にゃんと鳴く虎 2
大粒の雨が私の鼻を濡らす。
雨は嫌いだ。それは私が猫としての属性を持っているからだろうか……?
それとも視覚、嗅覚、聴覚の全てが本来の力を発揮できなくなるからだろうか?
ともかく。
先ほどから微かに感じていた血の匂いが雨に流され消えてしまった。
「人間が森に狩をしに来ただけ……か?」
人間がこの森に近づく事はあまり無い。
しかし、無いといっても、皆無と言うわけではない。金持ちの人間が小動物を狩に来る事だってある。
ただ、それにしては血の匂いが濃かった様に思うが……。
しかし人間同士の戦ならもっと死臭がするはずだ。
匂いが消えてしまった為私はこれ以上の散策を打ち切ろうとした、その時──。
「きゃぁぁぁぁ……」
──意外に近い。
私は声のした方に向けて走り出す。
雨によって大地はぬかるみ、走るたびに泥水が跳ね上がるが、この際そんな些末な事は気にしていられない。
無造作に生えた樹林の間を縫うように走り、大きな大木を回り込んだその先で──。
──人間の少女が狼の群れに囲まれてるのが見えた。
狼は全部で六匹。か弱い人間の少女にとっては十分すぎるほど命取りになる数だろう。
「こ、来ないで……」
少女はどうやら足を痛めているようだ。
必死に逃げようとするが、足を怪我している上に既に囲まれている。狼達が少女を囲む輪を一層狭める。もう少女に飛び掛るのは時間の問題だ。
「ぐるぉぉぉぉ」
咄嗟に、威嚇の雄叫びが喉を突いて出た。
私のうなり声に怯えて逃げたのがニ匹。私を見て固まったかのように動かなくなったのが一匹。後の三匹は私の姿を確認すると私に飛び掛ってきた。
上等だ。三匹程度なら抜刀するまでも無い。
狼は群れで狩を行う生き物だ。
この三匹も例に漏れず一匹が左、もう一匹が右。
最後の一匹が高く飛び上がり真上から私を狙う。
三方向からの同時攻撃。並みの相手なら倒す事が出来るだろう。
が──。
左側から飛び込んだ一匹が他の二匹よりほんの少し突っ込んでいる。
冷静にそう判断すると体の中で最もリーチの長い脚で一匹目の肋骨を砕く。
狼は数メートル程吹っ飛び木に激突した。恐らく既に絶命しているだろう。
私はすぐに体制を立て直し、右手に迫った狼の顔面に拳を突き出す。
鼻っ柱が折れる感触が拳を通してリアルに伝わってくるのと、真上から狼が降ってくるのはほぼ同時だった。
腕を突き出したままで体制を立て直す暇は──無い。
私はほんの少し体を前に突き出すと牙を剥き出し、上から降ってくる狼の喉にめがけて喰らいついた。
交錯はまさに一瞬。側で見ていた少女にも何が起きたかわからなかったかもしれない。
狙い通り私の太い牙の下に、頚動脈の力強い躍動を感じる。
口に収まった生き物は全て獲物だ。私はそのまま万力の力で牙をかみ合わせた。
ブシュ……。
頚動脈から血か噴出し、三匹目の狼は断末魔を上げる事も無く絶命した。
鉄臭い匂いが鼻をつく。
肉食獣の悪しき性がうずく。食い殺せ──。全てを破壊しろ──。と。
理性を失いそうになるのを精神力でコントロールする。
牙で獲物を仕留めるのが好きになれない一番の理由がこれだ。自分を見失いそうになる──。
しかし幸い雨が降っている。すぐに血も洗い流され、臭いも消えるるだろう。
私は口に咥えていた狼を無造作に投げ捨てた。
ドサリ……。
仲間がボロ屑の様に捨てられた事への恐怖か。
はたまた単に大きな音がしたため、私の雄叫びの呪縛から今、逃れられたのか。
固まっていた狼が文字通り尻尾を巻いて逃げ出した。
「あ……」
少女はよほど怖かったのか、恐怖のあまりまだ固まったままだ。
ゆっくりと私が近づく。彼女はまだ震えたままだ。
手を伸ばせば届きそうな距離にまで近づいたが、相変わらず彼女の震えは止まらない。
否。逆にひどくなる一方だ。
──そこで気づいた。




