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星の旅人  作者: 桜内帆憂太
1/1

死に損ね、死んだ。



・プロローグ

『遺書

お父さんお母さん、先立つ僕をお許しください。

僕は学校で執拗ないじめを受けています。

もう耐えることができません。なので、死にます。

今まで育ててくれてありがとう。

さようなら。』

遺書ってこういう感じでいいんだろうかと、松尾は考えた。

深夜二時、カーテンを閉めている暗い部屋の中、机のライトに照らされた松尾は頭を抱えている。

少し思いつめた後に立ち上がり、寝巻き用のパジャマを脱いだ。

箪笥からお気に入りのパーカーとジーンズを無造作に取り出す。死んだ母親が買ってくれた唯一の服だ。

黒のパーカーに袖を通すと、母親の顔が浮かんだ。

松尾は溢れる涙を拭い、淡い水色のジーンズに足を通した。

バランスを崩して慌てて棚に寄りかかる。

「今更気遣っても意味ないのになぁ…。」

松尾の父親は単身赴任でアメリカにいる。小学生の時は毎年帰ってきていたが、ここ数年全く帰ってこない。どうせ向こうで愛人でも出来たのだろうと松尾は勝手に確信していた。

松尾一人の3LDKの家に棚が揺れる音が響く。

自分なりの正装に着替えると、松尾は遺書をジーンズのポケットに仕舞い、部屋を出た。

十月とはいえ夜中ということもあり、外は寒かった。

頬に冷たい風が突き刺さる。段々と気持ちの温度も低くなっていった。

部屋に戻ろうという思いが松尾を支配していった。しかしもう決めたことだ。松尾は不確かで微かな思いを無理矢理信用し、屋上へと向かった。

ゆっくりとした音でエレベーターが昇っていく。松尾は天国への階段だと思いながら一人でニヤニヤしていた。

最上階の扉が開き、屋上へ向かう。

あらかじめ針金で開けておいた南京錠を取り外し、屋上への階段を上っていった。

屋上に上がるとより寒さが全身を襲った。あらかじめ壊しておいた柵の方へと向かう。

縁のところに両足を置き、右足の隣に書き記しておいた遺書を添える。その上に靴を乗せてしまえば立派な自殺現場だ。

真っ直ぐ前を見据えるとビル群が夜中にも関わらず煌々と光を放っていた。

松尾は再び溢れ出る涙を拭った。数ヶ月前から決めていたことなのに、いざその場面になると足は竦んで今までの思い出も蘇り、鬱屈していた感情が涙に変わって暴発していた。

拳で何度も太ももを叩き、自分を鼓舞する。

遠くの方で車の走行音やクラクションが聞こえる。この世界から消えていくのだと実感した。

いざ飛び降りようと片足を進めようとした時、後ろの方で聞き慣れない機械音が聞こえてきた。

音の出所は自分の真後ろ、遥か上空の一筋の光だった。

何かに縋るように光の真下へと移動する。この光が、今のこの環境を変えてくれるかもしれない。

松尾はまた涙が溢れていた。しかし今度は何度拭っても涙が涸れることはなかった。

「僕…まだ生きていたかったんだなぁ。」

ふと松尾は呟いた。

段々と一点の光が何なのかが分かってきた。どこかで見たような四角い物体。隕石にしてはやけに角張っていた。

そして距離が急接近する。松尾の目で認識できた物はアタッシュケースだった。

「えっ…アタッシュケース…?」

そう呟いた時にはもう既に眼前に接近していた。

松尾の頭蓋骨とアタッシュケースが直撃する鈍い音が辺りに響き、後ろの倒れこむ。

一瞬で意識が遠のいた。急に目の前が霞んでいく。アタッシュケースは破損しておらず、傷一つなかった。

なぜこの状況でアタッシュケースのことを心配しているのだろうかと考え、閉じていく瞼を必死に開けようとしていた。

すると霞んでいく目の前に灰色の謎の物体が飛び込んできた。

今度はアタッシュケースではなかった。困惑する松尾の耳に聞き慣れない音が流れ込む。

「%%$%”&’’”&%!((0(‘”%!’%!’」

おそらく誰かの声だった。しかし聞いたこともない言語だった。

「%$#%$”$%”…ああ、これか日本語って…」

急に日本語が聞こえてきた。何かを考えているようだった。

その正体が何なのかを知りたかったが、額の痛みや瞼の重さが限界に達していた。

謎を残したまま死ぬことに少し違和感を覚えたが、それは叶わなかった。

やがて脳内に走馬灯が映し出される。短い生涯だったにも関わらず様々な景色が蘇ってきた。

抱きしめてくれる愛しい母親の笑顔を思い出し、瞼を閉じた。


目を覚ますと空は薄い朝陽を含んでいた。額の鈍痛はいつの間にか消え去り、不思議と体が軽かった。

いつの間にか靴が足元に置いてあり、遺書もその上にきちんと置かれていた。

「あれ…僕死んでない…?」

生きていた嬉しさが込み上げ涙が止まらないのと同時に安心感が全身を包んだ。

しかしふと我に帰る。一体何故死んでいないのだろうか。そして夜中に目撃した謎のアタッシュケースと謎の言語を話す者…

松尾はひたすら考え込んだが、いくら頭を使っても明確な答えは出なかった。

振り返って空を見上げると真っ白な太陽が松尾を照らしていた。段々と死ぬ気持ちが薄らいでいってしまう。

「今夜でいいかなぁ…。」

綺麗に並べられた靴を履き、遺書をジーンズのポケットへ無造作に仕舞い込んだ。

太陽と真逆の方向へ足を進め、扉のドアノブに手をかける。錆び付いた金属片が手のひらに刺さった。だがそんな痛みも今日で終わりなのかと思うとふと悲しくなった。


・第一章

松尾には唯一の趣味がある。それは登校中に目の前の通行人を早足で追い越すことだ。サラリーマンや同級生、主婦や小学生を次々と追い越していくのが日課となっている。

しかしこの趣味には一つ欠点があり、短時間で学校に着いてしまうというところだ。

いつも通り伏し目がちで校門を潜ろうとする。すると右方向から声をかけられた。

「おい松尾ぉ、何学校来てんだよ。」

松尾は小声でしまったと呟いた。ちらっと横目で見ると、松尾にいつも執拗ないじめを繰り返す小野田が肩を振ってこちらに歩いてきた。

近付いてくる度にガムの咀嚼音が大きく聞こえてくる。

松尾はその場で動けずにいた。他の生徒たちが二人を避けようとカーブを描いて通り過ぎていく。

「お前が学校来たらさぁ、みんな迷惑すんじゃんかぁ。」

小野田はさっきよりも伏し目がちの松尾の顔を覗き込んだ。

アルコールの匂いとミントの匂いが混ざりあっており、松尾は息を止めていた。

「帰ってくんねぇかな?邪魔なんだよお前さぁ。」

肩を軽く叩かれ、松尾は小声で分かりましたと答えた。

小野田の静かに振り払い、見たくもない校舎に背を向けて歩き出した。

しばらく歩いていくと後ろから小野田の声がした。

「おい松尾ぉ。ちょっと付き合えよ。」

とてつもなく嫌な予感が頭をよぎり、背筋が凍りついた。尾骶骨から背骨を数匹の虫がゆっくりと歩いているような感覚だった。

再びガムの咀嚼音が大きくなる。突然後頭部を叩かれ、制服の裾を掴まれた。

「こっち来いよコラ。」


平原高校から徒歩数分のところにある平原公園。特に目立った遊具もなく、ベンチや滑り台ほどしかない。

そのため人もほぼいない。一方通行の道路に面しているため、人通りも少ない。

その一方通行の道路を松尾と小野田は歩いていた。

先頭を歩く松尾は後方を歩く小野田をチラチラ確認していた。

「早く歩けよ馬鹿。殺すぞ。」

背中に冷たい言葉が刺さり、身震いがして肩が大きく動いた。

少し歩くと平原公園が見えてきた。奥の滑り台に小野田の仲間が三人屯していた。焚き火でもしているかのような煙がもくもくと上がっている。

公園に入っていくと、小野田が三人に「よお」と声をかけた。

三人は煙草を吸いながら手で答える。

すると三人のうちの一人が松尾に気づき、立ち上がった。

「おお松尾くんじゃーん、まだ生きてんのかよー。」

その発言に小野田が爆笑する。他の三人も釣られて笑い声を上げた。公園に下品な声が共鳴している。松尾はますます顔を下に向けた。

「木戸それは言い過ぎだろー、俺らで殺すんだからよー。」

小野田がそう言うと更に笑いが起こった。木戸は煙草を深く吸い込み、松尾の顔に煙を吐き出した。白い塊が松尾の顔に直撃した。松尾が咳き込むと再び笑いが起きる。

「今日は何するかなぁ、全裸で女子トイレに特攻させる?」

四人は松尾をどういじめるかの会議を始めた。松尾は棒立ちのまま四人の会議が終わるのを待っていた。

近くにいるにも関わらず、彼らの声が松尾の耳には入らなかった。どうかこのまま解散してくれと心の中で願っていた。

しかし、それが叶うことはなかった。少しして歓声が上がり、小野田が立ち上がって松尾に近付く。なぜかニヤニヤしていた。

「今日はひたすらぶん殴ってみるわ。たまにはそういうのも盛り上がるだろ?」

小野田は松尾に笑いかけるが、松尾の表情は硬いままだった。

「じゃあ早速殺していきますか!」

小野田の声と共に後ろの三人が聞いたこともない声で叫び始めた。松尾は唇を噛み締めて目をつむった。

腕を捲り、小野田が拳を握り締める。思いっきり振りかぶって松尾の頬に拳が飛ぶ。

辺りに鈍い音が響く。しかし松尾は微動だにせずその場に立ち尽くしていた。その代わりに小野田が拳をもう片方の手で押さえながら悶えていた。

「えっ、小野田…どうした?」

先ほどまでの盛り上がりが一気になくなり、公園に静寂が訪れた。

松尾も驚いた表情で小野田を見ていた。

「おいてめぇ小野田に何しやがった!」

木戸がそう叫び、松尾に向かって走り出した。

振りかぶって松尾の腹部に拳を放つ。

すると先ほどと同じ鈍い音が鳴り、木戸が悲鳴をあげた。

「いってぇえ!!」

顔を歪ませて地面に倒れこむ。他の二人が慌てて駆け寄った。

二人以上に松尾は困惑していた。自分は何もしていないのに二人がダメージを受けているこの現状がまるで理解できずにいた。

しかしこれはチャンスだと思い、松尾はすぐさま振り返り思い切って走った。

松尾を呼び止める声が聞こえるが、気にせず走り出した。

公園を出て右に曲がると、誰かにぶつかった。

「すっ、すいません…!」

松尾は顔も見ずに謝る。今はそれどころではなかった。

一方通行の道路を逆走し、死に物狂いで駆ける。

大通りに出て安心したが、まだ不安要素が拭い切れないため、人混みをかき分けて再び走った。

しばらく走ると、いつの間にかマンションの玄関に辿り着いていた。

周囲に誰もいないことを確認し、家に戻る。

気付けば汗だくだった。体育でもこんなに汗をかいたことはないだろうと考えながら自分の家の玄関まで着いた。

すると、足元にアタッシュケースがあることに気付く。

「あれ…これって…あのアタッシュケースじゃ…。」

持ってみると少し重かった。試しに振ってみると液体のような音が少し聞こえた。

一体これは何なのかと考えていると、奥の方でエレベーターが開閉する音が聞こえた。小野田たちなのではないかと思い、松尾は咄嗟に家に入った。

鍵をかけて家の電気を点ける。リビングのテーブルにアタッシュケースを置いた。

「まぁとりあえず開けてみるか…。」

開け方がイマイチよく分からず、少し手こずった。

しばらくするとカチッという音が聞こえた。少しだけ蓋が浮く。

思い切って開けてみると、中には十本の瓶が入っていた。

透明な硝子瓶で、水色の液体が入っている。先ほどの液体音はこれかと確信した。

「なんだこれ…ソーダ?な訳ないか…。」

よく分からなかったが、とりあえず冷蔵庫に仕舞う。

すると、インターホンが鳴った。

松尾はすぐに身構える。まさかここを嗅ぎつけられたのかと思い、居留守を使おうとした。

しかしインターホンは鳴り止まない。恐る恐るドアの小窓を覗いてみる。

そこにいたのは金髪で体格の良い男性だった。まるで面識がなく、思わず声が出る。

「なんだよ、いるんじゃねぇか。」

男性の声は低かった。なぜかニヤついている。

小野田の先輩ではないかと思い、声を出さないように慌てて口を塞いだ。

「安心しろよ、俺は公園にいた奴らの仲間とかじゃねぇぞ。」

その言葉を聞いて松尾は安心した。確たる証拠はないが、なぜか見ず知らずの男性を信用していた。

開錠してドアを開ける。

「よお。とりあえず上がらせてもらうぜ。」

男性はずかずかと家に上がり込んだ。

リビングに向かう後姿を見てふと冷静になった。

なぜこの男は小野田のことを知っているのだろうか。

「あのっ、なんで公園のこと知ってるんですか…?」

すると男性は振り向き、少し笑った。

「なんでって、さっき公園の近くで俺にぶつかったろ。覚えてねぇのか。」

先ほどのことを思い出した。逃げるのに必死で顔も見ていなかった。

「ごめんなさい…本当逃げるのに必死で…」

「おかしいと思わねぇのか?」

「えっ…?」

松尾はふと男性の方を見た。

「お前、なんで殴られたのに殴った方が傷ついたと思う?」

松尾はさっきのことを思い返した。逃げることした頭になかったが、確かに何故だったのか。

松尾は再び考え始めた。

「まぁ知らねぇかそりゃ。じゃあ教えてやるよ。」

男性は一息ついてこう言った。

「お前はロボットなんだよ。」

しばらく沈黙が流れる。松尾は呆気にとられて何も言えなかった。

「なんですかロボットって…。」

「いやだから、お前はロボットなんだよ。それも他のロボットとは違うんだけどな。」

男性はテーブルをぐるぐると回り始めた。一体どういうことなんだろうか。

「殴られた時痛くなかっただろ。そして相手は傷ついた。そして殴った時の鈍い音。それはお前の体内が金属だらけだからだ。まぁ全部金属なんだけど。」

ひとしきり回り終わると、椅子に座って煙草を吸い始めた。

煙がもくもくと漂い、公園の木戸を思い出して咳き込んだ。

「お前昨晩、変な宇宙人と会っただろ。」

ふとドキッとする。なぜか自殺を咎められる気がして松尾は口ごもった。

「まぁどんな会い方だったのかは知らねぇけど。お前はその時に改造されたんだよ。」

「いやちょっと、どういうことなんですかそれ…。」

男性は左手を出すと、手のひらで煙草をもみ消し始めた。

「何してるんですか!」

松尾は思わず声を荒げる。確かにこの家に灰皿はないが他に消す方法はあるだろうと心の中でつぶやいた。

「そういう俺もロボットなんだよ。正式名称はノイドっていうんだけどな。」

吸い殻と灰を握りしめて口の中に運ぶ。男性は一瞬でそれらを飲み込んだ。

そしておもむろに立ち上がり、手首を握って手前に折り曲げた。

すると、右腕の肌が板のように展開し、複雑な機械がその顔をのぞかせた。

「うっ、うわぁ!」

「なんだその普通のリアクション。お前も同じことできるぞ。」

男性は退屈そうに言った。その機械は何の音もなく光沢を放っている。あまりに複雑な構成なため、何が何だか分からなかった。

言われた通り手首を握り、手前に折り曲げる。

すると男性と同じように肌が展開し、中から機械が出てきた。

その先端には銃口のようなものが付いている。

松尾は驚きのあまり言葉を失っていた。

「なんだこれ…僕の体が…。」

「言っただろ?ちなみに展開させた方の肘を三回叩くと元に戻るぞ。」

再び言われた通りに肘を三回叩く。すると規則的な動きを見せて機械が収納され、元の肌になった。

触ってみても違和感がなく、いつも通りの肌だ。

「そこでさ、なんで俺がここに来たかって言うと。」

男性は松尾に近付き、急に松尾の肩を叩く。

「君ね、もうすぐ殺されるよ。」


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