にゃんと鳴く虎 22
私の横に佇むレヴィアサンを怒りに満ちた目で見つめていたキセノが苦しげに身を捩り虚空から無数の火の玉を生み出す――。
体は大きくとも、所詮はまだ年端のいかぬ子供だ。恐らくかなり無理をしているのだろう。
……もちろん、無理をしているのはキセノだけではなく。レヴィアサンをこちら側に繋ぎ止めている私にも言える事だ。
私がレヴィアサンを“こちら”側に維持する“力”を失うのが先か。キセノが竜の姿をとどめられなくなるのが先か。
私が考えを巡らせている間にキセノが生み出した火の玉はそれぞれが巨大な鳳の姿と成る。その数――八匹。
背筋を冷たいモノが流れるのを感じる。
最強八大精霊の炎を司る霊獣はフェニックスであると聞く。
まさかキセノがフェニックスを召喚できるとは考えにくいが、鳳の姿を模している以上は半端な炎ではなく、より高位の存在である事を意味する――。
――トラ君、キミ『雨虎』とか呼び出せないの?
レヴィアサンがさして切羽詰まった様子でもなく、さらりと問う。
……随分簡単に言ってくれるな。
雨虎は水精霊の中級眷属であり、鎌鼬や狐火と同等の霊獣である。
レヴィアサンからすれば下級の眷属ではあるが、ウォーティーと違って、誰もが手軽に呼び出せるような存在でもない。
私の苦々しい顔を見て全てを悟ったのかレヴィアサンが続ける。
――まぁ、トラ君に出来ないなら僕が相殺するだけ何だけど……このまま消耗戦になると不利だから……
一端言葉を切る。
不審に思い、私がレヴィアサンに顔を向けると、子供の様なとびきりの笑顔で言葉を続けた。
――ちょっと派手に暴れるから頑張って耐えてね。
レヴィアサンが目の前で複雑な印を組む。
――美しきこの世界を構成する水の力よ……
水を司る霊獣が印を組み祝詞をあげる。
よほどの大技を繰り出すつもりなのだろう。考えたくはないがキセノの技に対抗するにはそれだけの力が必要と言うことか。
……そして、その力の根源は全て私から絞り出さねば成らぬ訳か……。
――水を支配する王・レヴィアサンの名のもとに命ずる……今、一筋の流れをここに――
「グルォォォォ……!」
キセノが不機嫌に吼えるのと、レヴィアサンの詠唱が完了するのはほぼ同時――。
詠唱によって作り出された巨大な水の龍がレヴィアサンの背後に現れ、その長い体をうねり鳳へ襲いかかる。
直後、襲ってくる虚脱感。まるで体中の力が全て奪い取られるようだ。
その虚脱感を堪えきれずアリアを抱いたまま、片膝をついてしまう。
私が片膝を折った気配が伝わったのだろうか、ちらりとレヴィアサンがこちらを見やる。
……物腰や口調は穏やかだが、どこかで竜族以外を見下した雰囲気を醸し出すこいつには弱みを見せたくない。
私は自分を奮い立たせると、どうにか再び立ち上がる。
水龍は体を巡らせ次々と鳳をその巨大な口腔で呑み込む。
……四匹、五匹、六匹目まではその口に捕らえた――残り二匹の内、七匹目は水龍の太い胴に激突し霧散する。
そして八匹目は水龍をかいくぐり、アリアを両手で抱いている私の目前に迫る。
今からでは――避けきれない。
「ウォーティー!!!」
彼女が暫くは私の呼びかけには応えてくれない事を忘れて、咄嗟に叫んでいた。
私の呼びかけに呼応し、ウォーティーが半ば苛立った様子で現れた。
鳳を中心に水の槍を八本に生みだし、鳳目掛けて槍が飛ぶ――。直後、消えるウォーティー。
今度こそ彼女は今日一日、私の呼びかけには応えてくれないだろう。
鋭い水の槍に八方向から貫かれた鳳が霧散した後、向こう側でレヴィアサンが鋭い目つきでこちらに腕を伸ばし構えているのが目に入った。
何か技を放とうとしていたのだろう。
――助けが必要かと思ったけど……本当に思ってた以上にやるみたいだね、トラ君。
やはり私の事を見下していたか。
……これ以上奴に恩を着せられるのは御免だ。
――キミとは一度手合わせ願いたいね。キミなら僕の力を使いこなせるかも知れないし……
竜と言う奴は、どいつもこいつも……。
いつも薄ら笑いを浮かべていたグレンの姿が脳裏を過ぎる。
――久しぶりに楽しかったよ。また機会があれば呼んでよね。
力を使い果たし、人の姿に戻ったキセノが上から私の手の中に落ちてくるのと。
レヴィアサンが虚空にかき消されるのは同時だった。
……今回ばかりは流石に疲れたな。




