にゃんと鳴く虎 8
「アリア……」
「丁度いいじゃない。だって二人きりで入って、ガルが変な気を起こさないとも限らないし」
そう言うと、ほっそりとした小さな指で私の鼻を軽く押す。
いくら獣の姿をしているからと言って、私にだって理性はあるぞ、アリアよ。
「おまたせー」
戻ってきたキセノを見て目が点になる。……少年よ、それが風呂に入る格好なのか……?
私は困り果てて再び自慢の髭を軽く引っ張った。
着替えを取りに戻ったキセノの手には着替えとバスタオルの他に、黄色いアヒルの人形、水鉄砲、綺麗なガラス球、象を模した青い如雨露などが抱えられている。
「……ちょっとした戦争が出来そうな装備だね」
アリアが苦笑交じりに呟いた。
「えーっと……アリアお姉ちゃんはこっちで着替えて」
風呂場の前で立ち止まるとキセノは「女」と書かれた暖簾を指差す。
「僕と虎さんはこっちで──」
こっち、と同時に今度は「男」と書かれた暖簾を指差す。
「──着替えるから。あ。でも、お風呂の中は繋がってるから、着替えだけ別ね」
そう言えば、人間は自分の肌を異性に見られるのを嫌う生き物だったな。
私はキセノに促されるまま「男」と書かれた暖簾をくぐった。
中は小さなカゴが並べれている以外は少し大きめの鏡が置かれているだけの簡素な作りで、本当に着替える事のみを目的としている部屋となっているようだ。
私は手近にあったカゴの前で手早く上衣を脱ぎ去る。
「虎さん……服の下までふさふさなんだ……」
体は人間と同じだと思っていたのだろうか?
振り返り、ぽかーんと見とれているキセノ頭を軽く撫でてやる──。
「お腹、さわっていい?」
遠慮がちな声。自分と違う体つきに興味津々なようだ。
そういえばアリアも初めて私の裸を見たときには似たような事を言っていたな。
「いいぞ」
私の言葉を聞き、おずおずと腹筋に触れるキセノ。
「わぁ……ふかふかで気持ちいい……絨毯みたい……」
少年よ。人に対して『絨毯』と言う表現は少々失礼だと思うのだが……。
暫く撫でていたが満足したのか私から離れ、おもむろに服を脱ぎだす。
……ん?
そこで私はある事に気づいた。
服を脱いだキセノの背に描かれているのは──
──翼の……刺青?
そういえば昔、似たようなものをどこかで見たような……。
「虎さん、早く!」
私が刺青のことを考えている間に、すっかり裸になったキセノ──もちろん手には大量の『武器』が握られている──が、脱衣所と風呂場の扉を開けながら大声で叫ぶ。
扉の向こうには、タオルを体に巻いたアリアも既にいるようだ。
慌てて下衣を脱ぎ、タオルを腰に巻くと“濡れている”風呂場に一歩目を踏み出す。
……大丈夫。徐々に慣れれば怖いものではない。
「ばきゅーん」
キセノの言葉と同時に水鉄砲が私目掛けて撃たれる。勢いよく飛び出した水は見事、私の鼻先にクリーンヒットする。
「……!!」
尻尾の先から耳の先まで全身の毛が逆立つ思いだ。
思わず涙目になりそうになるのをこらえ、あくまで平静を装う。アリアはまだしもキセノにまで弱いところを見せたくない。
「さ、ガル……背中流してあげる」
そんな私の心中を知ってか知らずか、アリアは私の手をとり、檜で出来た腰掛に座らせる。
──もちろん腰掛けもしっとりとした水気で濡れている。
「一人で……」
「駄目よ、体中毛むくじゃらなんだから、タオルなんかで擦った位じゃ背中の汚れは取れないわよ」
そういうとアリアは湯桶に湯を張って、私の頭の上から勢い良く湯をかけた。
「……!!」
「僕も手伝ってあげる!」
キセノも負けじと私の頭上から如雨露で温泉の湯をかけてくれる。
──と、ほのかに甘い香りがあたりに漂う。
香りの出所に目をやるとアリアが石鹸を泡立てていた。石鹸を泡立てるその表情は実に楽しそうで……少し恨めしい。
十分泡立ったのだろう。アリアが私の背中にもたれて、キセノに聞こえない小声で呟く。
「そんな緊張しなくても、優しく洗ってあげる」
アリアの手がゆっくりと胸板から首筋の毛を優しく掻きあげる。たっぷりと水を含みすっかり重くなった毛皮に細かな泡が絡みつき、心地よい。
そのまま背中のを重点的に洗い始める。背中に感じる手は四本。優しく撫でるように……しかし、しっかりした指使いで洗っているのがアリア。
「ソフトクリーム!」
……後先考えずに勢い良く元気に洗っているのがキセノだ。
背中は彼らに任せ、私は腕と脚、そして腹部を洗い始める。
直ぐにキセノの手が頭……そして耳にも伸びてきた。どうやら背中は終了したらしい。
──たっぷり時間をかけて真っ白な泡に包まれた私は虎の縦縞がすっかり見えなくなってしまう。
「わー。真っ白……猫みたい……」
「猫ではない。白虎だ……」
今朝、アリアに言ったのと全く同じ口調でキセノを窘める。
「じゃぁ、猫さんから虎さんに戻ってもらいましょう!」
そう言うと、再び頭の上から勢い良く桶で湯をかけるアリア。
水をかけるときは一言、言ってくれると嬉しいのだが……。
私を洗い終えたアリアとキセノは手早く自分の体を洗い始める。
頭部にしか毛の無い人間は体を洗うのが楽でうらやましい限りだな。
アリアの背中を流してやりながらぼんやりとそんな事を考える。因みにアリアはキセノの背中を流している。
「キセノ君……背中に……?」
アリアがキセノの刺青に気づき口を開く。
「生まれたときからあったんだって……何かかっこいいから僕は気にしてないけどね」
「ふーん……生まれたときからあったんだ?──はい。背中終了」
アリアの言葉を聴き、元気良く湯を流し体中の泡を落とすキセノ。
私と比べると実に三分の一程度の時間で全身を洗い終えた二人と一緒に湯船に浸かる。




