にゃんと鳴く虎 7
「もしよろしければ、今晩はうちで泊まって行ってください」
ラッドの申し出にしかしアリアは慌てて首を振った。
「いけません、迷惑に──」
「『獅子と風見鶏亭』は元々、宿屋ですよ。部屋なら二階の南側が空いてますので……」
ラッドは立ち上がると厨房の横の棚から真鍮製の鍵を取り出す。
「キセノ、案内を」
柔らかだった声音は『獅子と風見鶏亭』の女将に相応しいものになる。
「こっちだよ」
キセノが二階の階段を上る。
私はテーブルに立てかけていた杖をアリアに渡し、剣を持ってキセノの後について行く。
アリアはまだ少し戸惑っているようだったが、おとなしく私の後ろについてきた。
「ここがお姉ちゃん達の部屋」
二階に上がり、廊下の突き当たり──丁度建物の南側に位置する扉の前でキセノが口を開く。
「部屋にはトイレが備え付けてるし、お風呂は一階の階段横の扉から行けるよ」
鍵穴に鍵を挿しながら矢継ぎ早に続ける。
「部屋を空けるときは僕か母さんに一声欲しいけど、いなかったらそのまま鍵を持ち出してもいいよ」
扉を開けるとよく手入れの行き届いた大きなベッドが目に飛び込んでくる。
野宿で地面に寝ることが多いので、寝床がやわらかいのは心底嬉しい。
「門限は特に無いけど、あんまり遅くに帰ってきたら他のお客さんの迷惑になるし──まぁ、姉ちゃん達は明日、サラマンドラピークに行くから早く休むんだろうけど」
部屋に入り、キセノがベッドサイドの小さな机に鍵を置く。
「鍵はここに置いておくから……それじゃ、ごゆっくり」
足早にキセノが部屋を出て行く。
扉が閉まると、途端に静寂が訪れた。
「……久しぶりのベッドだね、ガル、今日は寝心地がよさそう」
──とは言うものの。アリアはいつも私の腹の上で寝ているのだ。
正直、ベッドがあろうと無かろうと、彼女にとってはあまり関係の無い事の様に思える。
私は手にした剣を机に立てかけベッドに腰をかけようとしたのだが、アリアから不満の声が上がる。
「駄目よ、ガル……そのまま腰掛けるとベッドを汚しちゃうし……お風呂に入ってからにしましょ」
やはりそう来たか……。
「あぁ……そうだな…………」
「またそんな事言って、入らないつもりなんじゃないの?
ただでさえ野宿してるときは入れないんだから、入れるときに入っておかないと、不潔に思われるわよ?」
生憎、私は人間と違って肌に汗腺が無いのでそれほど汚れないのだ。
それに全身を覆う毛のせいで、一度濡れると乾かすのが手間だ。
「それとも誇り高き虎さんと言えど、所詮は猫科の生き物だから、水が苦手なのかな?」
く……。解っていながら私の誇りを傷つけるとは……。
「冗談よ、ガル……一緒に入ってあげる」
思わず私の尻尾がぴんと立ち上がる。
アリアを見つめると彼女は実に楽しそうにこちらを見つめていた。
こんな時私はどんな顔をすればいいのか……。
私は“無表情のまま”クローゼットに掛けてあったバスタオル二枚を掴み、着替えを入れている小さな麻の袋を肩にかけると、アリアの腰を抱き歩き出した。
キセノは一階の厨房横の扉から風呂場にいけると言っていたな。
階段を下りきったところでキセノと出くわす──。
「あれ……?虎さんとお姉ちゃん……」
そういって私が手に掴んでいるバスタオルに目をやり、再び顔を上げ
「……一緒にお風呂に入るの?」
屈託の無い笑顔で聞いてくる。
そんな飛び切りの笑顔で聞かれても、返答に困るではないか。
私が困った様子で髭を引っ張っているのを見かねてアリアが口を開く。
「そうよ。だって夫婦だもん」
こちらも負けじと飛び切りの笑顔だ。
「へー……いいなぁ……僕も一緒に入りたい」
「じゃ、キセノ君も一緒に入ろっか」
「え?いいの?やったー!ちょっと待ってて」
まさか了解が出るとは思っていなかったのだろう。
存外に喜ぶと、キセノは慌てて着替えを取りに走っていってしまった。




