にゃんと鳴く虎 11
「うぅぅ……」
おもちゃの散らかった手狭な子供部屋に苦しそうな声が響く。
ベッドに横たわってからもキセノは低いうめき声を上げるばかりだ。
「……お医者さんを呼んだほうが──」
アリアがキセノとラッドの顔を交互に見やりながらおずおずと口を開く。
暫くキセノの苦しそうな顔を見つめていたラッドだが、ゆっくり顔を上げる。
「この子の背中を見ましたか……?」
まるでいつかこうなる事がわかっていたかのような、そんな静かな口調。
私は小さく頷くとラッドに応える。
「翼の様な刺青があったようだが……」
「あれは刺青ではありません……あれは、いずれ本物の翼となる、その印です……」
「本物の……翼?」
私の言葉を最後に、暫く沈黙が流れる。
ラッドはキセノの手を握り、うなだれてしまう。
まるで話すべきか、話さざるべきかを逡巡しているかのように、時折小さなため息が漏れるのが聞こえるのみ。
「…………ラッド……さん……?」
痺れを切らしたアリアが声をかける。それが最後の後押しになったのか。
ラッドは遂に口を開いた。
「この子の──キセノの母親は私なのですが……その……父親は──」
──ドラゴンなのです。
……つまりキセノは人間とドラゴンのハーフと言うことか……。
人と獣人のハーフ──ライカンスロープ──の話はよく聞くが、人間とドラゴンの間に生まれた子供など聞いたことが無い。
「竜は特殊な生き物で、子供の竜が大人の竜になる為には10年に1度、計16回、親ドラゴンの鱗を摂取する必要があるのです」
10年に1度、16回と言うことは大人になるだけで160年……ドラゴンとは全く途方も無い時間の中で生きている生き物だな。
「ですが、キセノの父親──アーサディンは既に他界しており……私は見ての通り普通の人間ですので、キセノにはまだ1度も鱗を与えた事が無かったのです」
キセノが苦しんでいるのは本来与えられるべきはずの竜の鱗を与えてもらっていないことに起因する、と言うことか。
「それで……ずっと鱗を与えられなかったら、子供の竜はどうなるんですか?」
アリアが言葉に詰まるラッドを促す。
ラッドには酷な事かもしれないが事態は一刻を争いそうだ。
「……鱗が摂取できなかった子供のドラゴンは免疫力が低下し、死に至るそうです……
「そんな……」
アリアの呟きが部屋に木霊する。
「キセノを助ける方法は何も無いのか?」
「主人からは何も聞いていません。……ただ、ひょっとすると他の竜の鱗でもキセノを救う事ができるかもしれません」
確かにドラゴンの鱗それ自体に、薬としての様々な効能が有ると聞く。
ならば親の鱗で有る必要は特に無いと言うことか。
……精霊の力を好むドラゴン族なら、恐らくサラマンドラピークにも一匹か二匹は住んでいるはずだ。
そんな私の意図を汲んだのだろうか。ラッドが更に言葉を続ける。
「今までにも旅人の方に竜の鱗のお願いをしていたのですが……ドラゴンと聞くだけで皆、話を聞き入れてはくれないので……」
言われてみれば確かにそうだろうな。
好き好んでドラゴンに近づく旅人は稀有だ。それが腕の立つベテランの旅人になればなるほど。
なぜならベテランの旅人は得てしてドラゴンの恐ろしさを身をもって体験していることが多いからだ。
「ガル──」
アリアが私の顔を心配そうな顔で見つめてくる。
そんな心配そうな顔をせずとも解っている。
「我々が竜の鱗を取ってきます」
「お心遣いは嬉しいのですが、どんな危険が待っているか……」
ラッドの表情は険しい。
当然といえば当然の反応か。生半可な腕の冒険者では下手をすると竜を怒らせ、返り討ちにあうだけだ。
「でも、このままだとキセノ君が……」
アリアの言葉に再びキセノへと顔を向ける。
キセノは相変わらず熱にうなされ苦しそうなうめき声を上げるのみ。
暫くキセノを見つめていたが、遂に心を決めたのか、私とアリアの顔を順に見つめ口を開いた。
「お願いします……ですが、くれぐれも無理をなさらぬよう……お願いします」
「そうと決まったら──」
アリアがゆっくりと部屋の扉へ歩み寄る。
「そうだな。一刻を争うようだ。今すぐ出よう」
私もアリアの後に続く。




