~一里霧中~ まずは自然の中で
どのくらい時間が経ったのだろう。
刹那の間だったのだろうか。
それとも相当長い時間だろうか。
ただ、瞳を開けていられるということは少なくとも生きているということだろうか。
「ん・・・っ!?」
むくりと起きてみる。
するとところどころ体の節々に痛みを訴える箇所があった。
足だったり、手だったり、頭だったり。
とにかく複数。
でも全身を動かすのになんら支障はないようであった。
額に手を当てて軽く頭をふる。
少し、意識がはっきりする。
そこで、手にヌルッとした感触を感じた。
血?
額をきったか。
そういえばところどころ怪我もしているようで・・・・
と、そこでふと気付く。
肩にかけていた抱っこひもの感触がない。どころか今気づいたけどもお腹に何もない。
「えっ?あれ?!」
赤ちゃんがいない!
「ひろ・・・・ひろ!」
慌てて立ち上がる。ぐらっと立ちくらみがして倒れそうになるがそれでもあたり一面を眺めやる。
霧がかって見づらいがやけに広い場所に出ている気がする。
けど、それはどうでもいい。
とにかく息子を探さないと。
(近くにいるはずだが)
と足を一歩進めるとざぁっと足元からの霧が動き、視界が開ける。
霧が上へ上とあがって晴れていく。
それと同時にあたりの光景が見やすくなる。
そして、眼前に現れたものは。
(これは・・・・森?)
緑の木々、高く、深く、そして巨大な根があちこちに流出していて一本一本の根だけでこけやら虫やら小さな爬虫類やらが独特の世界を作り上げていた。
(もののけの森みたい・・・・)
どこぞのアニメ映画の背景シーンを彷彿とさせる光景に思わず目を見張ったが、ぼんやりとしている暇はないことにしばらくして気づき、辺りを見回してみる。
といってもほとんど間もなく息子は見つかった。
葉や苔の緑、木々の幹や根の茶色とはまた違った独特の色合いの場所に息子は抱っこひもとともにいた。
場所、というかまるで卵のした半分をおいて、その中に入れておいたかのように安置されていた。
駆け寄って中を覗き込む。
卵の中は仄かに光っているように見えたが、粘ついているわけでもなく、さらりとしているように見え、実際に息子を抱きかかえた際に触れた感触でも特に水分めいたものは手に触れることはなかった。
ほっと、安堵の息を吐く。
「よかった、とにかくほんとうによかっ・・・!」
安堵の呟きは途中でとまり、思わず息が止まりそうになった。
息子の輪郭が、どこかぼやけて見える。
「えっ?・・・えっ?」
あわてて、息子のほほや頭を触り、抱く力をあげる。
(うん、ちゃんと、ある)
ということは、見間違いか。
自慢ではないが、自身の視力が弱視に近いのはある。だが、メガネはちゃんとかけているし、こんな間近で見間違え用はないはず。
しかし改めてみても、どうも息子の全体像がまるで靄にかかっているかのようにぼやっとして見えて仕方がない。
(いったい、これは・・・・)
不安に苛まれながら、何度も息子のほほをなぜ、次いで頭を撫でる。
髪はふわふわ、暖かくてほわっとして、そして・・・・
こめかみのあたりにこぶができている。
「うわっ、ちょ、え、だいじょうぶ?ひろ、ちょ、ひろ!」
軽くぺちぺちとほほを叩く。
小さな寝息をたてている。
見た限りはだいじょうぶのよう。
ほぅ、と安堵の息をはく。
まぁ、それ以外に外傷らしい外傷もなさそうだし、とりあえずは、どうするかを考えて・・・・
『もし・・・・もし・・・・・』
つと、声が響いてきた。
ん?と辺りを見回してみたが、誰もいない。
あるのはさっきみた自然豊かな光景のみだがそこに人影はない。
幻聴かと首をかしげていると
『もし・・・・・もし・・・・・聞こえぬのか?』
はっきりと声が聞こえだした。
といっても、それは耳に聞こえたわけではなかった。
なんというか、頭に直接響く声、というか・・・・・
うん、不思議な声。
柔らかいふわっとした声音である。反射的に声の響いた頭を触ってみた。
そのとき、とある一部に触れて手が硬直し、顔もひきつった。
もう一度、今度はゆっくり触ってみる。
爪の先で軽くつつき、刺の有無などの安全確認。それからゆっくりと指をはわせて感触を確かめたあと、コンと[それ]を爪で弾いてみた。
頭ににぶい振動がくる。そして今度は手のひらで撫で回してみて、もう片方も慌てて撫で回す。
左は完品。右は半分かけているか。
丸くひん曲がった、まるでかたつむりの殻をくっつけたような形状。
牡羊などが頭につけているのを図鑑で見たことがあるような気がするが、
まごう事なく、それは、角、だった。
軽く引っ張ってみても根元までついている。
どう考えてもくっつけたわけではなく生えている。
「え、なにこれ!?」
『ああ、聞こえたのですね。よかった・・・自身に語りかけるようなものでも、波長が、ありますから・・・』
ふわっとした声はさらにはっきりと聞こえる。
女性の声。艶のある、少しおっとりとした声。
っていうか、今妙なことを言ったような。
「って、姿は?!声はするけど・・・・おーい、誰かいるのか?」
あたり一面に声を響きわたせるが、響き渡るだけで誰もいない。
って、もぞっとお腹の方で動きが・・・・
あ、ちびのことを失念してた。
ん、うにうにとしているが、起きてはいない。
疲れかな。とにかく寝てくれているのはよかった。
少しは状況が整理できる。
これで泣かれた日にはとてもそんな余裕なんかないし・・・・
『辺りには、誰もいませんよ。ふふ、そうでしょうね』
少し疲れ気味に言われる。
うん、やはり、というか、さっきもある意味、確認の意味もあったけども、やはりというか、なんというか。
「頭に直接響いてる?」
『はい、そうですよ』
おお!、テレパスとかなにかか?ちょっとどきどきしながら、言葉を待つ。
『てれぱす?よくわかりませんが、そうではなく、今、貴方自身の体はもとは、私の体ですから・・・・』
「はっ・・・・・?」
へ?ドウイウコトデスカ?
『私の願いが叶い、魂の累積で我が身を持ちこたえることができましたこと。本当に深く御礼を申し上げたいことです』
いえいえ、こちらこそ・・・・って、何をいうてくれてはるので?
「ちょ、それってどういう・・・」
『・・・』
何か押し黙る気配。
なんだろ、話を進めたいような気配がする。
『そのとおりです。おっと、もう、あまり時間がありません』
そういう言葉とともに何かふわっとして何かが抜け落ちていく感覚が出始めた。
「え?なに?」
『時間として、言葉を伝えられるとしてあと数分かな・・・ん、いいですか、一気にいいますからしっかり心に留めてくださいね。私はこの世界では霧竜といいます。先程まで事情があって霊体までも滅びかけていましたが、魂をこめて一度だけ使用できる<呪縛の咆哮>から魂のみとなったものを引き寄せ、結果、あなた方を引き寄せ、つなぎとめることができました。お願いです。申し訳ないことですが、我が子を助ける一念で使わせていただきました。私の力はあなたへ引き継ぎ、我が子の亡骸は貴方の子へ。魂の条件の適合するものへ引き継がれますっ!』
と、一息に説明した。最後は妙に力がこもっていたが一気にいい上げたか。でも抜け落ちた感覚が半端ない。なんか消える間際って感じだ。
「え?え?」
ただ、ようはこれって・・・・転生?
『ああ、灯火が消える・・・私は、もういい・・・でも・・・せめて、この子には、・・・・生ある・・と・・・・・き・・・・・・・・・を・・っ』
ぐわっと、脱力感に一瞬襲われ、めまいを感じた。
足をよたつかせてしまったが、どうにか倒れることなく踏ん張りきった。
自分だけなら倒れただろうが、こども背負ってるんだから倒れるわけには行かない。
「ちょっと、ちょっと、もう少し実のある説明は?」
きょろきょろと辺りを伺いつつ、声をあげたが、もうなんの返事もなかった。あとは大自然の光景が目の前に広がっているだけだった。
「・・・」
あー、もう何も聞こえない状態。
どうしよう?力も一緒に引き継がれたみたいだけども、そもそもどんな力があるのかもわからない状態で放り出されるってどんだけ?って感じ。
でも
何となく、文脈より、死ぬ直前まで、こどものことを親身に考えていたところには共感を覚える。
だって、もしも今、お腹のところで『プー、スー』と穏やかに寝息をたてておりこの子がいなくなったらと思うと・・・・・
寒気と怖気と恐ろしいまでの虚脱感に襲われる!!
うん、まぁ、転生系の物語は好きだし、子供のためとはいえ、こうして生を授かってちょっとした(?)冒険っぽいことができそうだし、うん、このあとは自由に行動して、今後のことを考えて・・・・・
「はぁ、とにかく、森から出ないと、かな」
ため息混じりにやけ笑いして。