第1話 朝のニュースから生活は始まる
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『なんと、このボールペン、擦ると字が消えるんですよ』
朝のニュース、女子アナが紹介している。
いつものようにテレビを流しながら私は出勤準備をしている。
今日は会社に誰か偉い人来るんだっけ…。そう思いつつ、ネクタイを絞める。
『今日発売で…』
出勤時間になった。この後は、占いコーナーになる。
占いコーナー前に家を出るとちょうどいい時間に会社に着く。だから、いつも自分の運勢は分からない。
私はテレビを消して、家を出た。
「おはよーございます」
毎朝あいさつをしてくれる子供がいる。
いつもはランドセルなのだが、今日はリュックサックだった。遠足か何かだろう。
あいさつを返した私は会社へと向かった。
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早朝2時、香織は起床した。4時からニュース番組の会議が始まる。
香織はメインアナウンサーでもなければ、一番人気の女子アナでもない。
メインで働くのは昼頃のニュース。朝のニュースは小さなコーナーしか担当していない。
陽も昇らないうちに起きるのはもう慣れた。香織はタクシーに乗り会社へと向かった。
どうやら今回は新商品の紹介らしい。
香織は台本に落書きをしていた。
「もうすぐ出番ですよ」
香織に伝えられた。
「分かりました」
香織はスイッチを切り替えスタジオへと上がった。
香織のコーナーが始まった。
「今日紹介するのはこのボールペン」
香織はさっき落書きに使っていたペンを出した。
「なんと、このボールペン、擦ると字が消えるんですよ」
擦ったときの摩擦熱で書いた文字が消える仕組みになっていると説明し、実践して見せた。
「間違えたときの修正が簡単だから、学生さんには便利ですね」
本当に便利かどうか香織には分からなかった。補足して冷やすと字が出てくることも紹介した。
「今日発売でーす」
香織のコーナーが終わった。次は占いのコーナーになっている。
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『お昼のニュースです』
今朝聞いた女子アナの声だ。社内のテレビはついていた。いつテレビが大きくなったのか、そもそもなぜテレビが設置されているのかは疑問に思わなかった。そんなことよりお昼にしたかった。
社員食堂で食べていると、隣に京子が座った。彼女は同僚で経理を担当している。
私たちの上司の賢太郎のグチを言いに来たのだ。
「あのさー賢太郎って何なの?」京子は唐突に言ってきた。
「いきなり呼び捨てか。酔ってるのか?」
「そんなのいいじゃん。で、何なの?」
「何なの?って聞かれてもなぁ」
「元官僚だか何だか知らないけど、許せないんだよね」
「何でだ?」
「だって、会社のお金勝手に使うんだよ」
「何に?」
「知らないわよ。どうせ、お偉いさんとゴルフやらキャバクラやらに使うんでしょ」
「じゃあ、あのテレビもか」
「そうだよ。なんとも思わないわけ?」
「気が付いたら大きくなってたからな」あれは賢太郎がやったことだと今分かった。
「お金は消えるのに物は残るのよね」京子はそう言って席を立ち、職場へと戻っていった。
あのペンみたく冷やせば出てくるのでは、と思いながら私も京子に続き席を立った。
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「おはよーございます!」
「光太くんおはよう。今日はランドセルじゃないの?」光太はリュックサックを背負っていた。
「今日は社会科見学なんだよー」
「そうなんだ、気をつけてね」
「分かりましたー」
小学校三年生の光太は通い慣れた道を歩き、毎日のように近所の人に挨拶をしていた。
学校からバスに乗って1時間ぐらいした。
始めに到着したのは大きな文具メーカーの会社だった。
おもしろくないビデオを見て、よく分からない説明を聞いた。小学生には退屈すぎる時間だった。
唯一盛り上がったのは、今度発売する新商品をおみやげにもらったことだった。
「このペン消えるよー!」
光太はクラスメートと一緒になって、見学しおりに落書きをして楽しんでいた。
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会社にやってきたのは賢太郎の元上司だった。
今度、賢太郎とどこか行くらしい。そんな話をしているのが聞こえた。
この会社のどこか行ったお金は、そのどこか行くときのお金に使われるのか。
だから京子も怒るわけだ。
聞く気はなかったが彼らの会話は耳に入ってきた。
京子の言っていた通り、彼らからゴルフやらキャバクラの名前が聞こえた。
わざわざ、ここに来て話すことなのか。疑問に思うが口にはしない。
このことを察した京子は「いいじゃん。直接言ってきなよ」と言っているような視線を送ってきた。
私は「そんなことができるわけないだろう」という意味を込めて視線を送り返した。
お互い通じ合えたのか、両者の間で軽い笑みがこぼれた。
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「僕がおつかいに行くよ」元気よく息子が家を出た。
「気を付けてね」香織が言うと「分かりましたー」と声が聞こえた。
息子が出かける数分前。今日の夕飯はハンバーグと決まった。
息子が出かけ、料理がひと段落したころ、香織はふとテーブルに目をやった。
そこには、この間息子が貰ってきたペンがあった。例の字が消えるやつだった。
本当に冷やすと字が出てくるのか気になった。
ぐりぐりと紙に書き、摩擦で字を消した後、その紙を冷凍室に入れた。
当然、すぐには出てこなかった。どのくらい待てばいいのか分からなかった。
明日には出てくるだろう。そう思い、香織は料理を再開した。
料理もあとは息子の買ってくるお肉待ちとなった。しかし、いつまで経っても息子は帰ってこない。
さすがに心配になった香織は外へと飛び出した。道を進むにつれて不安が募る。
目の前には人だかりができていた。赤色灯が付いている。
人だかりをかき分け進んだ。足が止まる。思考が止まる。香織の目には息子が映った。
「分かりました」その言葉に香織は反応した。救急隊の発した言葉だった。
救急隊は香織と2,3回やり取りをし、香織は息子と一緒に病院へと向かった。
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「おはようございます」
聞き慣れた声だ。私はその言葉を聞いてハッとした。遅刻だ。
急いでいるにも関わらず、いつものようにテレビをつけた。
が、いつも流れているはずのニュースではない。チャンネルが違うのだろうか…。
チャンネルを変えるも、いつものニュースはやっていない。
一度冷静になり、カレンダーに目をやる。
今日は日曜日ではないか。私は再び布団に潜った。
次に起きたのは昼過ぎだった。昼食にはラーメンを食べようと思った。
が、寝起きのラーメンはきついと思い、スパゲティを食べることにした。
スパゲティも完食し、食器も片づけて、何もすることがなかったので、この間買った雑誌を読むことにした。
『2012年人類滅亡説』という記事がメインだった。99年に恐怖の大王がやって来る説に続く終末論だ。
さまざまな説があるが、実際に人類が滅亡することはないと雑誌には書いてある。
そういえば、この前ニュースで雪男の生息可能性が何とかって取り上げてたな。
私はこのような超常現象などが好きだ。すべてを信じているわけではないが、好きなのだ。
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今日は母親と一緒に近くの公園へと出かけた。いわゆる、ピクニックだ。
「おはよーございます」
光太は近所の人にあいさつをした。
「おはようございます」
母親も一緒になってあいさつをした。
「光太くんおはよう。今日はお母さんと一緒なんだね。楽しんでね」
「分かりましたー」
「では、行ってきます」
母親は軽く頭を下げて、光太と一緒に公園へと向かった。
公園で遊んだ帰り道。
「今日の夕飯何が食べたい?」母親の質問に光太は
「うーん、ハンバーグ!」
一般的な小学生と同じ様な発言だった。
母親はクスクス笑いながら、ハンバーグの材料を頭に浮かべていた。
家に着いて母親は冷蔵庫を開けた。「お肉が足りない」それを聞いた光太は
「僕がおつかいに行くよ」と言った。
母親からメモとお金を受け取った光太は元気よく外に出た。
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月曜の朝だ。いつものようにテレビはつけていた。
しかし、普段見る女子アナはいなかった。今日は休みなのか。そう思いながら出勤準備を続けた。
テレビを消し、家を出た。聞きなれた声がしなかった。いつもの子供がいなかった。今日は休校日なのか。そう思いながら会社へと向かった。
会社に着くと京子はいつもより怒っていた。というより、もうどうでもいい、というような顔をしていた。
何も聞いていないのに京子は話してきた。
「昨日、賢太郎が事故を起こしたって。しかも被害者はあの女子アナの息子」
「えっ」私は驚いた。あの女子アナに息子がいたとは知らなかった。私はこのことを正直に伝えると、京子は呆れたと一言言った。
お昼になってもいつもの女子アナはテレビには映らなかった。
今朝、京子から聞いた事故のニュースが流れた。京子の言う通り、事故にあったのは女子アナの息子だと説明されていた。そして、次のニュースに移った。
私はふと疑問に思った。事故を起こした側の情報を一言も言っていない。京子が、賢太郎が起こしたと言っていたではないか。
「やっぱり」
振り向くと京子がいた。
「賢太郎が事故を起こした情報は流れないんだ」
「何で、事故を起こしたことを知ってるんだ?」私の質問に京子は答えた。
「今朝、賢太郎から連絡あってね、『今回はヤバい。適当に処理しておいてくれ』って言われたの。それで、私が何のことって聞き返したら、事故のこと教えてくれたんだよ」と言いながら、京子には薄っすらと涙を浮かべているようにみえた。
「うちの会社は事故が無かったことにするのもできるのか」私は驚き、お金は時として脅驚異的な力を発揮するということを知った。
「今回は絶対許せない。絶対に許せない」
怒りと悲しみが混ざっている京子が何を考えているのか、私には分からなかった。
一緒に食堂に行こうと誘われたので、深くは考えないことにした。
今日のお昼はラーメンにしよう。