にゃんと鳴く虎 14
「術者のローブには精霊の加護が宿っているのだ」
「ガルの外套にだって、風の加護が付いてるじゃない?」
私は自慢の髭を指で軽く扱いた。
──全ての種族には天性より属性が備わっている。
例えば我々、虎獣人は風の属性であり、アリア達人間は水の属性である。
自分の属性をうまく利用すれば、本来では持ち得ないような力が出る事も有る。
そのため、自分の属性を高められる装備品を身につけるのも旅人や冒険者の間では通例となっている。
「術者のローブには己の術を高められるように──精霊の力を増幅する事に特化した加護が宿っている。術者が使う『術杖』を服にも応用した形だ。
対して、私の外套に宿っている風の加護は、己の防御を高める為──言い換えるなら庇護する事を目的としている。
その外套を着て風の精霊を召喚しても、召喚された精霊の力は風の加護が無い時となんら変わらない、と言うことだ」
私の言葉を真剣に聞き取るアリア。
「……駄目なんだ……そっか……もうちょっと路銀があればいい物が揃えられるのに……ね」
流浪の旅は常に路銀との戦いでもある。
立ち寄った村や街で依頼をこなして生計を立てる場合が殆どだが……もちろんいつもいつも依頼が転がり込んでくるとは限らない上、依頼を遂行することが出来ない場合も多々ある。
「足りない部分は腕と経験でカバーするのしか有るまい……」
「そうね……頑張って早くガルに一人前と認められるようにならなきゃ……」
そう言うと、アリアはゆっくりと歩き始める──。
「あれ?気のせいか……歩くのが楽……?」
言いながらアリアは体のあちこちを触ったり見たりする。
「言い忘れていたが。風の庇護は防御力を上げるだけでは無く、ほんの少しだけ体を軽くする力もある」
「ガルってばずるい!こんなの着て体重誤魔化してるんでしょ?」
……生憎だが私には『体重を誤魔化す』と、言う心理が解らない。
「大体そんな大きな体してるのに私より身が軽いってのがいつも不思議で……」
──────。
一陣の風が流れた。
私の髭がその微かな風を捉える。
隣で喋っているはずのアリアの声が遠くに感ぜられ──換わりに熱く猛る炎の息吹を強く感じる。
火の精霊サラマンドラ──。
「話の途中で悪いが、いい風が吹いた!走るぞ!」
「え?ちょっと……」
突如走り出した私の背中に戸惑いの声が投げかけられる。
「サラマンドラだ」
短くそれだけ言うと、彼女から緊迫が伝わってくる。
初めからそれだけ緊張していると、後々大変だと思うが……。
ともかく、疎らに生えた木々の間を縫うようにして一気に山を駆け上る。
──いた。
手近に有った大きな岩陰に隠れ、顔だけ出して確認する。
夜の帳の中で、爛々と輝くその姿は、ラッドから聞いたとおり小さな火の玉のようだ。
色は中心部が白っぽく、周りが深い赤色──深紅。
ふわふわと、のんきに漂うその姿はお世辞にも精霊等と言った崇高なる存在には見えない。
「──ガル」
少し遅れてアリアが私の後ろに並ぶ。
「随分早かったな?」
「ガルが貸してくれた外套のおかげで、体が軽いから……」
……今度からアリアにも風の加護が宿った外套を選んでやるか。
「──で、どう?」
そう言うと岩陰から顔を出し、サラマンドラの方を伺う。
私はアリアが見やすいように場所を入れ替わってやる。
「まだこっちには気づいて無いけどな」
「やっぱり『儀式』を執り行ってから……なの?」
顔を引っ込めると私のほうに振り返ると口を開く。
「精霊は『儀式』を重んじているからな……今は恥ずかしいだけかも知らんが、
力を持った精霊との『儀式』は腹の底から湧き上がる恐怖と、精霊にかけられる言葉のせいで武者震いものだぞ」
言いながら私の髭が軽く震える。
「ガル──!行ったぞ!右だ!」
「音の壁を越えし者──、我が呼びかけにその耳傾け賜え──」
「思ったより早いぞ、気をつけろ!」
「トライデンがやられた!誰か処置を頼む──」
「大海を治めし者──、ここに汝の力を見せ付け賜え──」
──在りし日の思い出が鮮烈に蘇る。
いつの日かアリアとの旅もそんな刺激的な物になる日が来るのだろうか……?
彼女の事を考えると、このまま平穏に旅が終わればいいと思う反面。
刺激を欲している自分がいるのもまた事実だ。
……闘争の血が騒ぐのは虎獣人の性か。
「大海の中の小さな一滴──甘露の恵み、ウォーティー」
アリアが水の精霊を呼び出し、使役する。
精霊の使役によって現れた薄い水の膜が私をアリアを包む。
膜は一瞬で見えなくなるが、見た目に見えなくとも水属性の加護がついている為、炎などの攻撃力を弱めてくれる効果がある。
水の膜が消えたのを見届けるとウォーティーも虚空へかき消すように消える──。
「水属性は扱いやすいか?」
風呂場で私を乾かすために呼び出した風の精霊はゆっくり三呼吸かかっていたが、先ほどの水の精霊はわずか一呼吸程だ。
「そうね。自分の属性だと殆ど意識しなくても呼び出せる感じ……」
これから火の精霊と戦うのに頼もしい言葉だ。
「ガル、用意はいい?」
「いつでも」
その言葉を聴くとアリアは今まで隠れていた岩の上に上り、声を張り上げる──。
「精霊サラマンドラ!汝の力を借りたくここに参った!」
アリアには似つかわしくないやや古めかしい言い方。
それに対して精霊が言葉を返す。
「笑止千万!貴様ら人間や獣人如きに貸してやる力など無い!
どうしても我がサラマンドラの力を借りたくば──
──汝の実力で以て、我をねじ伏せてみよ!」
短いやり取り。
これが儀式──。
あとは精霊の言ったとおり、力でねじ伏せるだけ。
「来るぞ!」
私の言葉に岩から飛び降りるアリア。
刹那──、先ほどまでアリアがいた場所を熱風を伴った炎の奔流が駆け巡る。
──虎さんの髭が焦げたら大変だもんね。
キセノの屈託の無い表情が思い出される。
……直撃を喰らえば、焦げる程度では済まんだろうな……。




