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グール・ラボ

 ここはグール・ファクトリーにある研究部。

 日夜、グールの改良や修正に力を入れる研究員が、せわしなく働くもうひとつの現場。

「えー、今日は新作グールについて、議案したいと思う」

 午後六時。研究室に併設する会議室で、主任を中心として定期的に行われる会議が開始した。

 咥えタバコの赤髪の女。赤い縁のメガネをかけている、ヤンキー下がりというよりは現役中のような彼女は、それでも研究者の風体を最低限守るかのように白衣を肩にかけていた。

 彼女の背後には、プロジェクタに転写された画面。そこには素体となるグールが、3Dモデルで写されていた。プロジェクタを最前に、縦にして長机が配置されている。左右にそれぞれ参加者が席についていた。

 僕は頬杖を付きながら、その光景を眺めている。数人ばかりの同僚たちも、似たような態度だった。不真面目というわけではないが、だからといって生真面目に参加する必要もない。きっかり一時間――許可されている残業代の分だけ顔を出すだけの、そんな時間だった。

「事前に君たちから募集した、支離滅裂で幼稚で脳の一%も使っていないような案を、あたしなりに最低限使えるものにしてみた」

「はい」

 主任の言葉が終えるのを待って、隣に座る女性が発言の許可を求めて手をあげた。

「はい、ソーリア・ファニンド=アルカリテ・カンパーニ嬢」

 金糸のような髪を肩ほどの長さまで伸ばした、そばかすの残る女。彼女は凛然とした顔で言った。

「私はそんな名前ではありません」

「すまんな、正確にはファン・ソーリア・イオンニド・ユーリン・ファニンド=アルカリテ・ソードブズ・ファラン・フォン・カンパーニ嬢だったな。通称、ミヤザキ」

「正称ミヤザキです」

 むっとした顔で彼女は言った。

「そもそも、案を募集された覚えが無いんですが」

「おいおいカンパーニ嬢、ここに君の楽しい冗談を聞きに来たわけではないんだが?」

「おれも聞いてないですよ」

 対面の男が困ったような顔で言った。

「タナカ、死ね」

「おれはジョーです!」

「タナカジョー、黙れ」

「ジョー・ジョージアです。覚えてくださいよ」

「小便臭いがきめ」

「うっ」

 黒髪短髪の、利発そうな顔をした男は一瞬、苦悶の表情を浮かべた後、白目を剥いて失神した。どん、と机に額を打ち付ける。

「ジョージョーと、また放尿か? 軟弱モノが」

 過去に名前のせいで過酷な環境に落とされた経験がある、と苦笑して語っていた同僚の笑顔が頭の中に浮かぶ。失神した原因は、主任に与えられた暴言と、過去のフラッシュバックによる過度なストレスが身を守ろうとした末の結末だ。

 僕は彼に手を合わせて成仏してくれと祈る。来世では田中になりますように。

「ともかく、募集はした。したんだ、いいな?」

 そういう体で、会議が始まった。

 また彼女が何かを思いついたんだろうな、と思いながら僕は粛々と書記としての仕事を始めることにする。


「案、その一。高火力を目的として、一切の機動性を排除したグール。一体ではクズだが、百体並べばケツまくって逃げ出したくなるような、厄介な雑魚みたいな感じで」

 言いながら、手元のノートパソコンを操作する。カチ、とモデルが入れ替わった。

 グールは基本的に、全身が焼けただれたようなフォルムと、両手に十センチほどの鋭い爪を持つ。瞳は黒く、等身は人と変わらず、

 そんなグールの両腕が、両腕ともチェーンソーに差し替えられていた。

 これが案・一。僕はため息をつく。『グール(チェーンソー)』と議事録に綴った。

「動かしてみると、こうなる」

 キーを叩く音が静かな会議室に響く。まもなくして、うぃーんと音を立ててチェーンソーが機動した。

 が、間もなく凄まじい振動がグールを襲い、チェーンソーが接合部をグチャグチャにかき乱して下に落ちた。結果、グールもそのまま背中から床に倒れて消える。無駄なまでにリアルなのは、肉が抉れてかき乱される、そんな音ばかりだった。

「なぜモデルがその段階なのに、発表を」

「カンパーニ嬢、君の視点は素晴らしい」

 もっともらしい意見が褒められるのは、恐らく世界でここだけなのではないのだろうかと思う。

 僕はグールの末路を議事録に記す。

「だが銃火器ではグールの耐久力が心もとない。機動力を増やすとして、脚部をキャタピラにしようかとも考えたんだが」

「それはタンクになります。チェーンソータンク」

「宇宙空間では使えないな」

「そもそもその想定がないのですが」

「というか、グールはどの程度まで耐えられるんだろうな? 次回はそれを考えてみようか、グール許容限界ハンドブックを作ろう」

 なぜ製造側がそれを把握していないのかという疑問はさておき、主任の興味が尽きないのはいいことだ。


「案、二。ま、ひらたく言えばアレだ」

 新たなモデルが、仮想空間に投影される。

 今度は右腕が異様に肥大化し、長大な刃を爪に備えたグールだった。T的な雰囲気を感じる。

「こいつは特殊で、右胸部にコアを入れた。これにより電磁伸縮としている筋肉を操作し、単純な筋力強化を行うことができる。ただ問題があるとすれば、コストがパないってことだ」

 歩かせてみよう、とキーで操作する。グール(T)は大きく右腕を振るい――遠心力と、その重量に負けて見事なターンを描いた後、バランスを崩して背中から床に倒れた。

 ぐしゃあ! と音が響いて画面が血飛沫に濡れる。どんな床だ。

「これはタイ――」

「ってこれェ、タイラントじゃねえかァッ!」

 僕は密かにウルトラ怪獣をイメージしながら、議事録にペンを走らせた。

「カンパーニ嬢、これについてはどう思う」

「……な、何かを思わねばならないのでしょうか」

「当然だろう? 嬢は会議をなんだと思っている?」

 ミヤザキは冷や汗を浮かべて、ちら、ちら、と僕に視線を送る。僕は気づかない振りをして、議事録を進める。

 彼女の対面、そしてその前方の左右に座る諸先輩方は既に居眠りに没頭中だ。それを悟られないように、身体が無意識に机の上で何かを書いている。やはり先輩となると少し違う。

 彼女は諦めて、口を開いた。

「ば、バランスに改良の余地があるのでは」

 言った瞬間に、主任は指を鳴らした。

「参考になる」

 僕は色々なことを諦めた。


「案、三。時間的にも、改良的にもこれが最後だ」

 言いながら、モデルが仮想の屠殺場に召喚される。

 グール……なのだろう、か。ゆうに五メートルはあろうかという巨大さで、その背から蜘蛛の脚のような触腕が計八本伸びていた。両腕は腰あたりまで伸び、手が大きくカギ爪状の爪を備える。下腹部には口のような器官があり、コホォ、コホォと緑色の呼気を漏らしている。

 長く太く伸びた下半身が全体の半分以上を占めている。腰部分から、帯のような何かを無数に、スカートのように垂らしていた。

「こいつはボスみたいな感じで考えた。攻略の中心部に居る最大で最強なグール。量産は目的としていない」

「ただの化け物じゃないですか」

 またミヤザキが正論を吠えた。僕は勇気を称える。

 もはや開き直ったか、主任は既に自分で考えた旨を口にしている。主任のことだ、すっかり忘れているに違いない。

「問題があるとすれば、実現不可能なことだ」

 言いながら、モデルを動かす。

 背の八本の触腕が連続して何かを追い詰めるように地面を穿つ。かと思いきや勢い良く地面を蹴り飛ばし、追い詰めていた何かの後方に瞬間的に回り込んだ。

 口が大きく開く。そう認識した瞬間に、何かが吐き出された。追い詰められていた何かが、発射された白い光の柱に飲まれ、消えてなくなる。その軌跡を描くように地面が抉れ、地平線の向こうまで飛んでいった。

 口は、ビームを照射した。なるほど、ありえない。ハイパーマックススーパーありえない。

「カンパーニ嬢、どうだ?」

「なぜ私にばかり聞くのです?」

 既に机に脚を乗せている主任は、つま先でサンダルをぷらぷらと遊ばせながら言った。

「君が一番まともだからだ」

 異常認定された僕を含めた五人が、小さく嘆息する気配を感じた。ジョー、お前結構早めに意識戻ってたろ。

「これについて、ですが」

「ああ」

 主任は楽しそうな顔をしている。

「実現できれば、すごい兵器だと思います」

「だろうな。やはり君の目は確かだ」

 そうして、一時間が経過したことを告げるアラームが、ピピピ、ピピピ、と鳴った。

 会議が終わる。主任はパソコンを閉じて、

「さて、会議はこれまでだ。諸君、次回に備えろ」

 恐らく、次回に備えろというのは、つまり何らかの案を募集する、ということなのだろうということに、僕は今になってようやく気がついた。

 主任はさっさと会議室を後にする。ミヤザキはぐったりと机にへたり込んだ。


 ここはグール研究部――主任に振り回されて、日夜研究員がせわしなく働く、もうひとつの現場。

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