5
地下鉄を乗り継ぎながら、ノアが追われることに怯えないように、アーロンはこまめに話しかけた。
親の愛情をあまり感じることができなかったこと、早く自立しながら医師免許を取得するのに苦労したこと、海外で医療活動をして、大変な思いをしている子供がいることを知ったこと。
「先生、修道院で育ったの?」
地下鉄の中は相手の声が聞き取りにくい。ノアはアーロンの耳元に問いかける。
「ああ。毎年クリスマスに全員分のプレゼントを持ってくる女性がいてね。サンタさんから頼まれた、なんて云ってたけど、本当は自分の母親じゃないかって、みんな思ってた」
アーロンも首を傾け、二人は寄り添って会話する。
「慈善事業を売りにしている政治家のオバサンだったとか?」
嫌味のこもったノアの推理に、アーロンは否定の表情をして見せた。
「小さい頃は気付かなかったけど、修道士達が噂してるのを聞いたんだ。その女性は年をとらない」
「うそ…」
「だからいつの間にかその女性のことをこっそり『魔女』て修道士達は呼んでいたんだ」
「今でも、その修道院には…」
「さあね。修道院を出てからは、忙しくて一度も訪ねてないな」
アーロンは虚空を見上げた。
「でも驚いたことに、大人になってからその女性にまた会ったんだ」
「えっ…?」
「中東の紛争地で修行がてら、派遣医師として活動してたんだけど、そこの先輩医師の恋人の女性がいたんだ」
「その女性が…?」
頷くアーロン。
「不思議なことに、全然変わってない様に見えたんだ」
「本当に同じ女性だったの?似てる人じゃなくて?」
「そう思って訊いてみたんだ。そしたら、オレのことを覚えてた」
「嘘でしょ」
「でも何故だろう。ノアに話してたら急に思い出してきた。懐かしいなぁ。今どうしてるんだろう。まだフーバー先生と一緒にいるのかな。会いたいな」
「先生…」
遠い目をするワイアット先生が自分を置いて行ってしまいそうな気がして、ノアは先生の腕を強く掴んだ。先生はふっと優しく笑い、ノアの肩を抱き寄せた。そして話題を変える。
「派遣医師の仕事の後、この町に来たんだ。この町のことは知らなかったけど、初めて会ったハリーが色々世話を焼いてくれて、小さな病院を開業できたんだ」
「ハリーと、仲良しだね」
ノアは楽しそうに笑った。
「―――ハリーも、先生のこと云ってたよ」
「ハリーが!?…なんて?」
「先生は、良い人だって」
ちょっと狼狽えるアーロンの目を見つめながら、ノアは云った。「―――寂しがりだから、ずっと一緒にいてあげて、って」
「そんなことを!?―――あいつ…!」
額に手をあてて天を仰いだアーロンは、しばらく固まった後、深く息を吐いた。
「ノア―――」
向き直って、ノアの手を握る。
「キミさえ良かったら、―――いや、今朝の話は、あれはアレで別、キミが勉強したい、働きたいと云うなら勿論歓迎するよ!いつまで居てくれても構わないんだ。ただ、その、その話とは別で、―――」
アーロンは目をつぶって呼吸を整える。もう一度目を開けると、ノアは優しく微笑みかけてくれた。
「キミさえ良かったら、オレの、傍にいて欲しいんだ」
―――ずっと。とは云えなかった。未来に可能性をを持った少年を、縛りつけることはできない。
「ありがとう、先生」
ノアはそう云って、小さく頷いた。見上げた瞳が熱っぽく潤んでいた。
乗り換えのために降りた駅でインフォメーションの表示を見ていると、アーロンはノアを見失った。慌てて探すと、ノアのシャツが翻って角を曲がるのが見えた。
―――まさか見つかって…!?
大きな駅で人が多い。ぶつからないように急いで歩くが、何度か見失いそうになる。
人気がなくなるとアーロンは走り出した。その角を曲がると、鉄製のドアが閉まるところだった。飛びつく様にドアノブを掴み、開ける。
「ノア!」
抱きついてきたノアは、ひとりだった。
「どうしたんだ、こんなところで」
アーロンはへなへなとへたり込んだ。
そこはバックヤードの通路らしく、コンクリートの打ちっぱなしの壁と、味気ない鉄製の階段が上下に広がっていた。一般用通路とは違い、照明も少し暗かった。
「心配した?」
腕の中で見上げるノアの目は笑っていた。
「遊んでる場合じゃないんだぞ」
一応睨んではいるが、アーロンの声は怒っていなかった。
「先生…」
アーロンの頭をそっと抱くように腕を絡め、ノアの唇が触れた。もう一度見上げるノアの目は、妖しく潤んで揺れていた。
「…ノア」
「地上に出たら、見つかっちゃうんでしょ。ボク、待てない…」
云い終わらないうちにゆっくり目を閉じて、アゴを上げる。唇は閉じていない。白い肌に形の良いピンク色の唇。コントラストに男の欲情がそそられる。ノアの背に回した手に、折れそうなほどの華奢な脆さを感じる。こんな少年に、こんな場所で、追われている身で―――。背徳感のような感覚も、彼を煽るエッセンスでしかない。
ちゅっ…と音をたてて唇を重ねながら、ノアの服の下に指を這わせる。
「…んっ…」
少年は優しい愛撫にいちいちピクリと反応する。唇を離すと耐えるように低いため息を漏らす。
「…はぁ…」
目の前にさらけ出された白く細い首に、アーロンは次に吸いつく場所を求める。舌先を強く押し付けると、少年の肩が大きく跳ねた。
「あっ…」
肋骨を下から逆撫でし、その上の小さな突起を探し当てると、ノアは思わず声を漏らした。アーロンは堪らず服を剥ぎ取り、もう一つの突起にむしゃぶりつく。快感に震えているのが、支える腕にも伝わってきた。
「せんせっ…」
吐息混じりの声に、欲望が膨れ上がる。急にノアは身を引き、アーロンの胸元に頭を押し付けた。
「もう…待てないっ」
カチャカチャとバックルの音ももどかしく、アーロンの前をくつろげる。ノアの白い手がアーロンを包み込んだ。
さかりのついた猫の様に、状況を忘れてふたりはお互いを求め合った。
更に幾つかの駅を通り過ぎて地上に出ると、アーロンは携帯で連絡を取る。
「もうすぐハリーが迎えに来るよ」
「合流して大丈夫?」
「ああ。ハリーのGPSはもう、発信解除になってるはずだから。ノアのGPS発信を感知させない為に地下鉄を使ったんだ。その間にハリーがキミのアザの情報を調べてるはず」
喋りながら、アーロンは注意深く周囲をうかがう。
「ノア」
人通りの少ない倉庫街の端。開けた空が久しぶりの開放感を与えた。遠くから従業員らしき人々の喧騒が聞こえる。それがかえって静寂を感じさせた。
「はい、先生…」
ノアの両肩に優しく手を添え、目を見つめたままアーロンがかがみ込む。彫刻のような整った顔立ち。
「キミ、体力に自信ある?」
「た、体力っ!?」
アーロンの雰囲気にどぎまぎしながら応えるノア。「―――大丈夫、たぶん…」
アーロンはフッと笑った。
「何があっても、オレの手を離しちゃダメだよ」
「…え!?」
「おいで!!」
ノアの手を取ったと思ったら、アーロンが走り出した。
取りあえず手近な建物に入ろうとして目標を定めて走り出したが、黒塗りの車が急ブレーキをかけて目の前に停まる。踵を返すが車やスーツの男達が集まってきて、もはや袋のネズミだった。
「先生…!」
囲まれる恐怖におののくノアを、アーロンは力強く抱き寄せる。その目は油断なく周囲の動きを伺っている。
「ノア、こいつら、昨夜キミを襲った奴らかい?」
「たぶん、違う。スーツを着た奴なんていなかったし、雰囲気が全然違う――大学に来た奴らが昨夜ボクを襲った奴らだと思う」
アーロンの頼もしさに勇気を得て、冷静に見渡して答えるノア。
同じスーツの集団でも、フリートウッド家のボディガード達とは雰囲気が違う。判りやすく例えるなら、フリートウッド家の方は表の仕事、今現れた奴らは裏の仕事をしている、といったカンジだろうか?
スーツの一人がアーロンの前に出て云った。
「君達の身の安全は保証する。一緒に来てもらいたい」
「信用に足るものがあるのか?」
「残念ながら、ここでは身分を明かす事すら出来ない。信じてもらうしかない」
「名前を確認しないということは、GPSで探し当てたんだな」
「まぁ、そうだ」
男がまた何か云おうとした時、銃声が響いた。その場の全員が、条件反射でそこにかがみ込む。アーロン達には良く見えなかったが、スーツの男達の後方で銃撃戦が始まったようだった。
「こっちだ!」
リーダー格の男が数人の仲間と一緒に、アーロンとノアを車の翳に誘導した。
ふたりは、身を低く保ちつつ様子をうかがっていた。スーツの男達は、獲物をよそ者に横取りされないよう、応戦の体勢で身構えている。
―――逃げるなら今だな。
アーロンはそう考え、無言でノアを促して車を離れようとした。
「動くな!」
ドスの効いた低い声に、アーロンは硬直した。こめかみに硬い金属が押し当てられると、体中からイヤな汗が吹き出す。銃声が、衝撃波まで伝わるほど近くで数発、轟いた。車の側にいたスーツの男達が、バタバタと倒れ込む。ノアはアーロンにしがみついた。
「来い!」
銃口を振って促される。その手首の揺れからも、重い鉄の塊ということが見て取れる。
チンピラ風情の男達は、大学でグルーバー達と乱闘していた奴らの仲間だろう。命じられるまま路地に入り、手近な建物に連れ込まれた。
中東時代の経験で、緊張しながらも落ち着いて歩くアーロンの耳に、後ろからヒソヒソ話す声がする。
「おい、アレ、夕べの車の男だったか?」
「違うんじゃないか?」
「夕べの車の持ち主は貴族の坊っちゃんだった。間違いない。だがコイツはゴシップ誌でも見たことねえな」
「先生」
ノアに腕を強く掴まれた。「―――ごめんね、先生を巻き込んじゃって。みんな、ボクのせいだ…」
「そんなに悲観するものでもないよ。大丈夫」
アーロンは緊張を隠して出来るだけ優しく云った。
ふたりは銃口に促され、倉庫の事務所に踏み入れる。簡素な事務机と小さなキャビネットが2台ずつ。埃っぽくて狭くて暗い部屋。チンピラ達まで入ってくると、窓が曇りそうだった。
「先生、コイツラの狙いはボクだから、隙を見て逃げて」
「ノアを置いては行けないよ」
アーロンは自分の後ろにノアを庇い、至極優しく云った。外の銃撃の音はまだ響いている。
「美しい庇い合いだな。いや、恋人気取りかな?」
ダミ声の男は下品に云った。
「そんな物使わないで、サシで勝負しないか?」
アーロンはファイティングポーズをとる。
「その細腕で大丈夫か?」
男は挑発に乗った。銃を事務机に置いて上着を脱ぐと肩を回して体を解しながら、ムキムキの腕を見せつけた。周りの男達は歓声をあげ、囃し立てる。
この男にはまず右ストレート。不意打ちに倒れたが、相手はすぐ立ち上がる。プライドを傷つけられて血が上った状態で打ち込まれた男の右腕を掴んで捻り、相手の体重を利用して床に叩きつける。すぐさま喉の急所を突くと悶絶して仲間に救助された。
「お次は?」
「ナメやがって…」
低く唸ってアーロンを睨みつける二人目の男は、間合を取りながら軽くステップを踏む。
「ボクシングか…」
今度は相手の様子をうかがいながらわざと呟くアーロン。ニヤリと笑った男のステップは前後の揺れ。
「テコンドーだ!」
叫びながら片足を高く上げた。予想していたアーロンは身をかがめてよけながら相手の軸足の膝裏を思い切り蹴り上げた。相手はドサリと倒れるはずが、狭い事務所の事務椅子に頭をぶつけ、受け身も出来ずに撃沈。
「コノヤロー!!」
激昂しながらも迂闊に飛び出せない男達は、1対1をやめて数人で踏み込もうと大声を出した。―――その時、窓ガラスが割れ、手のひらサイズのボールの様なものが投げ込まれた。
「ノア!」
アーロンは身を屈めながらノアの頭をを強く抱きしめた。大量の空気が抜ける音がして、ツンとイヤな臭いが鼻をつく。
「銃を捨てろ!」
「抵抗するな!」
「手を頭の後ろで組め!」
くぐもった声で口々に怒鳴りながら小銃を振り回すのは、突入部隊らしかった。
「壁に向かって手を突いて1列に並べ!」
涙と鼻水と咳でフラフラになりながらも、ノアにキレイなハンカチを渡し、はぐれないように、肩を抱きながら立ち上がる。
「オイ!」
黒い手袋が、後ろからアーロンの右肩を掴み荒っぽく振り向かせた。
「お前はこっちだ」
ノアの腕を掴んで強引に引っ張った。
「ノア!」
「先生!」
涙目で視界の利かない中、ノアに覆いかぶさるように引き止め、なんとか足を踏ん張る。
「お前に用事はない!―――来い!」
「やめて!―――先生!」
アーロンは突き飛ばされて、いとも簡単に転がされた。
「その子を離せ―――!」
飛びかかろうと立ち上がったアーロンの鼻先に小銃が突きつけられた。構わず小銃を掴んで追いすがろうともがくが、服を掴まれみぞおちを殴られる。煙幕でフラフラになっていたこともあり、その場にうずくまって咳き込む。呼吸がうまくいかず、死ぬかと思ったその時―――。
「ターゲットは確保したのか」
事務所の出入口の方で声がした。突入部隊と同じ様な防護マスクを付けている声。
「―――用事が済んだらさっさと―――うん?」
道を開けた突入部隊の間から覗いたコートの男は、こちらを二度見した。
「ドクター・ワイアット?」
「…」
アーロンは返事をするどころではない。呼吸が未だに整わない。構わずコートの男は続ける。
「先生!大丈夫ですか?どうしてこんな所に!?―――さあ、こちらへ」
声も出せないまま、コートの男の前に突き出されると、ノアが駆け寄って来た。ノアと突入部隊に支えられて連れ出される。倉庫ビルにいたチンピラ達は大方、突入部隊に捕まったようだった。
倉庫の通用口らしき扉の外には車が横付けされていた。待っていたスーツの男は、卒のない動作でドアを開ける。
ノアとアーロンを先に乗り込ませ、最後にコートの男が乗り込むと、ドアが閉められる。突入部隊の隊員にギリギリ見えないタイミングで男は防護マスクを外した。少し傾いてきた陽が長い影を落とす倉庫街を、車はスムーズに発進する。
「先生、しっかりして!―――可哀想に」
ノアはまだ心配してアーロンの頭を抱えるように腕を回す。そして優しく何度も撫でた。
「もう、大丈夫なんだろ、アーロン」
コートの男の声に、ノアは初めて顔を上げた。
「ハリー!?」
しかしアーロンはまだ動かない。最初から判っていたから、これっぽっちも驚かなかった。が、その態度に業を煮やし、ハリーは嫌味を込めて、
「お前らさぁ―――」
ハリーは勘が良い。この短時間でふたりの距離が急速に縮んだことに気付いていた。――てゆーか、半分抱き合ってるし。ハリーじゃなくても解るやろ!
残念ながらハリーは、デリカシーは皆無と云って良い。何か口走らないうちに黙らせる必要を悟るアーロン。
ガバッと起き上がったアーロンはハリーににじり寄った。
「うまく立ち回ってくれたな。さすがだ」
「―――だろ!」
アーロンの称賛にハリーは嬉々として云った。「アカデミー賞ものじゃない?オレ、俳優でやっていけるよね」
アーロンは片眉を上げて見せ、はしゃぐハリーを現実に戻す。
「例の件、どうだった?」
「ああ、収穫あったよ。仕組んだヤツは情報をネットでバラ撒いてる。確認できてる状況としては―――」
ハリーは長くてキレイな指を3本立てた。
「3組の組織がノアを追ってるんだな」
アーロンが言葉を引き継いだ。
「大学にも来てた、チンピラみたいな無法者」
「黒塗りの車にスーツで統一された男達」
「それと、突入部隊…か」
アーロンとハリーは視線を交わす。
「スーツの奴らは置いといて、突入部隊は―――」
「お話中すみません、ハリー様。来ます!」
会話を遮ったテオは、叫んで乱暴にハンドルをきった。不本意にもアーロンがハリーを押し潰す。
「ううっ…突入部隊は本物の『当局』の部隊だろうな。―――アーロン、肘は痛い、肘…」
「おっと、日頃の恨みが…。チップの中の情報って、何!?」
「そこがおかしいんだよな…って!―――どさくさに紛れて抱き合うなよ!!」
「グーでゴメンネ、ハリー。―――おかしいって何が?」
「お願いだから顔はやめてよ、アーロン!―――チップは位置情報を発信するだけなんだ。でも調べてみたら、当局が割って入るような発信源じゃなさそうなん…!?うわっ!」
車のリアガラスにヒビが入った。銃弾が続けて打ち込まれ、割れたガラスが三人の背後に降りかかる。誰も怪我はしていなかったが、フロントガラスも割れてしまい、オープンカーのように車内には暴風が吹き荒れた。
悲鳴を上げるノアの頭に覆い被さるアーロン。ハリーを振り返り、
「当局が、追いかける理由が解らないな!」
「ああ。ノアに、チップ埋めたヤツってどんなヤツかな?」
「やたらお金持ちみたいだった!マフィアのボスみたいなヤバい感じのヤツっ。きゃー!」
車の側面に自らの車をぶつけてきた。銃弾から守るために頭を低くしていたのは幸いだった。怒鳴るような口調で会話を続けるハリー。
「そいつから、いくらもらったの?」
「ええ!?」
「アーロン!―――ぐえっ」
アーロンが据わった目でハリーの喉に手を掛けた。―――それ以上は訊いたらノアが…。
「この車、フリートウッド家のじゃないのか、ハリー!?」
横から体当りしてきた車はそれを何度も繰り返す。
「いや俺個人のだから、防弾とか対テロとかの装備一切なし!」
「次からは考えといて!」
「解った!そーする!!」
呑気な会話を叫んでる間に、ノア側のドアがどこかに行った。横付けするチンピラの車から、乗り込んで来ようとする男を、アーロンが蹴り落とした。
「ノア、おいで!」
「きゃあ!」
ノアの足が掴まれた。ノアの体が2台の車を架け橋みたいに繋いでいる。アーロン達の車の右側にも、車が迫ってくるのがノアには見えた。
「先生っ!」
ノアはアーロンのうなじに手を添えた。「―――ありがとう…」
「ノア!」
暴走の風の中、手足を掴まれたムリな体勢で、なんとかアーロンに辿り着いたノアの唇は、掠める程度で儚く遠ざかった。直後、ハリーの座席の側から追突され、勢いでノアが飛ばされ、そのまま連れ去られた。
「ハリー!ノアがっ!テオ!あの車をっ!」
「市街に入って奴らを撒きます!」
「ノアはGPSで追える!車を換えるぞ!」
アーロンは悔しさに、前部座席を拳で叩いた。
間もなくスーツの男達の車が迫ってきて、ところ構わず銃を撃ってきたが、なんとか怪我なく市街に入り、車を乗り捨てて追手を撒いた。
夕闇が迫っていた。




