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愛拶グール名称決定会議

「第一回ィ! アイグー名称決定戦!!」

 主任が吠えた。なんだ決定戦て。なにが戦うんだ。お前は誰と戦ってるんだ。

 妙に落ち着かない研究部の会議室で、そんな主任の咆哮に鼓膜を破壊されながら俺はうなだれた。

 リーダーに「大事な会議がある」と呼び出されて来てみれば、あのグールの名前を決めるというらしい。うんざりする。名前なんか、笹原さんが『グルちゃん』とつけただろうに。

 プロジェクタ用のペーパースクリーンの前に仁王立ちする主任の横で、リーダーが少し疲れた顔をして口を開いた。

「主任、お前さ、少しはマジメにやろうって気にゃならねえのか?」

 長机の最前で書記を務める男が、コクコクと頷いた。度胸がある。

「ああ? いつでもマジメだ! ふざけるな最強だぞ!」

 わけがわからねえというのはいつものことだが、今日はことさらわけがわからなかった。マジで誰か黄色い救急車を呼んでくれ。

「ともかく、今日はオレが仕切る。お前は見てろ」

 そうだそうだ、お前が仕切ると決まんねーうちに終わるんだ。なんで終わるんだよ、決めろよ。

「はあ!? いくらリーダー様とは言え、ここではあたしがリーダーなんだよ! みろ! あたしのお陰で自主参加なのにこんなにゾロゾロと暇な野郎が雁首揃えてやがる! 馬鹿か! 暇か!」

 自主参加、だと? 俺がリーダーを見ると、ちょうど目のあった彼は知らんぷりで目をそらした。畜生め、嵌められた。これでは自首したようなもんだ。前科はないし身に覚えはないけど、自首参加だ。

 はっはっは! と主任はおっさんのように大声で笑った。キンキンと高い声が頭に響く。お前はコウモリか。

「……そういやさっき、ヤマザキがお前のパソコンいじってたぞ」

「ヤマザキィッ! グールにすんぞこの野郎ォォォォッ!」

 常にキレてるのか短気なのかよくわからないが、主任は勢い良くドアを開いて外へ出て行った。一目散だ。猫も青ざめるほどのまっしぐら。ヤマザキ哀れ。というか後ろの方で寝ているヤツの存在になぜ気付けない。めくらか?

 パンパン、とリーダーは手を叩いた。少しもざわつかない会議室の空気が、少しだけ弛緩した。

「今のうちに気を逸らせるものを用意しておこう」

 そう言って、リーダーは少しだけ席を外す旨を伝えた。

「……まったく、無茶苦茶ですねあんたらの上司は」

「ホントだよ。ありえねえ、ハイパーマックススーパーありえねえよ」

 ジョー・ジョージアは嘆くように言った。今日は彼が卒倒しないことを祈ろう。

「主任が居ないだけ、あなたたちがうらやましいです」

「俺はカンパーニ嬢が居るここが羨ましいっすけどね」

「もう、カンパーニはやめてくださいよ。ミヤザキですっ」

 彼女は頬を膨らませる。隣に座っている先輩共々、俺たちは癒された。

 そうこうしている間に、主任がテレビとプレステを持って現れた。すぐに電源プラグを差し込み、テレビとプレステを設置する。ペーパースクリーンの脇に、主任専用のスペースが作り上げられる。

「なんです、あれは?」

「最近、メタルギアにハマってるらしくて」

 カンパーニ嬢が言った。

「この前までバイオやってたんですけどね。犬が倒せない、とか言って」

 主任はゲームが下手。要らぬ情報が俺の脳みそを汚染した。


「まあくだらない会議で君らには申し訳ないが、主任の顔を立てるつもりで参加してくれ。残業代は三時間つける。もちろん、一時間で切り上げる予定だ」

 リーダーは言った。いつか一緒に食事でも誘ってやらないと、彼が過労で死んでしまいそうな気になる。

「ともかく、あいつが募集したつもりでいるんだが……もちろん、一つも案は入ってきていない。諸君、何かないか? 適当なのでもいい、ヤツが気に入りそうな名前だ」

 気に入りそうな名前。仮に出したとしても、主任が気に入りそうな名前――つまり主任と一瞬でも思考回路が重なってしまうということがトラウマになりそうで、俺は考えるのをやめた。

 そんな時に、ジョーが勢い良く手を上げた。

「グールの性別はなんですか?」

 グールに性別って存在すんの? つか研究部なのにそれすらもわからないのか。

「女性だ」

 リーダーが答えた。

 女なの? 女性なの!? メスなの!? 雌? え? 性別があんの?

「そういうことになっている」

「では、出来るだけ女性に寄った名称のほうが良いですね」

「ああ。すまない、そこまで頭が回らなかった」

「いえ、俺たちは慣れてるんで」

 ジョーはことさら利発そうな顔で、俺を一瞥した。ジョーすまない、放尿男とか名前の発音だけでバカにして申し訳ない。

 気にすんな、と彼が笑った気がする。懐も深い。さすが豆腐メンタル仲間。ただウインクはすんな、キモい。

「じゃあ……グル子とか、どーっすか」

 先輩が手を上げながら言った。グル子。なるほど、安直だが言いやすいし、マスコットとしても適当だ。

「案・一、グル子……と」

 書記がさらさらとメモをする。

「次の案は?」

 リーダーの言葉に、一同は一様に押し黙った。

 既に案は出しきった。ただ一つのアイディアで、全てが終わった気になっていた。

「はい。ぐ、グル美」

「お、お前! 主任に殴り殺されるぞ!」

「そのレベルの発想なの!?」

 ちょっとショック。ジョーは迫真の顔でそんなことを言うものだから、俺の心に亀裂が走った。じゃあグル子はどうなんだ。どうなってるんだこの国は!

「は、はい」

「はい、お嬢」

 手を挙げるカンパーニ嬢をリーダーが指す。彼女は不満そうな顔で、それでもしっかりと案を出した。

「グルジアなんていかがでしょう」

 おお、なんか女の子っぽい。俺は素直に感心する。カンパーニ嬢かわいい。

「それは南コーカサス地方の共和国の名前ですよ。ネーミングと語感はいいですが……」

 書記の男が賢そうな口調で言った。それでも、と俺は口を挟んだ。

「別にいいんじゃねえんスか?」

「既存の国名と重なるのはあまり良くない傾向かと」

「まあまあ、私の無知が悪かったんですから」

「カンパーニ嬢は無知なんかじゃねえ、ただ物を知らないだけだ」

「それを無知って言うんですッ! バカッッッ!」

 力強い言葉に俺のテンションが加速する。

「俺なんかこの場がなけりゃグルジアなんて国の名前を知らずに死んだだろうしな!」

「バカを誇らないでください」

 カンパーニ嬢は冷めた声で言いながら親指で己の喉を撫でるように引き、それを床に落とすように逆さに向けた。やはりグール・ファクトリー。どこか一癖ある連中ばかりだ。

「取り敢えず、案・二に加えます」

「賛成だ」

 リーダーが頷く。

「案・三。誰か」

 カンパーニ嬢の追撃が功を奏したのか、それからは徐々に発言が増え始めた。

 グルコーゲン。グルタルス。グルタミン。グルブルグ。グレイセス。グラン。エリアス。

 書記のメモ帳が充実し始めた頃、その全てを破綻させる者が空間の再支配にとりかかった。

「ヤマザキ居ねえじゃねえかァッ!」

 再びドアを破壊せんかの勢いでやってきた主任が、肩で息をしてリーダーの前までつかつかと歩み寄る。悪魔の形相だ。ヤンキーの絡み方だ。

「イベントログとバグ及びウイルスチェックで無駄な時間取られちまったわ!」

 ヤマザキの存在すら認知できない愚かな生き物がなにやら叫んでいる。

 ともかくとして、ヤマザキはなんであの存在感で気づかれないんだろうか。神様はどんな才能を与えたんだ。いや、不良か。ムショさんでも直せないレベルの。致命的だ。果たしてどうやって生きてきたんだ。

「ともかくだ。会議の続きを――」

「なあ主任。業務も大変だったろうに、会議の司会を務めさせるなんてオレが気苦労で死んじまいそうだ。休憩スペース作ってたから、お前は会議の進行を確認しながらゆっくり休んでてくれ」

「あん?」

「お前用にテレビとプレステとメモリーカードとソフトを持ってきた。メタルギアソリッドが入ってる」

「……気ィ、きくようになったじゃねえか」

「ま、長い付き合いだ。たまにはオレにやらせてくれ、立つ瀬がなくなる」

「いいだろうよ。たまにゃあリーダー様のお顔でも立たせてやらにゃ、いらん所がたってくるだろうしなァ! ははは! 野郎ども! よぉくリーダー様のお言葉を耳かっぽじって脳みそ掘り出して、脳みその代わりに詰めとけよ! 少しはまともになるだろうよ! がはは!」

 僅か十数分で性別を転換させてきたかのような言い草に、俺はため息を禁じ得ない。狂ってる。元からだけど。

 彼女はがはは、と笑ったと思うとそのまま近くの席についてゲーム機を起動させた。

 さっきの大笑いが嘘のように静まり返る。下手なことは言えないが、何も言えなくなる状況よりマシになった。

 しかしそれでも、一度途絶えた流れが蘇る事は無かった。一様に、ただそこに居るだけの主任に萎縮しきってしまっている。悪い流れだ。ジョーが何故か失神してる。テーブルに顔をめり込ませていた。

 カンパーニ嬢を見る。彼女は背筋をピンと伸ばして入るが、まぶたを落とし、下腹部辺りで手を組んで瞑想していた。

 隣の先輩を見る。堂々と頬杖をついて居眠りをしている。その後ろのヤマザキを見る。突っ伏して寝ている。

 起きてるの俺だけかよ。

 そうこうしている間に、リーダーは出た案を全て主任に説明し、「却下」の一言で時間を無駄にしていた。ひいては俺たちの時間をも水泡にさせていた。

 リーダーが悪いんじゃない。感覚がおかしい主任が悪いんだ。この世の悪なんだ。ここに居てはいけない人間だったんだ。ここからいなくなれー!

 そんな想いが伝わったのか、びくん! と跳ねて机を揺らしたヤマザキが、目を覚ました。要らぬ方向に伝わってしまった。敏感肌なのだろう。

「んあ……あれ? なんすかここ。あ、チッス。ウィス!」

「っせーな……チス。事務所のグールの名前考えてんだよ。お前、なんかねえの?」

 生え際がすっかり黒く伸びてしまった金髪。いわゆるプリン頭の、軽薄そうな顔つきの青年。右耳につけた二つのリング型のピアスをいじりながら、「んー」と唸る。さすがヤマザキ、この会議の存在に疑問を抱かない。

「グル子とかどうなんすか?」

「グル子は出た」

「グルコ……グルコサミン! あ、グルコサミンなんかいいんじゃねえんす? あ、サミン可愛いんじゃねえんす?」

 すげえバカだ。すげえ馬鹿っぽい口調っていうかバカな口調。その名もヤマザキ。哀れな頭脳を持った男。その名もヤマザキ。

「先生! サミンとか良いと思います!」

「え? ああ……主任、サミンはどうなんだ?」

「採用」

「え?」

「採用」

 愛拶グール正式名称『サミン』。思いもよらぬヤマザキの発案で、会議が終了した。

 第二回目はありませんように。

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