魔法のケシゴム(箱物語9)
ユウコが学校から帰るやいなや、お母さんのお決まりのセリフが飛んできた。
「宿題、ちゃんとやんなさいよ」
ユウコはしぶしぶ算数のプリントを開いた。
一問目からちんぷんかんぷんだ。
「宿題をやってくれる、そんな魔法のエンピツがあったらなあ」
ユウコつぶやいたそのときだった。
エンピツが指から飛び出して、それからクルリとまわって机の上に立った。
「ユウコさん、こんにちは」
エンピツがちょこんとおじぎをする。
「えっ、そんなあ! なんで、なんで?」
ユウコはもうびっくりだ。
「ボクって、魔法が使えるんです」
「どういうこと?」
「フデ箱さんが、魔法をかけてくれたんですよ。なんたってフデ箱さんは、魔法の力をお持ちですからね」
――魔法って?
ユウコはフデ箱を見つめた。
――まさかあ!
去年の暮れのこと。
買い物の帰り、お母さんと商店街で福引をした。
お母さんは残念賞で、ユウコは五等のふで箱。なんとそのフデ箱が魔法のフデ箱だったらしい。
「宿題、ボクにおまかせください。いつもかわいがっていただいてるお礼です」
エンピツが宿題をやってくれると言う。
――あたしってすごいわ。魔法のフデ箱を当てちゃうんだから。
願いごとをかなえてくれる、そんな魔法のフデ箱を福引で引き当てていたのだ。
「ほんと? じゃあ、やってもらおうかな」
「おまかせを!」
エンピツはクルリとさか立ちをすると、プリントの上をすべるように動き始めた。
答えがスラスラとうまってゆく。
「終わりましたよ」
息をはずませ、エンピツがもどってきた。
「すごいわ。どうして、そんなにかんたんにできちゃうの?」
「毎日、学校に行ってますからね。先生の話を聞いとけば、こんなのへっちゃらですよ」
「あたしだって聞いてるわよ」
「そうかなあ? ユウコさん、いつもケシゴムさんと遊んでばかりだけど」
「ふーん」
ユウコはとぼけてみせた。
「三角定規さん、それにコンパスさんも、ユウコさんたら、先生の話をちゃんと聞けばいいのにって」
エンピツたちの言うとおりで、ユウコは勉強がなによりも大きらいなのだ。
「では、これで失礼いたします。ご用のおりは、またいつでもどうぞ」
エンピツは魔法がとけたのか、机の上にゴロリと横になって動かなくなった。
そのときだ。
「おい、ユウコどん!」
フデ箱からケシゴムが、カカシのような顔をのぞかせた。目も口も、ユウコがラクガキしたものである。
「今日は、ワシの出番はないのかい?」
これまで一番よく働いていたのが、このケシゴムである。それに授業中、いつもユウコの遊び相手にもなっていた。
「あら、あなたも魔法が使えるの?」
「ああ、もちろんさ」
「じゃあエンピツさんみたいに、フデ箱に魔法をかけてもらったのね」
「フデ箱からだと? はなからワシは、魔法の力を持っておったわい。それも、たいした魔法の力をな」
「でもね。もうこのプリント、エンピツさんがやってくれたから、どこも消すところなんてないの」
「なに? エンピツのヤツがやっただと。そんなズルをしていいのかい!」
「大きなおせわよ」
「なあ、ユウコどん。宿題は自分でやるもんじゃ。まちがってたら、ワシが消してやるからさあ」
「あなたって、おかあさんみたい。ほんと、おせっかいなんだから」
ユウコはケシゴムのおでこを指ではじいてやった。
「おー、なんてひでえことを」
ケシゴムがフデ箱から飛び出し、プリントの上をピョンピョンとびはねる。
「宿題、もうおしまいよ」
ユウコはケシゴムをつかまえると、フデ箱の一番おくにしまった。それからベッドに寝転がり、大好きなマンガを読み始めたのだった。
「ワシの力、みせてくれるわ」
ケシゴムはフデ箱の底からはい出すと、おでこをプリントにくっつけて走り始めた。
「やってやるぞー。それ! それ! それー」
おでこの汗が飛びちり、走るほどに答えがどんどん消えていく。
「それー、やけのやんぱちじゃー」
ケシゴムはがむしゃらに走った。
どんどんこすれて小さくなっていき、しまいにはすりへって豆ツブほどになった。
それでも止まらない。
ついにケシゴムが消えた。
するとどうしたことだろう。
なぜかフデ箱の魔法の力も消えていた。
そのことをユウコが知ったら、さぞかし残念がるだろう。
でもしかたない。
このケシゴムも福引の景品。
お母さんが引いた残念賞だったのだから。