にゃんと鳴く虎 6
私は肩を竦めると少年に合わしてやる。
「ぐふふ……勇者よ、その矮小なる力でこの私が倒せるとでも思っているのか?片腹痛いわ!返り討ちにしてくれる!」
「ガル!」
アリアが驚きの声を上げる。
……おいおい。まさか私が本気でこの少年に飛びかかるとでも思っているのか?
私は顔だけアリアに向け、片目を瞑ってみせる。
よくは解らないが、人間が『口裏を合わせるとき』によくやる合図らしい。
「うおーー」
少年──キセノが飛びかかってくる。
正直、あくびが出そうなほど遅い。筋は悪くないようだが、所詮は遊び半分での剣技術と言ったところか。
少年の剣が私の腹部を捉える。
「ぐぉぉぉぉぉ……」
断末魔にしてはやたらと威勢のいい雄叫びを上げて私が仰向けにひっくり返る。
「とどめだー!」
少年が私の上に馬乗りになり、更に木刀を振りかぶったその時──。
「キセノー?ご飯よー」
「はーい」
背後から聞こえてきた声に振り返って返事を返す少年。
……ここは随分と平和な街だな。
「あら?……お友達……?」
「うん!凄いかっこいい虎さん!」
キセノがまるで自分の事の様に自慢げに応える。
私は上に乗っているキセノを見上げてにやりと笑って見せた。
「よっ……」
キセノが掛け声と共に私の上から飛び降りる。
上体を起こすと優しそうな小柄な女性の姿が見えた。キセノはその女性に飛びつく。
女性は丁寧に頭を下げる。
「もしよければ、ご一緒にご飯、どうですか?キセノがお世話になったみたいですし……」
獣人を食事に招くとは……私が面食らっているとキセノがアリアの元へ駆け寄る。
「お姉ちゃんも!」
そう言うと強引に彼女の手を引く。
「せっかくだから、ご馳走になろっか、ガル?」
困惑気味の笑顔だったが、確かに彼女は笑っていた。
キセノのおかげで一気に緊張が解れたようだ。
「うちの母ちゃんの飯は最高にうまいんだぞー。
なんたってうちは村で一番うまいって評判の『獅子と風見鶏亭』なんだからなっ!」
キセノが胸をそらす。
「ガルディオンさんとアリアさんは湯治でサラマンドラピークに?」
開店を数時間後に控えた『獅子と風見鶏亭』の広めの四人掛けテーブルを囲み、キセノの母親──ラッドが口を開いた。
テーブルの上にはのルッコラの葉のサラダや、ホワイトクリームとベーコンのペンネ、鹿のロースト、ライ麦パン等が所狭しと並べられている。
「いえ。精霊契約の為に……」
「ひょっとして、お姉ちゃん術者なの?」
キセノが口を大きく開ける。
……少年よ、せっかく口に入れた鹿肉が落ちてしまうぞ。
「まだまだ駆け出しだけどね」
アリアが大皿からペンネを取り分けながらキセノに応える。
私は無言のまま鹿のローストを口に運ぶ。
赤ワインをベースとしたソースの風味が鹿肉独特の臭みをうまく消している。
……もちろん私の場合、生でもいけるのだが調理した方がおいしいと感じるのは人間と同じだ。
「まぁ、それで……湯治目的の旅の割には、随分旅慣れた姿だと思いました」
ラッドの言葉を聴き、テーブルに立てかけた大柄な剣とアリアの杖に目を向ける。
「ラッドさんは精霊契約と聞いてもあまり驚いていないようですが……」
アリアが遠慮がちに口を開く。
アリアの言葉を聴きながらライ麦パンにかぶりつく。
「ええ……そうですね。このサラマンドラピークを訪れる方の一割くらいは精霊契約が目的なので……」
駆け出しの術者は大抵、水、土、風、火、の四大精霊と契約を行う。
もちろん全てと契約を行わなければならないと言う決まりなどは無いが、契約を行わなければ必要とする術が使えない。
例えば、ここサラマンドラピークに住まう火の精霊ならば火炎球や火柱。
水の精霊の場合は湧水や水鉄砲、風の精霊は鎌鼬と風の障壁、土の精霊が地割れと大地の守りと、言った具合だ。
全ての高位精霊を従えるのは並々ならぬ努力と才能が必要だが、必要最低限の四大下位精霊を従えるのは術者としての第一歩とされている。
そしてここサラマンドラピークに住まう火の精霊『サラマンドラ』は火の精霊の中で最も位が低いとされている。
精霊契約を目的とした旅人が自ずと多くなるのも頷ける。
「その……サラマンドラってどんな精霊なんですか?」
真剣な眼差しでラッドに問いかけるアリア。
私は横からペンネを自分の皿に盛ろうとして、伸ばした手をアリアに叩かれる。
「ガル、食べすぎ」
「……そうか、すまん」
叩かれた手を軽く擦りつつアリアに詫びる。
「遠慮なく召し上がってくださいね」
ラッドは飛びきりの笑顔でそう言ってくれたが、私が遠慮なく食べると牛一頭くらいは丸々平らげてしまう事を知っての発言だろうか。
「サラマンドラは──」
すぐに真剣な眼差しに戻るとラッドは続ける。
「火の精霊の最下位に属する精霊でその姿は鬼火の様な火の玉だといわれています」
精霊は上級になればなるほど、抽象的な形をやめ、明確な生き物の姿となる場合が多い。
「火の玉、ですか……」
「ええ……これ位の──」
そう言いながらラッドは自分の前で手のひら大の形を作る。
「小さいな……ウォーティーをぶつければ簡単に消滅しそうだ」
ウォーティーとはアリアが使える水の最下位精霊の名だ。
私の呟きにしかしラッドは首を振る。
「最下位精霊、小さな火の玉と甘く見ていると返り討ちに合います。
最下位でも精霊は精霊。どうか油断なさらぬよう」
「虎さんの髭が焦げたら大変だもんね」
キセノが私の髭を指差す。
「そうだな。自慢の髭なので焦がされると困る」
……風も読めなくなるしな。
「今日、発たれるんですか?」
ラッドに言われ、私の方を向くアリア。
「……」
私は無言のままじっとアリアを見つめ返す。
「この麓の村からサラマンドラピークまでどれくらいかかるのでしょう?」
私の意志を読み取りアリアがラッドに聞き返す。
「山に不慣れな旅人の方ですと、精霊の祠までは半日と言ったところでしょうか」
サラマンドラピークは村にたどり着くための丘や森とは違い、ゴツゴツとした岩肌がむき出しの山だ。
複雑に折り重なった岩山が天然の迷路となり、必要以上に時間がかかってしまう。
「半日……今日は休んだ方がよさそうね、ガル……」
最後の確認で私に尋ねるアリア。
……私は三日三晩歩き続ける事など、造作もないのだが、それでは人間の女性であるアリアの体が持たない。
だから、旅のスケジュールは全て彼女が決めるべきなのだ。
だが、彼女は私に迷惑をかけまいとして私に合わせようとする。
「そうだな。今日はずっと歩き続けたからこれ以上は体に響く」
旅を始めて三ヶ月。
ようやく彼女は自分を労わる事を覚えたようだ。




