にゃんと鳴く虎 17
大またで歩み去る私に追いすがるようにアリアが小走りで付いてくる。
「……」
グレンとサラマンドラから遠ざかることで、急速に沈黙が広がりだす。
「……」
二人の歩む足音とかすかな吐息のみが聞こえるだけ──。
「……」
先を急ぐためかいつもは饒舌なアリアが随分静かだ。
「ねぇ、ガル……」
「ん?」
暫くして、後ろから遠慮がちにかけられた声に私は立ち止まり振り替える。
サラマンドラと戦ってから、休みらしい休みも取らずに歩き続けているのだ。
そろそろアリアの体力も限界かもしれない。
「ラッドさん、キセノ君のお父さん──アーサディンさんのゲキリンに触ったのかな?」
……さっきから妙に黙っていると思ったら……そんな事を考えていたのか。
旅を始めてまだ三ヶ月だが、体力的にも目覚しい成長を遂げているようだ。
頭でそう考えながら口では全く別の事を話す。
「どうだろうな?そもそもどういう出会いだったのか聞いて無いからな……
それに、グレンの言ったことを全て真に受けるのもどうかと思うがな……」
「だって人と竜の愛よ?よっぽどの事が無ければ……」
そう言って突然黙り込むアリア。
「どうした?」
「よく考えれば、私とガルだって種族を超えて結婚してるんだよね……」
「……『よっぽどの事』があれば種族を無視して結婚する事もあり得ると言う事だな」
キセノの母──ラッド。
キセノの母としては物静かな感じだったが、『獅子と風見鶏亭』の女将としての彼女は物怖じしない、女将の名に相応しい雰囲気を纏っていた。
果たして彼女に『よっぽどの事』があったのかどうかは定かではない。
少なくとも彼女から話しかけられなければこちらから詮索するような話ではない。
「……気になるなぁ……」
雌と言う生き物はどうして他人の色沙汰に並々ならぬ好奇心を抱くのか。
私にとってはそちらの方が気になる。
気になれば聞けばいい。欲しいなら力ずくでも奪えばいい。
荒々しい獣人の一般的な考え方だ。
──だから私はアリアを自分のものにした。
私は一人呟いているアリアに背を向け歩き始めた。
「あ。ちょっと!ガルは気にならないの!?」
私が興味を失って背を向けたことが面白くなかったらしい。アリアが後ろから飛びついてきた。
……もちろんアリア程度に飛びつかれてよろめく様な私では無いが。
「ガルにはゲキリン……無いのかな?」
そういいながら私の顎を撫で擦る。
「私は虎獣人だ。鱗など生えていない」
「そっか……残念だね。もしガルにゲキリンがあればガルが私のこと一杯好きでいてくれるように、一杯触ってあげるのに……」
アリアが私の耳元で囁く。
「……」
アリアと暮らしているうちに人間らしくなったのだろうか?
彼女の耳打ちに一瞬動きが止まる。
──が、アリアは私の耳に戯れるのに夢中で私が動揺した事に気づかなかったようだ。
「疲れただろ……暫く背負ってやる」
ぶっきらぼうにそう言うと、アリアを背負って歩きだす。
「大丈夫だよ、一人で歩けるよ」
足手まとい扱いされたと感じたのかアリアが慌てて声を出し、私から飛び降りようとしたが、背中越しに太い腕でアリアをしっかり捕らえる。
「もう!本当に大丈夫なのに……」
本当は、もう少しこうしてアリアのぬくもりを感じていたかったのだ。
「なかなか面白い奴らだったな」
すっかり虎獣人と人間の女が見えなくなってからグレンは虎に傷つけられた己の前脚の鱗をを擦りつつ、口を開いた。
「……なぁ、サラマンドラのおっさん?」
「ん?」
顔を上げずにグレンは続ける。
どうやら傷つけられたのは彼の前脚ではなく、彼自身のプライドだったようだ。
「あいつら、“押さえつけられる”と思うか?」
「さて……どうであろうな?心配ならお前が行けばよかろう?」
サラマンドラのその言葉に対してグレンは肩を竦める。
「いや、僕の鱗を撥ねたんだ。多分あいつらだけで大丈夫だろ……それに……」
そこで急に口をつぐむグレン。
「──それに?」
サラマンドラが先を促す。
「……アーサディンの仔だぞ?今更どの面下げて会いに行くって言うんだよ?」
「……」
重苦しい空気が流れる。
「グレン──」
「ま、いずれにしても。あいつらのお手並み拝見とするか……」
何か言いかけたサラマンドラの言葉をさえぎる様に言い残すとグレンはサラマンドラに背を向け、ゆっくりと歩み去った。




