不良品グール、腕もげる
静寂を破るように、がしゃん、がしゃんと工場内に機械の作動音が響き渡る。
それは人型の窪みを有した分厚い鉄の板が、ゆっくりと稼動するラインの上に押し付けられる音だ。そしてラインの上を流れるのは、人の影。僅か数ミクロンのズレすらも許さない作業は、緻密なプログラムと高性能なアームロボットの繊細な動きで可能としている。
既に時刻は十七時。男は工場内の大きな掛け時計を一瞥してから、一つ大きな息を吐いた。
「ふう、無事にノルマは達成――」
額に浮かぶ汗を袖で拭うその瞬間に、ぼとり、と何かが落ちる音がした。それは工場内の騒音に容易くかき消される些細な音と振動だったが、既に務めて一年となる彼には、ただその気配だけで理解することが出来た。
壁際立て掛けられる、それぞれが一つずつ収まる人型の箱――棺桶のようなそれの中に、収まる人の影。ラインを流れていた末に保管された屍兵の、一体の腕が、ぼとりと落ちて床に転がっていた。
「う、わっ」
もともとが不良品だったのだろう。右腕部分の接続が甘かったか、そもそも素材の腐敗が進み過ぎていたか……問題の原因によって解決は異なるが、これは単純なミスであり、業務上の失敗であることは変わりはない。
もし後者が原因であるのならば、究明の為にラインを止め材料の点検を開始しなければならない。前者ならば、今日生産した一万体の屍兵の再点検が必要だ。何にしろ、残業は免れない。
男は辺りを見渡す。既にラインの清掃を開始している者や、業務が終わりゴム製のエプロンを所定の位置へ戻そうとしている者ばかりだ。ミスには、誰も気づいていない。
彼は息を飲みながらゆっくりと歩みを進め、腕を拾い上げる。
「普通ダブルチェックなんだから、こんなことありえねえだろうが……クソ、ヤマザキッ」
同僚の名を上げて悪態を付きながら、千切れた断面に腕を押し当てる。そうしながらエプロンのポケットから屍兵保護用の腐肉ミンチで包むように切断部分を隠し――。
「何をしているんだ、君は」
不意に声を掛けられ、ミンチを押し付ける力を誤った。腕は常識の範囲外の方向へへし曲がり、そのままぼとりと床に落ちた。
「……不良品が出ることは仕方のない事だ。だがな、その不良品を隠し素知らぬ顔で取引先に送ることは許されないんだ。わかるか、君? 君は百体グールを買ったとして、内一体の腕がもげていたらどう思う?」
「し、信用問題に、繋がりますね」
「同時に、現場の兵たちのリスクが高まる。君の隠蔽で、死に晒される人間が増えるんだ。わかるか?」
「は、はぁ」
男は神妙な顔をしたまま、心の内で同僚を罵倒する。だがそれで上司の機嫌が良くなるわけでもなく、千切れたグールの腕が再接合されるわけでもない。
男は説教を一時間受けた後――しっかりと、グールの再点検をすることとなった。
帰宅する頃には、見えていただろう夕日はすっかりとナリを潜め、ほくそ笑むような満月だけが彼の寂しい背中を照らしていた。