第118話「むしばとる」
「ふふ……これはちよちゃにプレゼント」
「!!」
レッド、カブトムシを千代ちゃんにあげちゃいました。
途端に教室が静まり返ります。
どうして静かになっちゃうんでしょ?
夕ごはんも食べてテレビを見ながらのんびりしているところです。
廊下から足音が聞こえてきます。
むー、レッドですね。
お風呂出て、拭かないで走ってます。
足音で判っちゃうんだから。
待ち伏せして……
それっ!
捕まえちゃうんです。
「こらっ!」
「ふええ、ポン姉~」
「体拭かないで出てきちゃダメでしょ!」
「えー、なんでー!」
「なんでじゃないでしょー!」
わたし、ぬれたままのレッドを抱きあげて脱衣所に戻るんです。
脱衣所ではコンちゃんとみどりがくつろいでるの。
「ねぇ、コンちゃん、困るんだけど」
「おお、ポン、どうしたのじゃ」
「レッドぬれたまんまでしょー!」
「子供ゆえ、しかたないのじゃ」
「コンちゃんがしっかりすればいいんでしょー!」
「わらわは風呂上がりの一杯を楽しんでおるのじゃ」
って、コンちゃんとみどり、フルーツ牛乳を飲んで目を細めてるの。
コンちゃん、みどりに目をやって、
「これ、みどり、おぬしがレッドを逃がすからいかんのじゃ」
みどり、ジト目でコンちゃんを見返しながらムッとしてるの。
「コンちゃん子供のせいにしたらダメだよ~」
「わらわ、子供でいいのじゃ」
「もう、神さまのくせに駄々っ娘なんだからモウ」
「ふん、わらわは神なのじゃ、勝手でいいのじゃ」
みどり、冷蔵庫からフルーツ牛乳出して、
「ほら、レッド、あんたの分よっ!」
お、みどり、やりますね。
フルーツ牛乳でレッドを釣るんですね。
「もうのんだゆえ~」
「レッド、勝手に飲んじゃったんです?」
「こーひーぎゅうにゅういただきましたよ」
「勝手に飲んでいいのかな~」
「いっぽんはもんだいないゆえ」
なんだかルールがあるみたいです、風呂上がりのは自分で取っていいみたい。
「レッド~」
「なになにー!」
「お風呂上がったら体拭かないと風邪ひいちゃうでしょ」
「むー!」
「床も水びたしになるし」
「だってー!」
わたし、レッドの体を拭きながらお説教。
でもでもレッドは体をもじもじさせて、
「てれびもみたし」
「体を拭く」
「はやくみたし」
「ミコちゃんに言うよ」
「うえ……」
コンちゃん、ムスっとした顔で、
「これ、レッド、なぜそういつもそわそわなのじゃ」
「だってー、こどもゆえー!」
「おぬしも大人しければかわいいものを」
「こどもゆえ、おちつきなしですよ」
「落ち着け、おちつけ!」
コンちゃん、レッドにチョップしてます。
でもレッドはニコニコ笑ってるの。
ブーン!
脱衣所に羽音がします。
わたし、緊張なの。
この羽音はスズメバチっぽいんです。
でもでも、ちょっと違うかな。
レッドとみどりもキョロキョロしてるの。
コンちゃんは残っていたフルーツ牛乳を飲んでから、
「ポン、そこの窓を開けるのじゃ」
「うん、いいけど」
って、窓を開けたら羽音が大きくなりました。
でもでもへっちゃら。
だって網戸があるんだもん。
スズメバチだってすぐには入ってこれないんだから。
羽音、やみましたよ。
わたしとレッド、網戸に顔を寄せると……なにかいます!
「むし! むし!」
「なにかつかまってますね」
「とってとってー!」
「はいはい」
網戸を開けて……逃げませんね。
捕まえて見れば、すごい大きなカブトムシ。
「こ、これは!!」
わたし、カブトムシの大きさ、ちょっと詳しくなりました。
なんたって、ぽんた王国で飛ぶように売れるんですよ。
このゲンコツサイズのカブトムシなら1万円でもいいかもしれません。
「す、すごい大きい!」
「ほわー、みせてみせて」
「はいはい、どーぞ」
レッドの手にあまる大きさです。
「すごいおおきいー!」
「わたしだってびっくりですよ」
コンちゃんしげしげ見ながら、
「ふむ、確かに大きいのう」
「コンちゃんもびっくりなんだ」
「うむ、これは歴史的にもすごいのじゃ」
みどりはわたしにしがみついて、
「こ、こわいわね」
「た、確かにこれだけ大きいとこわいですね」
「こわいから、逃がして!」
でも、レッドは目をランランとして、
「ちょううれしい!」
「レッド、ちょっとおかしいとか思わないんですか?」
「おおきいですよ」
「たまにカブトムシ、飛んできますよね?」
わたしの言葉にレッド、そしてみんなも黙ります。
「普段こんなのいますか?」
コンちゃんとみどりはブンブン首を横に振ります。
レッドは考えているみたいだったけど……
「しんかです、しんか!」
「し、進化?」
「てらしんかです!」
「テラ進化?」
レッド、カブトムシと一緒に行っちゃいます。
ミコちゃんに見せにいったみたい。
ああ、台所から「ガタっ」って大きな音がしましたよ。
きっとミコちゃんだってびっくりしたんだから。
みどり、わたしの服を引っ張りながら、
「外国のカブトムシとか?」
「あ、知ってますよ、ヘラクレスなんちゃらですね」
「そ、そう、それ」
「でも、さっきの、姿形は普通のカブトムシでしたよ」
みどり、黙っちゃいます。
するとコンちゃんが、
「きっと地球温暖化のせいなのじゃ」
「おお、コンちゃん、なんだか科学的~神さまなのに」
「地球滅亡前にお酒を呑んでしまわんとな」
呑みたいだけですよね、きっと。
で、朝なんです。
昨日の夜は3匹飛んできました。
ゲンコツサイズが一匹に、普通に立派なの一匹、メスが一匹。
レッドは朝から超ご機嫌なの。
「さんびきもいて、ちょううれしい~」
「3匹なんて大漁ですね」
「ですでーす!」
捕まえた3匹はザルで作った虫籠の中なの。
今はスイカの残りを大人しくお食事中です。
ミコちゃん、お弁当を持ってやって来ると、
「昨日はびっくりしたわ」
「あ、大きな音したもん」
「私もカブトムシは見て来たつもりだけど……これはちょっと……」
「ミコちゃんも虫は苦手?」
「ううん、別に……」
「でも、びっくりしてたよね?」
「うん……だってこんなに大きいのよ」
「だ、だね……」
ミコちゃん、どこからともなく虫籠を持ってきて3匹を移すと、
「はい、レッドちゃん、学校に持って行くのよね」
「はーい」
レッド、虫籠に顔を近付けて、
「むしばとるでかちまする~!」
「!!」
むしばとる!
男子がやってますよ。
この大きいのなら、余裕で優勝しそうです。
案の定、大きなカブトムシで男子は盛り上がっていますよ。
「ポンちゃんポンちゃん!」
「千代ちゃん、どうしました?」
「あの大きなカブトムシ、どうしたの?」
「飛んで来たの」
「夜?」
「うん」
「バケモノ級の大きさ」
千代ちゃんは真面目な顔です。
「ねぇねぇ、千代ちゃんもカブトムシ、好きなの?」
「別に?」
「だって、興味あるみたいだし」
「男子があれだけ騒いでいると……あの大きさはすごい」
「わたしも昨日はびっくりしました」
で、わたしと千代ちゃんで男子の方を見ます。
ああ、また一匹、レッドカブトに弾き飛ばされました。
男子達の目が、ある一人に注がれます。
視線の先にはポン吉。
「しょうがないな、オレ様の出番かよ!」
ポン吉、どこからともなく虫籠を出して、
「レッド、勝負だっ!」
「どろー!」
「ドローじゃねーよ」
ポン吉、レッドをチョップしながらカブトムシを出します。
「覚悟しやがれ、おいらのタイホウは無敵っ!」
ポン吉のカブトムシはタイホウって名前だそーです。
「ねぇねぇ、レッド、カブトムシに名前、付けてないんですか」
「ふええ……つけてませんね」
「あっちはタイホウだって」
「タイホウ……きょじん・たいほう・たまごやき……たべもの?」
違うと思いますよ。
「むむ、なまえですか……」
「なんにしますか?」
「いだいすぎてつけられません」
「言われればそうですね」
「かぶとむしのなかのかぶとむしです」
って、そんなレッド発言にポン吉が、
「デクノボウがっ!」
ああ、今のはレッドでも怒りますよ。
二人の視線が火花散らしてるの。
切り株のリングにあがる2匹。
ポン吉のタイホウはレッドのカブトムシよりずっと小さいけど弾き飛ばされません。
むむ、小さいけどすごい強いみたい。
みんながポン吉の方を見たのはこれなんですね。
テレパシーで聞いちゃうんです。
『ねぇねぇ、ポン吉』
『なんだよ、ポン姉、今忙しいっ!』
『ポン吉のカブトムシ、強~い』
『タイホウは無敵だいっ!』
『売り物を持ってきていいのかな~』
『こいつは山に獲りに行ったんだいっ!』
『へぇ、そうなんだ』
むむ、ポン吉のタイホウは野生の戦士なんですね。
でも~
タイホウがレッドのカブトムシの下にツノを入れましたよ。
そのまま持ち上げ……無理です、全然持ちあがりません。
体格差ってヤツですね。
レッドのカブトムシ、脚が伸びきっていたけど……
「!!」
伸びきった脚を踏ん張ったら、逆にタイホウが浮いちゃいます。
勢い弾き飛ばされました。
「あー!」
みんなの声、ポン吉は呆然としてるの。
「やったー!」
レッドは小躍りして喜んでます。
「レッド時代到来ですね」
「すごい強い」
隣で見ていた千代ちゃんももらしていますよ。
「ちよちゃー、みてた?」
「見てた、すごーい」
「ふふ……これはちよちゃにプレゼント」
「!!」
レッド、カブトムシを千代ちゃんにあげちゃいました。
途端に教室が静まり返ります。
「キャー!」
今まで遠巻きしていた女子達が「キャー!」??
「おおー!」
男子達が目を丸くして「おおー!」??
千代ちゃんもびっくりしてます。
ってか、赤くなってどうしたんでしょ?
『ねぇねぇ、千代ちゃん、どうしたの?』
『もらっちゃった』
『よかったですね』
『えっと……どうしていいのやら』
千代ちゃん、困ってるみたい。
『どうしたの?』
『えっと……大事な物をもらったら、それって、それって……』
『カブトムシ……ですよ』
『宝物をプレゼントって告白の意味で……』
『は?』
『私、レッドちゃんと結婚しないといけない!』
「はぁ?」
もう、声になっちゃいました。
わたし、千代ちゃんを引っ張って廊下に出ます。
「なんですか、それ?」
「だから、宝物をプレゼントされたら結婚なの」
「カブトムシですよ?」
「こんなに大きいの」
「……」
って、わたし達を追ってレッドも着いて来ちゃったみたい。
ニコニコ顔で見ていますよ。
千代ちゃん、レッドと視線を同じ高さにして、
「わわわ私、結婚してもいいから!」
千代ちゃん、冷静さ失ってませんか。
レッド子供ですよ、子供。
「けっこんははたちになってからゆえ~」
「じゃ、待つから」
千代ちゃん、空いている手でレッドの手を握るの。
「千代ちゃん、冷静になって!」
「男子の宝物、カブトムシをもらったからには結婚するしか……」
「そこが冷静じゃないって言ってるんですよ」
「ポンちゃん、大事な物、プレゼントできる?」
「ちょ……大事な物ってなんかちょっとエッチな……」
「真面目に言ってるのに!」
まぁ、女の子の大事なモノってなれば結婚してもらうしかないんですけどね。
レッドがくれたの、カブトムシじゃないですか。
虫ですよ、虫、バケモノ級に大きいってだけで。
千代ちゃんに冷静になってもらわないといけませんね。
「ねぇねぇ、レッド」
「はいはーい」
「わたしにはないんですか?」
「!」
「いつもレッドと一緒のわたしにはプレゼントは?」
「むー!」
レッド、残っている2匹のカブトムシを見てますね。
わたしの予想では、きっとメスをくれると思います。
最後のオスはとっておかないとですね。
「ではではポン姉にはこのかぶとを」
「!!」
レッド、わたしにオスをくれましたよ。
「ねぇねぇ、レッド、これでいいの、わたし、メスでもいいけど」
別にカブトムシが欲しいんじゃないんです。
千代ちゃんに我に返って欲しいだけなんだけど……
レッド、胸を張って、
「むしはかせとよんでくだされ」
「虫博士……」
「この3びきでいちばんはこれゆえ」
「これって……メスですよ」
「ぽんきちー!」
さっきの負けでボロボロのポン吉をレッドがゆすります。
「な、なんだよ」
「りたーんまっちです」
「でも、レッド、千代にやっちゃったじゃねーか」
「こんどはこれです!」
レッドの見せるメスカブトにポン吉変な顔してます。
「メスがオスに勝てるわけねーじゃねーかよ」
「きのうからずっと、かんさつしてるもん、これがいちばん!」
「そうか~?」
ポン吉もわたしも千代ちゃんも首を傾げます。
ムシバトルの男子達もざわついてるの。
「たたかいまする!」
「まぁ、いいけど」
早速レッドのメスとポン吉のタイホウが切り株の上にドロー!
って、タイホウ、一瞬でしっぽを巻いて逃げだしました。
「い、いきなりの戦意喪失?」
わたし、びっくりです。
レッド、胸を張って、
「よるみてたら、これがいちばんつよかったゆえ~」
「な、なんででしょうね」
「さぁ」
レッド、メスカブトを指にしてニコニコしながら、
「きっとおーら、おーらです」
「ふむ……カブトムシにもオーラ」
「あ!」
レッドの目が星になって輝いてます。
「なまえ、けっていです」
「なんて名前ですか?」
「ぽんねぇ」
「!!」
「ちいさくて、おんななのにバリつよゆえ!」
途端に男子達から拍手。
ポン吉が、
「あー、ぽんねぇじゃ、名前からして強すぎだぜ」
くーっ!
レッドを叩く……わけにいきません。
今、余計な事を言った仔タヌキが一匹いるの。
首根っこつかんで教室の外へ。
「ポン吉死ねっ!」
「わーんっ!」
「しっぽぶらーんの刑ですっ!」
「ちぎれるー!」
わたしの心はくちゃぐちゃですっ!
「村長さん村長さん、新しい人ですか?」
「あ、あの人は床屋さんなの」
「床屋さん……ってなんですか?」
「髪切ってくれる人」
わたし、床屋さんとは初めて会ったような気がしますよ。