にゃんと鳴く虎 19
扉を潜るとアリアがキセノの側で心配そうに立っていた。
「ラッドさんは……?」
「鱗を持って調理場の方へ向かって行った」
「……ひょっとして飲みやすいように、竜の鱗を調理するのかな……?」
竜の鱗は堅い。
普通の仔竜ならば強靭な顎と牙で親の鱗を食べることが出来るだろうが、キセノは一見すると人間だ。
たしかにそのままでは鱗が堅すぎて摂取できないかもしれない。
しかしダイアモンド並に堅い竜の鱗を調理──調合することなど出来るのだろうか?
──と、その時。
「お姉……ちゃん?……虎さんも……?」
キセノが熱にうなされつつ薄く目を開けた。どうやら意識を取り戻したらしい。
「キセノ君!」
アリアがベッドにすがり寄ってキセノの手を強く握る。
「僕……?」
ふらふらと視線を彷徨わせ、あまり焦点の合ってない瞳で私を見た。
「試練の時が来たのかな……?」
苦しそうに続ける。
「……でもパパがいないから僕……試練を乗り越えられないかも……」
「大丈夫よ、キセノ君。お姉さんと虎さんがサラマンドラピークに住むドラゴンから鱗を貰ってきたから……」
弱気になるキセノの手を握り強く励ますアリア。
「……凄いや、お姉ちゃん……僕も元気になったら……お姉ちゃん達と一緒に冒険……したいなぁ……」
「……」
しかしアリアはキセノの言葉に対して沈黙で答える。
──決して。
楽しい旅では無いのだ。
否。恐らくは、過酷で傷つき……あるいは絶望だけが待ち受けているかもしれない。
たとえキセノを励ますための軽い口約束とは言え、そんな茨の道へキセノを引き込むような真似は出来ない。
だからアリアは無言で答える。
「きっと凄い冒険が……待ってるんだろうなぁ……」
キセノの頬を一筋、涙が伝い落ちた。
──あの子を必要とする人間がいる、という事をあの子に教えてあげてください。
ラッドの言葉が胸を掠める。
「……いいぞ。連れて行ってやる。お前の力が必要だ、キセノ!」
「ガル!?」
アリアが非難の声を上げる。それでも私は何かに突き動かされるように言葉を続けた。
「だから──こんなところでおしまいだと思うなよ。
何が何でも、試練に打ち勝て!……虎さんと約束、できるな?」
理由のわからないこの感情は、おそらくアリアを拾った時と全く同質のモノだ。
「本当……?
虎さんやお姉ちゃんと……一緒に冒険出来るなんて、……嬉しいな……」
苦しそうに呟く。
──と、不意に入口の扉が開く。
ラッドが静かに部屋に入ってきた。その手には盆が握られ、盆の上には小さな水差しとガラスのコップさらに乳鉢、そして糖衣が数枚。
乳鉢の中には赤く輝く粉末が入っている。恐らく竜の鱗を粉末状にしたものなのだろうが……
私の視線に気づいたのか、ラッドが口を開く。
「月桂樹の葉とドラゴンの鱗を一緒に煮込むとやわらかくなると主人から聞いております」
「……」
「……」
短い沈黙が辺りを支配する。
絶対の防御を誇る竜の鱗を無効化できる画期的な方法だが『煮込む』となると実践では使えないな……。
私はそう考えながらアリアの方を向くと何やら釈然としない表情を浮かべている。
そっと聞き耳を立てると「何で月桂樹と煮込むと……?」と呟いているのが聞こえた。
どうやら彼女は彼女で何か別の事を考えていたようだ。
「……と、とにかく」
沈黙を打ち破り、アリアが声を出す。
「早くキセノ君に鱗を──」
アリアに急かされラッドが粉末状になった鱗を糖衣に包む。
「さぁ、キセノ……」
そう言うとラッドはキセノを優しく抱き起こし、糖衣と水差しを手渡した。
「ん……」
苦しそうに呻きつつ、何とか水で糖衣を飲み下すキセノ。
「これで……すぐに良くなるよ……ね?」
心配そうにキセノを見つめるアリア。
鱗を摂取してからその作用が現れる迄どれ程の時間がかかるのか。
大人になるだけでも160年という長い時間が必要な生き物だ。我々の物差しでは測りきれない時間の中に生きている。
効果が現れるのは1分後か1時間後か1日後か……はたまた1年後か。
「暑いよ……」
額に玉の様な汗の滴を浮かべたキセノが呻く。
気のせいか、呼吸も一層荒くなった様に見える。
「体が……熱い……」
うわごとのように繰り返す言葉。
創作意欲爆上げにつき、地獄の底から舞い戻ってきました。
もうしばらくお付き合いいただけると幸いです。




