にゃんと鳴く虎 18
生まれたての朝日を浴びたサラマンドラピークの街並が朝もやに包まれる。
まだ気温が上がっていないせいか獣毛の生えた私ですら少々肌寒く感じる。
アリアの方を振り返ると、彼女は私の外套に包まりそれほど寒そうではないようだ。
「早く帰って温泉に浸かりたいものだな……」
ポツリと呟いた私の言葉にアリアが笑う。
「ガルが自分からお風呂に入りたいなんて……雨でも降らなきゃいいけど……」
アリアが大げさに空を見上げてみせる。
時間が早いせいか、街を行く人の姿は殆ど無い。
私達は閑散とした通りを歩き、キセノとラッドが待つ『獅子と風見鶏亭』を足早に目指す。
「キセノ君元気になるといいね……」
「大丈夫、元気になるさ……ただ……」
言い淀む私を見上げるアリア。
「グレンさんの……最後の台詞?」
「何事も無ければ言いのだが……」
話をしながら歩いていると宿の前に立っているラッドの姿が見えた。
昨日から一睡もしていないのだろうか、顔色があまり優れない。
それでも私とアリアの姿を確認するとにこやかに出迎えた。
「お二人とも無事で何よりです……」
「はい。無事に精霊契約も出来ました……それに、ちゃんとドラゴンから鱗も貰ってきました」
そう言いながらアリアが背中に背負った麻袋から赤く輝く鱗を一枚取り出しラッドに手渡す。
「本当にありがとうございます。なんとお礼をしていいものか……」
「お礼なんて……むしろ私がキセノ君にお礼をしないといけないくらいで……」
ラッドは不思議そうな顔をする。
アリアの心情の動きを知る者ならアリアの言葉の意味が解るがそうでなければラッドの反応がむしろ普通だろう。
「とにかく、徹夜でお疲れでしょう……部屋でゆっくり休んでください」
そういいながらラッドが玄関の扉を開ける。
「気持ちは嬉しいのですが……その、キセノ君の側にいさせてください」
アリアはそう言うとラッドに鱗を渡し、キセノの部屋に向かう。
ラッドは鱗を受け取り、やや当惑した表情を浮かべアリアの背中を見送る。
「御仁が思っている以上に──」
私はラッドの傍らに立ち、同じくアリアの背中を見つめつつ言葉を続けた。
「──アリアはキセノによって救われたのだ」
「あの子が……?」
アリアから視線を外し私の顔を見るラッド。
まだまだ小さなキセノがアリアを救ったなど、にわかに信じがたいと言った風だ。
「だから、アリアがキセノの側にいる事を許してやって欲しい」
そこまで言って、ラッドに向き直り深く頭を下げた私に対してラッドが狼狽の声を上げる。
「どうか、頭を上げてください……もし、あの子がアリアさんを救ったのならそのお礼は私ではなくあの子にしてあげてください……」
そして俯いて更に続けた。
「今まであの子は人と竜の間に生まれた異端児として生きてきました。
村の方たちは私やキセノによくしてくれます。
ですが……やはりどこかでキセノはずっと一人ぼっちでした。
竜の英知を受け継いだのか、小さいながらに自分の存在意義を問う事もありました……」
──生まれたときからあったんだって……何かかっこいいから僕は気にしてないけどね。
風呂場でのキセノの言葉だ。
口ではああ言っていたがやはり、他人と違う自分をどこかで気にしていたのだろう。
「私は自分の弱さからアーサディンと結ばれキセノを生みました……しかしそれはキセノに対して『生まれながらに誰にも必要とされていない──疎まれる存在』と、言う罪の意識を与える結果となったのです」
弱弱しく続けるラッド。
私はラッドに、降りしきる雨の中で怯えた目をして、呆然と立ち尽くすアリアの姿を重ね合わせた。
「私にこんな事を言う資格が無いのは重々承知の上でお願いします。……出来れば、『キセノへの感謝の気持ち』はキセノに直接言ってあげてください。
あの子を必要とする人間がいる、という事をあの子に教えてあげてください」
「……」
「キセノが待っています。頂いた鱗を調合してきます」
顔を上げたラッドはもう逞しい母親の表情に戻っていた。
お久しぶりの投稿でございます。
首をながーーーーーーくして待っていてくださった数少ない読者の皆様、戻ってまいりましたのでまたお付き合いをよろしくお願いします。




