にゃんと鳴く虎 3
彼女は私に怯えているのだ──と。
……無理も無い。
狼の返り血を浴びた虎の獣人族。
人間が──しかも年端もよらない少女が怖がらないはずも無い。
こんな時、どうやって言葉をかけてやるべきなのか……。
冷たい雨が私の髭を伝い流れ落ちる。
しばらく思案するがいい言葉が見つからなかったので、冷たく言い放った。
「去れ。ここは貴様のように自分の身もろくに守れないような者の来るべき場所ではない」
しかし少女は動かない。
私の言葉が理解できないのか──?
「帰れ」
短く言い放つ。これくらいなら理解できるだろうか?
しかし、それでも彼女は動かない。
──と、私が再び口を開きかけたその時。彼女が始めて言葉を口にした。
「わ……私には帰る場所なんて……」
たったそれだけ言うと、遂に彼女は泣き出してしまった。
何があったかは知らないが、どうやら少女には帰るべき家が無いようだ。
「家族は?」
少女は首を横に振るばかり。
濡れた長い髪がしっとりと揺れる。
「いないのか?」
今度は首を縦に振った。
彼女は死ぬためにこの地を訪れたのだろうか?
「死にたいのか?」
彼女は一瞬、その身を震わせると涙の止まらない目で私を見上げた。
「死にたくない……でも知らず知らずのうちに私は……死を求めていたのかな……?」
「嘘だな。
死にたいのならば狼の群れに襲われたとき、なぜ悲鳴をあげ助けを求めた?」
「それは……」
私の言葉に詰まる彼女。
「生きる望みが無いのなら、自害すればいいだろう。
自害が怖いのなら私が責任を持って殺してやろう……
安心しろ、その時には痛みを味わう間もなく一瞬だ……どうだ、死にたいか?」
じっと彼女の目を見つめる。
「……生きたい……やりたい事も沢山あった……
でも私には家族も……守ってくれる人もいない。
死ぬしか無いの……だから、さあ、私を殺して!」
興味が沸いた。
生きたいと願う彼女。しかし生きるにはあまりにも弱弱しい彼女。
そのか弱い少女は生きる事で何かを私に見せてくれるだろうか……?
「ならば私が貴様の家族となり、
お前の事を守ってやろう。それでも死にたいか?」
「……か、家族……って?」
「血の繋がりの無い私とお前が家族になるには──」
私はそこで一端言葉を切り、少女の唇に自らの唇を重ね、すぐに離す。
「──伴侶しかあるまい」
少女は動かない。
自分の身に何が起きてるのか理解出来ていないのかもしれない。
「守ってもらうには当然代価が必要だ。しかし、貴様には支払うべき代価が何も無い。
だからお前には妻になってもらう。
それが嫌だと言うのなら先ほども言ったが私が責任を持って殺してやろう」
酷な選択か。彼女が私を受け入れる可能性は殆ど無い。
所詮『人間』と『獣人』は相容れぬ仲なのだ。
もし、断られても彼女を守ってやろう。私は密かに心に決めていた。
ただ、許されるなら彼女と一歩進んだ関係でいたい。
何が私をそうさせたのか、正直さっぱり解らない。
ただ、私は弱弱しく──しかし、何かを成し遂げたがっている彼女に惹かれたのだ。
「……わかったわ」
予想に反して、彼女は私を受け入れた。
こうして、アリアは私の伴侶となり──。




