僕は異世界に行きたい。
この短編は以前投稿した『僕は異世界に行きたくない。』のオチを変えた別エンドVer.です。
単体でも読める内容になっていますが、通常版も読んで頂けると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n1628ez/
気が付くとどこまでも白い空間の中にいた
此処はどこ?
――此処は世界と世界の狭間です
声が聞こえる 声の方向を見ると一人の男、……それとも女か?
そもそも人なのかさえよくわからない存在がそこに在る
あなたは誰?
――そうですね、あなた方が“神”と呼んでいる存在、とでも言っておきましょうか
神様? なんで俺は此処に?
――急な話で驚かれるでしょうが、これから皆さんには異世界に転移して貰います
なんの感情も抑揚も無い声がそう告げている
まるで既に決定している事をただ事務的に連絡するかのように
異世界に転移? 皆さん??
いつからいたのか、一人だと思っていた空間には沢山の人がいる
見知った顔の連中も沢山いる あれは同じクラスの連中だ
よく見ると隣のクラスや下の学年の奴らもいるみたいだ
――どうか皆さんの力で異世界を救って下さい
勿論、全てが終わった時には こちらの世界にお返しする事を約束しますよ。
ああでも一つだけ。アチラで死んでしまったら帰って来られなくなるので
十分に気をつけて下さい――
言い終わると次第に空間が光に包まれていく
これで説明は終わりという事なんだろうか
皆、一様に困惑の色を表情に浮かべている
辺りを見回していると ふと一人の女の子と目が合った
俺が1年の頃からずっと片想いしている女の子だ
顔を青くし、目には涙を浮かべている
俺は一人 心に誓う
何が出来るのか これから何が待っているのか全然分からないけど
彼女の事は俺が守ろう たとえこの命に代えても
そして眩しい光に包まれて 次に眼を開けるとそこは――
見慣れた自分の部屋だった。
「……知ってる天井だ」
マジで異世界に召喚されちゃうのかと正直かなりビビったわ。夢にしちゃリアル過ぎんだろ……これはやっぱ昨日遅くまで異世界転生モノを読んでたせいだよな。俺も今年は受験生なんだし、ほどほどにしとかねぇと。苦笑しながら枕元のスマホを見ると、いつもなら家を出ているはずの時間が表示されていた。
「やべっ、寝過ごした!」
慌てて跳ね起きて最低限の支度だけして家を飛び出す。
「行ってくる!!」
「ちょっと、健人!! 今日は――」
母親が何か叫んでたけど、どうせちゃんと朝飯を食ってけとかそんなだろ。
折角作ってくれたのに悪いけど今はそれどころじゃない。あ、しまった弁当も忘れたわ。
寝過ごした分を取り返すべく、いつもより強めにペダルを踏み込んで
ギリギリでいつもの電車にすべり込む。ぜぇぜぇはぁはぁ、ふと車内を見ると、
廻りの乗客が怪訝な目で俺を見ていた。やべぇ、めっちゃ恥ずい。
なんか他の高校のやつらにもクスクス笑われてるみたいだし。
俺は慌てて車窓へと目を逸らし、荒くなった息を整える。
本当は1本後の電車でも間に合うのに、わざわざ俺が自転車をかっ飛ばして
この電車に乗ったのには理由がある。次の停車駅でずっと片想いしている女の子
が乗ってくるからだ。彼女とは1年生の時に同じクラスだった。入学式の日に目が
合って、そして彼女の笑顔に一瞬で心が奪われた。彼女はいつも、電車で俺に
気が付くと、笑顔で手を振ってくれる。それから学校の最寄駅まで昨日見た
TVの話とか他愛もない話をして過ごす。
2年のクラス替えで別々のクラスになってしまってからは、朝の電車での
そんな10分程度の時間が俺にとって、一日の中で一番大事な時間だった。
今日は昨日のドラマについて話そうか、それともバラエティ?
そうしているうちに次の駅に停車したのだが、珍しく彼女は乗って来なかった。
「風邪でもひいたんかな……」
電車を降りて、一人学校までトボトボと歩く。朝の電車で彼女に会えなかった。
そんな些細な事で今日一日が灰色になった気がした。学校に着き、上履きに履き替えて……そこで俺は違和感に気づく――
いつからだ? いつから会ってない?
家を出てからの記憶を一つ一つ慎重に手繰っていく。
俺は彼女に会えなかった事ばかり気にして、もっと大きな異変を見落としていた。
そう、俺は一人も会えなかったんだ、家を出てからここに着くまで、
ウチの学校の生徒に。
ふと昨日見た、やたらリアルな夢がフラッシュバックする……
胸騒ぎを覚えつつ、自分のクラスの教室に向かう。
途中、廊下にも他のクラスの教室にも人がいる気配が無い。
祈るような気持ちで扉を開けた、いつもの教室には――やはり誰も居なかった。
「まさか……昨日のは夢じゃなかった?」
教室の入口で呆然と立ち尽くしていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「お前……小林か?」
振り返った先にいたのは、担任の林田先生だった。
先生は俺を確かめると、一瞬驚いた顔をして、そして俺の前まで来てこう言ったんだ――
「今日は……開校記念日だぞ?」
「はい???」
――そうだった。
思い返せば、家を出る時、母親はこれを俺に伝えようとしてくれていたのだ。
電車の中でクスクス笑っていた他の高校のやつらは、今日がウチの高校の
開校記念日である事に気づいていたんだ。
……ああ、なんて恥ずかしい。
いっそ、俺を異世界にでも連れてってくれ!!
(完)