来るまで車で
晴れ晴れとした気分とまではいかないが、少なくとも胸のつかえはとれて、
これからは、また平穏な日々が送れると思っていたのに……。
あれから電車を乗り継ぎ、やっとの思いで家に着いてポストを見ると、そこには1通の手紙が入っていた。
住所もなく消印もない。ただ名前だけが記載されている封筒。そう、私の名前だけが。
少し気味悪く感じながらも、差出人が書いていないかと封筒の裏に目をやる。
一瞬、背筋がゾクッとして、我が目を疑った。
『友達』からだ。
妙にドキドキするのは何故だろう。ときめきとは違う。一種の恐怖感とでもいおうか。
私が電車で1時間かけて帰るあいだに、彼は車で先回りして家まで来て、手紙をポストに入れたのだろう。
気づいたのが私でよかった。もし家人が先に目にしていたら、きっと心配をかけただろうから。
手紙を持って玄関の扉を開ける前に、大きくひと呼吸ついた。
「ただいま!」
大きな声で、できるだけ元気よく努めた。
「おかえりー」
母のいつもの優しい声が返ってくる。その声にホッとした。
いつもと同じようにリビングに顔を出し、しばらく母と雑談をする。
たわいない話だが、大好きな母の笑顔を見ていると、ほっこりと安心感が全身を包み込む。
幸せなひととき。
「おなかすいた~」
「もうすぐ夕飯できるわよ」
「ふふふ。いい匂い。バッグ置いてくるね」
しばらく話してからそう言ってリビングを出る。
トントントンと勢いよく階段を駆け上がり、私は2階の自室へと向かう。
部屋の灯りをつけバッグを床に置き、ベッドに腰かけた。
あんな啖呵を切ってまで、私を置き去りにして車で帰って行ったのに、何を今更手紙に書くことがあるのか。普通はあの時点でもう『さよなら』だと思うのだが。
百歩譲って何か用事でもあるのなら、電話なりメールなりいくらでも方法はあろうに。
わざわざ手紙を、ましてや自宅のポストに直接入れにくるなんて。恋人からなら嬉しくてときめくであろう行為も、嫌なヤツからならただ鬱陶しいだけだ。もっと言えば気持ち悪い。
どうしよう。中身を見ないでそのまま捨ててしまおうか。
名前だけが書かれた封筒を見る。
嫌だけど、何を書いてあるのか確認しなければ。どうするかはその後で考えよう。
どきどきしながら恐る恐る封筒を開け、中の手紙を開いた。
『今日のことはもう気にしていない。明日、会社の帰り迎えに行くから。いつもの場所で車で待ってる。来るまで車でずっと待ってる』
来るまで車で? ここで吹き出してしまったのは不覚だった。ダジャレのつもりではなさそうだけど、ダジャレにしか見えない。恐怖の手紙であるはずなのに、あまりの文章力のなさにあきれる。この手紙をわざわざポストに? 開いた口がふさがらないとはこのことか。
ダメだ。嫌なヤツからの手紙だからか、ただ滑稽でしかない。
しかし何という強引さ。私の都合も聞かずに明日の帰りに待ってるだなんて。残業や用事があるかも、とは思わないのだろうか。その上、今日のことはもう気にしていないってどういうこと? 意味が解らない。来るまで車でずっと待ってるって言われても……。ふっ、ダメだ、また笑ってしまう。
会社の正門を出てしばらく歩いた先で、いつも待ち合わせをしていたのだが、電車で帰るにしてもその道は必ず通る道だ。
嫌だな、もう会いたくない。手紙に気づかなかったふりをして、他の門から出て違う道から帰ろうか。
はあーっ。
もう、ため息しか出ない。
つい1時間前には、晴れ晴れとした気分……とまではいかないが、少なくとも胸のつかえはとれた。
と思っていたのに、また憂鬱な時間が始まった。
これからは、また平穏な日々が送れると思っていたのに……。
お読み下さりありがとうございました。
次話「会議室にて」もよろしくお願いします!




