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すべてが終わって、始まった日

今日は一時間おきに六話まで投稿していきたいと思います!

 

 2045年12月25日クリスマス。

 きらびやかなネオンが町を照らし、キリストの生誕を祝う神聖な日。


 皮肉なことに、その日世界は滅亡した。

 そして、生まれ変わった日でもある。


 12月25日。

 そのとき、俺はどこで何をしていたのか。


 もう、忘れてしまった。


 覚えているのはたった1人の家族、妹の春の笑顔だけ。

 俺は頭を振る。


 その後、前を見る。

 この世界は、どうしようもなく変化した。


 安寧と娯楽に満ちた世界から、暴力と絶望に満たされた世界に。


 それが、今わかった。


 視線の先にどこまでも続く瓦礫の山を見詰め、樋野 秋はそう理解した。


 ※※※※


「お兄ちゃん、ちょっと買い物付き合ってくれない?」


 学習机に向かって勉強していた俺の後ろから、妹の声がした。


 俺はその申し出を黙殺し、シャープペンシルを走らせる。

 かちかち、と時計の針が進む音だけが聞こえる。


「あれ?聞こえてない?」


 俺、樋野 秋は今、一分一秒の時間も無駄にできない。

 すべての時間を勉強に掛けないといけないのだ。


 そうしないと、高校を卒業できない。


 つまり、馬鹿なのだ。

 しかし、馬鹿とはいっても高校中退……就職氷河期のこのご時世に、それはちょっと洒落にならないことはわかっている。


 今ここで勉強をし、テストでいい点とらないと肉体労働まっしぐらだろう。根暗ゲーマーの俺に、それは厳しい。


 で、あるからしていくら最愛の妹からの申し出でも、それは難しい。かといって、きっぱり断ると、何をされるかわからないので黙殺する。


「お兄ちゃん」


 2度目の呼び掛け。

 少し声に怒気が籠っている気がする。

 怖い。嫌な予感がする。


「次呼んで返事しなかったら、ここにあるゲームソフト壊すからね」


「その脅し方はほんとにやめて」


 直ぐ様振り返った。

 脳裏に浮かぶのは、先月春が笑顔で俺のカセットを踏み砕いた光景。あれはもうたぶん一生のトラウマだ。


 妹の前で号泣したもん俺。

 ゲームソフトを壊されるのだけは、まじで勘弁。


 びくびくしながら俺が春を見ると、春はむうと不満げな声を漏らした。


「だってこう言わないとお兄ちゃん無視するじゃん。それで、買い物ついてきて」


「俺いま、試験勉強で手が一杯なんだけど……」


「息抜きだと思ってさ、ついてきてよ。私1人じゃ重くて運べないし」


「えぇ……。めんどくさい。冷蔵庫の中にあるもので、なんか適当に作ってくれたらいいよ」


「くっ、この兄は!」


 吐き捨てるように言い、右足を振り上げる。

 その着弾地点には俺のモン◯ンが……。

 全身から血の気が引いていく。

 俺は思わず叫んでいた。


「わかりました! 行かせていただきます!」


「ならよし」


 春は満足気に頷き、右足を戻した。

 その後俺のモン◯ンを棚の下まで蹴る。

 カセットはスーと滑っていき、嫌な音を立ててゴミ箱の前で止まった。


「………」


 こいつ、人のものに何て事をしやがる。

 思わず拳を握り込んでしまうが、直ぐに力が抜けた。


 妹には勝てない。

 だって俺の唯一の肉親だ。

 強く当たったり、出来るはずがない。

 それでも、思う。


 絶対こいつの育て方間違いましたよ……!

 お父さんお母さん!

 割れたモンハンのカセットを見て、涙を拭きつつそう内心で叫んだ。


 ※※※※


 俺たちの家は東京都渋谷、その大都会の隅の方にある。


 名高い東京渋谷と言えど、端っこの方はわりかし落ち着きがある。

 大通りには高層ビルが立ち並んでいるが、裏道に入ればなんの変哲もない片田舎の光景だ。


 俺たちは見慣れた道を歩き、スーパーに到着する。

 自動ドアを潜り、きらびやかな内装に目を眩ませながら、かごを取る。妹は真剣に悩みつつ、かごにどんどん入れていく。


 かごの中を見ると、そこには俺の好物ばかりが入っていた。

 今日の夕食を楽しみにしつつ、俺たちは会計を済ませる。


 ドアを潜り、外に出ると空は茜色に染まっていた。


「日が暮れるの早いね」


「あぁ、もう冬だし」


「それにしても、まだ四時なのに早すぎない?」


「こんなもんだよ」


 内容のない頭からっぽな会話。

 俺は春と、こんな他愛もない会話をするのが好きだった。


 頭からっぽなまま、口先だけで春と会話をしていると、ふと思い出した。


「そういえば、今日ってクリスマスだよな」


「うん。そんでお兄ちゃんの誕生日でもある」


「あ、すっかり忘れてた」


 と、そこまで話してて急に悲しくなった。

 なんでクリスマスに妹と買い物いかなきゃいけないんだよ……。


「ていうか、お前クリスマスなのに俺と買い物なんかしててよかったのか?」


 妹は中学3年生。中学校生活最後の年だ。

 普通、彼氏とかと過ごすんじゃないのか?


「うん、私彼氏いないし。なんかモテないし……」


 悲しげに春はそう口に出す。

 モテないという言葉に、俺は少し驚いた。

 贔屓目なしに見て、春は可愛い。


  強いて上げるなら、原因は性格……かなぁ?


 荒々しいというか男勝りというか、とにかく春はあまり女の子らしくない。ファッションにもあまり興味ないみたいだし。

 だからか?


  ……ていうか、それくらいしか理由が思い浮かばない。

 普通に可愛いし。


 ……ヤバい。俺かなりキモいな。

 自分で自分のシスコンぶりに少し眩暈。

 だが、恥じたりはしない。

 家族を大切にして何が悪い。


 まぁともかく、春は可愛い。

 彼氏がいないのは、男に見る目がないからだ。これ結論。

 などと、またもや気持ち悪い方向に考えがいっていたその時。


 ━━それは突然やって来た。


「あれ?」


 隣で、春が疑問の声を上げる。

 そして、空を見上げる。


「どうしたんだ?」


「なんか聞こえない?」


 耳を澄ます。聞こえるのは車の走る音。クリスマスソングの音。笑い声。自転車を漕ぐ音。そして、ノイズのような音。


 ノイズのような音━━それは、ピシピシと鼓膜を叩いているような軽い痛みと共に聞こえてくる。


 次第に、その音は大きく鳴ってくる。

 どんどんと音が大きくなって━━━


『ザッザザザァァァ━━━』


 日常の音が全て飲み込まれ、

 砂嵐のような音だけが脳裏に響いた。


「ッ! なんだ……これ?」


 思わず耳を塞ぐ。

 しかし、一向に音は収まらない。


 まるで脳の一部にこの音を捩じ込まれたみたいに、一向に消えてくれない。


 隣を見ると春は苦痛に顔を歪め、耳を塞いでいた。

 痛みに顔をしかめつつ、辺りを見渡す。


 誰も彼もが耳を抑え、へたりこんでいた。


 ━━異常だ。

 なんだこれ?何が起こってる?

 わからない。なんだよ。なんなんだ。

 怖い。意味がわからない。

 何もわからない。

 自然と呼吸が荒くなり、足が震えてきた。

 皆と同じようにうずくまってしまいたい。


 怖い━━━誰か━━


『━━━プツンッ』


 テレビの電源の切れるような音。

 それが聞こえた。


「え?」


 思わず、呆けた声を出す。


「あれ?」


 何も━━聞こえない。


 隣で春が、パクパクと慌てたように口を閉口させている。


 俺は「なんて?」と聞き返すが、春はそれも聞こえていないようで、一方的に話し続ける。


 しかし、直ぐに音が聞こえないのは自分だけじゃないと気付き、驚愕の表情を浮かべた。


 そして、春の目端にじんわりと涙が浮かぶ。

 静寂。凪の海のような静けさが、俺の全身を包み込むような錯覚がした。


 ━━と、その時。


『こんにちは、人類の諸君』


 声が聞こえた。

 その声はこの音の消えた世界で、唯一聞こえる音だった。

 驚愕に目を見開く。


 このなんとも言えない感覚。

 言うのなら、頭の中に直接声が届いているような━━。

 ふと、テレパシーという言葉が閃いた。


 俺は春を見る。

 春にも俺と同じような声が聞こえているようで、辺りを見渡したりして、声の主を探していた。


 つまり、この声は俺だけに届けられているようなものじゃなくて、もっと大きな枠組み、それこそ人類全体に届けられていると考えた方がよさそうだ。


 また、声が響く。


『あぁ、混乱しているようだね。まずは自己紹介といこう。僕は【創造と破壊の神:デリウリ】。言葉通り、この世界の創造と破壊、死と再生、いわばそんな正と負を司っている神様。お分かりいただけた?』


 茶化すような声音で、デリウリは楽しそうに言った。


 俺はあまりの出来事に、何も言えなかった。

 口を半分開き、今目の前で起きている現実を冷静に受け止めることが出来なかった。


『あぁ、もううるさいなぁ。質問は受け付けないよ。僕が今日君たちに干渉したのは、ルール説明のため。今から世界は変わるから、その説明をしに来たの』


 今から世界が変わる?

 混乱した頭で、その重要そうな言葉をなんとか拾った。


『はーい、じゃあルール説明を始めるよ』


 快活に、楽しそうに、まるで新しいゲームを始める子供のようにデリウリは声を弾ませる。


『まず、この世界は変わります。より詳しく言うのなら、『ダンジョン』と呼ばれるものが、世界に乱立するようになるんだ。

 そしてそこには、魔物と呼ばれる未知の生命体が存在している』


『ダンジョン』に、『魔物』……?


『これらは君たちが倒すべき【敵】だ。そう、いわば人類の天敵。殺らなきゃ殺られる。そんな存在。そんな化物たちはダンジョンの奥で産まれ、やがて地上に姿を表す。彼らにこの世界の武器は効かない。銃とか、そういうのね』


 銃が効かない化物?

 そんなのが俺たちを襲ってくるなんて、どうしようもないだろ。

 どう考えても殺られるだけだ。


「━━そう、だから君たちには僕たちからの『贈り物(ギフト)』を授けよう。内容は、自己測定システム通称『ステータス』に、魔物に抗うための力『スキル』だ。ステータスは君たち全員に授けよう。だが、スキルはそれを持つに値する人物だけだ」


 ……待ってくれ。

 そんなの……

 え?意味が分からない。

 現状が理解できない。

 ていうか、スキルは全員に配られない?

 そんなの……

 なまじゲームをかじっていたからこそ分かる。

 スキルなしで、自分の数倍の身体能力を誇る敵を倒すなんて、到底できるはずがない。



 ふざけんな。こんなの、絶対に死人が出る。



『━━クリア条件━━世界が元に戻る方法は一つ、これから現れるダンジョンの全攻略。それをなせば、世界から魔物が消え12月25日以前の世界へと逆行する。ただし━━』


 これから現れるダンジョンを攻略すれば、全部元に戻る……?

 なら━━。


 淡い希望を抱いた俺を蹂躙するかのように、デリウリは致命的な言葉を発した。



『死んだ人間は、二度と生き返らない(・・・・・・・・・)



 ━━ッ。

 拳を握り込む。 


 そんな都合のいい話あるわけない。


 全部クリアしたら、死んだ人間が生き返るなんて。


 当たり前だ。ダンジョンが出来た時点で、とんでもない数の死人が出ることは容易に想像できる。


 そのなかには、俺が含まれてるかもしれないし、春が含まれてるかもしれない。


 だから、もしかしたら俺が死んだとしても、俺じゃない誰かがダンジョンをクリアしてくれさえすればもしかしたら……。


 そんな一瞬浮かんだ希望にすがった。

 でも、無駄だった。


 死んだら死ぬ。


 コンティニューは無いんだ。


 俺は春の右手を力強く握る。


 ━━俺は誓った。

 何があってもこいつだけは助けると、両親の墓前で誓ったんだ。

 だから、絶対にこいつだけは。


『ははっ、面白いね。人類全てがこの状況に陥り、僕からルールを聞いている。なのに、それに対する反応は、『不信』『誓い』『闘争』『恐怖』『興奮』たった五通り……か。君たちは、本当に仲がいいね』


 心底おかしそうに、デリウリは笑う。

 そして、脳裏でパチリと指を鳴らすような音が聞こえた。


『━━僕は君たちの願いを叶えた。「こんな世界終わってしまえばいい」「この退屈な日常が終われば」「つまらない人生への刺激が欲しい」━━あぁ、なんと愚かな豚たちだ。この平和な時代を紡いできた先人達を辱しめ、それでも君たちは刺激を求めた。ならば━━━僕は僕の目的の為にそれに乗っかろう』


 まるで舞台の前口上のように、芝居がかった様子で、デリウリは声を弾ませる。


『さぁ、ルール説明は一旦終わりだ。これより、命を掛けた生存闘争を開始する! 記念すべき第一迷宮の出現場所……!それは━━━』


 視界が霞む。緊張で喉が乾く。

 頭の中で、待ってくれという言葉が何度も何度も繰り返される。


 しかし、時間は止まらない。


 前へ前へと、滅びの針を進めていく。



『日本、東京都にある渋谷━━━そこに、第一迷宮『渋谷ダンジョン』が発現する━━さぁ、滅びの始まりだ』



 ━━プツンッ。

 回線を切断するような音が聞こえた。

 瞬間、世界から音が取り戻されていく。


 悲鳴が聞こえ、次に街の中央から光の柱が昇っていくのが見えた。それは巨大なドーム状の光。


 それが、周囲の建物を包み込むようにして向かってくる。

 あまりの眩さに目がくらむ。


「━━━ッ、 逃げるぞ!」


 春の右手を掴み、全速力で走る。

 光膜のスピードは想像以上に早い。


 このままじゃ、追い付かれる!


 でも、あいつは言っていた。

 東京都渋谷に迷宮を出すと。

 なら━━、渋谷から出ることができれば……!


「うおおおおっ!」


 走る。走って走って全力で逃げる。


「お兄ちゃん、もう……!」


 春の泣きそうな声が後ろから聞こえる。

 わかってる! すぐ後ろに光膜があることくらい。

 でも、


「俺はお前を守るって、誓ったんだよ!」


 諦めきれるか……!

 どこまで走ったかわからない。


 けど、まだ後ろから光が迫ってきているのだから、渋谷からは出ていないにちがいない。


「━━ッ!見えた」


 公園を抜け、その先にある港区。

 俺はそこに向かって勢いよく春を前に押し出す。


「え?」


 春の口から唖然としたような声が漏れる。

 春は勢いよく前に転がり、そうして、渋谷と港区を分ける建物を越える。


 ━━瞬間。

 全身が浮遊感に包まれた。

 五感が消失していく。

 なんとか残った視覚を使い、最後に春を見る。

 春は泣きながら、こちらに手を伸ばしている。

 良かった。春は、助かったみたいだ。

 光はちょうど、俺と春を阻むようにして静止していた。

 安堵から、微笑む。

 しかし、春はまるで狂ったように俺の名前を叫び続ける。


「心配しなくていい。俺は必ず━━」


 ━━戻るから。

 視界が、光に包まれた。


お読み頂きありがとうございます。


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