕以外の人達が確認してる部分の壁が無事とは限らないよ」


『はは、まぁそれはないだろ。壁の固さはどこも均一なんだろ? 人域拡張軍の空様?』


「茶化すなよ。でもまぁ、そうだよ。壁の固さはどこも変わらない。頑張ってスキル『土操作』を駆使したからね」


『それなら安全だろ。頼むから、そんな不安になるような事言わないでくれよ?』


「あぁ、ごめんごめん。でも一応極小の可能性としては存在するから……」


『うーん、まぁ分かった。急いで他のとこにも確認してくるわ』


 その言葉を皮切りに、ぶつりと回線が切れる。

 蛍はふぅ、と息を吐き出しもう一度振り返って壁の上から見える景色へと視線を向ける。

 ここは、第一防衛地区の兵庫━━つい一年前までは、隣には自然豊かな特色の岡山県が存在していた。

 だが今は、その雄大な自然は見る影もない。

 進行してくる魔物に草木は踏み倒され、山は荒らされ、見るも無惨な姿になっている。


 だが、それよりも『今』を認識させられるのは━━


「やっぱりもう、世界は変わったんだな……」


 蛍の目線の先に写るのは、倒壊したビル郡とコンクリートが捲れ上がったむき出しの大地━━さながら、人類滅亡後の地球のような光景。

 こんな冗談みたいな光景が、僕たちの今だ。


 はは、と乾いた笑いを浮かべてくるりと背中を向ける。


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